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居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
満天の星
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第六十七話 山鳥


 「幽霊だよ、幽霊」


 兄が青ざめた顔で言う。古池の上に立ち、一瞬で消えた女性を、他にどう形容したら良いのでしょう。私も彼女が幽霊だと思って、生きた心地がしません。それも、私達が古池に落ちるよう誘導するような、悪い幽霊です。もしまた彼女と会ってしまったら、今度は何をされることか……。


 「とにかく、ここを離れましょう」

 浜菊さんがそう言うと、恐怖で固まっていた足が、ようやく動いた。


 私達は再び、四条の邸に赴きました。それしか思いつきませんでしたから。階に腰かけ、どうすることも出来ない私達。これが夢ならどんなに良かったか。何も出来ない、どうして良いかも分からない。ただ時間だけが過ぎてゆく。


 座り込んでから、どれ程の時が経ったでしょう。相変わらず薄暗い空を見上げると、一枚の羽根が舞い落ちました。兄が、それを不思議そうに拾います。


 「鳥がいるのかな。まさか、鳥の幽霊?」

 「ええーっ」

 人間の幽霊も怖いけれど、鳥の幽霊だって怖い。そう思っていた私の隣に、羽根の主と思しき鳥が止まりました。


 「や、やだ。あっちへ行って」

 

 兄の衣を掴み、怯える私に、浜菊さんがおっしゃる。

 「この山鳥は大丈夫よ。良かった。助けが来たみたいね」


 それから山鳥は邸内に入り、紅梅色の衣をくわえて戻って来たのです。


 「子供なら、二人でも着られるわね。はい、お兄ちゃんは右袖に腕を通して。夕星ちゃんは、左袖ね。これでよし」


 一枚の衣を二人で着るなんて、何だか変な感じです。また、衣が女物でしたから、兄は余計に着心地を悪く思ったようです。


 この衣を着た途端、不思議なことが起こりました。


 「あれ、浜菊さんが大きくなっちゃった!」

 「本当、どうしてかしら」

 「よく見てごらんなさい。二人が小さくなったのよ?」


 私と兄は、お互いを確認します。


 「ちょっと待って、服、服!」


 私達は、二人で羽織った紅梅の衣以外、何も身に着けていません。小さくなったことで、脱げてしまったようです。まだ恥じらいなど無い私は気にしませんでしたが、さすがに兄は抵抗があったようで、顔を赤くしておりました。


 「あらあら。とりあえず、私の衣を一枚貸してあげるから、それで我慢してね」

 「……はい」


 浜菊さんにしてみれば、たかが子供の裸。大した問題では無かったのでしょう。自分の衣を一枚脱いで兄に渡すと、さっさと話を進めます。


 「さ、山鳥の背中に乗ってちょうだい。それで助かるはずだから。そうそう、その紅梅の衣は脱いじゃ駄目よ。元の大きさに戻ってしまうわ」


 兄は、紅梅の衣を肩にかけたまま、ごそごそと浜菊さんの衣を着ると、再び右袖に腕を通しました。そのまま立ち上がろうとしましたが、背丈の違う二人が一枚の衣を着たまま移動するのは難しく、私は兄の左腕に抱えられることになりました。


 山鳥の背中は温かく、とても安心出来ました。飛び立ったは、どこへ向かうのでしょう。そう思ったのですが、山鳥はどこへも行きません。山鳥は空中で、何も無い場所をつっつくと、そのつっついていた場所を通り抜けます。

 ええ、そうなんです。通り抜けたんです。何も無い場所でしたが、ただ前に進んだのではなく、何かを通り抜けたのだと、私は感じました。


 「来たわ!」

 「あら本当。木立さーん。娘さんがいらっしゃったわよ」

 「はいはい。って姫様、貴女はお部屋で待ってなきゃ駄目ですよ!」


 何が起こったのでしょう。女性達のにぎやかな声が、辺りを包み込んでいます。私達が座っていた階に、山鳥が降り立つ。


 「助かった、のかな?」

 「お父様やお母様に会える……?」

 私と兄は、顔を見合わせ、泣いて喜びました。


 山鳥の背から降りた瞬間、はずみで衣が脱げると私達は元の大きさに……。「あーっ!!」慌ててしゃがみ込み、体を丸めて赤面する兄の肩から、浜菊さんの小さな衣がずり落ちるのでありました。

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