第六十話 高貴な荷物
「思うに、牡丹ちゃんの保護を優先するべきじゃないかしら」
行き詰まりを感じる私達に、橋姫がそう切り出した。
「だって相手は、妬み嫉みで想い人の夫を呪い殺そうとするような奴よ? 牡丹ちゃんに対しても、何か強引な手を打ってくるかもしれないじゃない」
「それは分かりますが、どうやって?」
私も、彼女の身の安全を確保すべきだとは思うが、方法が分からない。
「そりゃ、まあ、えーっと……」
どうやら、言い出した本人も、まだそこまで思い付いていないらしい。
「と、とにかく、安全な場所にかくまって……」
「無理ですよ。末姫を邸から連れ出す手段がありません」
暁殿が、冷静に返す。
ここで、肩を落とす橋姫に白鷺殿から、助け船があった。
「彼女の保護には皆賛成なんだし、無理と決めつけることも無いんじゃない?」
そう言って、少しばかり思案するような素振りを見せると、私に「以前、霊獣に会ったと言っていたよね」と問うてきた。
「その中に、車を引けそうな者はいなかったかい? 動物から霊獣へと昇華したのなら、普段の姿が人のようであっても、動物としての姿を持っているはずだよ」
どうやら白鷺殿は、霊獣達の力を借りて、牡丹の君を連れ出そうと考えているらしい。
「馬や牛の霊獣がいたと思います」
「よし。じゃあ、やるだけやってみよう。霊獣が引く車に、末姫と橋姫を同乗させれば、邪魔も入らないだろう。それで、末姫を車に乗せるまでだけど、橋姫が末姫を所有物として扱うのが一番確実だと思うんだ」
「えっ? 所有物?……ああ、そっか。すでに呪われている坊やはともかく、私が身に着けている物や持ち物には、呪いの影響が出ないものね。あくまでも牡丹ちゃんは私が運ぶ『荷物』ということにしましょう」
牡丹の君を物のように扱うのはどうかと思ったが、彼女の安全には変えられない。牡丹の君は橋姫の荷物として、用意した車へと積み込まれる。それが私達に出来る最善策だった。
それから、牡丹の君をかくまう場所であるが、五条の邸が良いだろうということになった。白鷺殿も控えており、牡丹の君を守りやすいのである。私には、牡丹の君と久しぶりに会いたい気持ちもあった。
この策は、牡丹の君に知らされること無く決行された。というのも、事前に文などで知らせてしまったら、橋姫が左大臣邸に着く前に、屏風が対抗策を敷く可能性があったのである。いきなりやって来た橋姫に荷物扱いされ、車に押し込まれた牡丹の君は、さぞ驚いたことだろう。
しかし、状況を察すると、玻璃と乳母も乗せてくれるよう、橋姫に頼む。橋姫は「ええ、もちろん。最初からそのつもりだったから、安心して」と、これに応じた。
牡丹の君が五条の邸を訪れたのは、これが初めてだった。この邸は牡丹の君から見て、夫の正妻の実家ということになる。身分で勝るとはいえ、肩身の狭さを感じたのだろう。私が御簾の内に招き入れると、私から少し離れた場所で腰を下ろす。こちらを、ちらちらと横目で見ながらも、寄って来ようとしない。どうやら、尾根雪に気を遣ってしまったようだ。
私が声をかけようとすると、尾根雪がそれを止めた。
「私がお話して良いかしら? 気にしないでとか、遠慮しないでなんて言っても、なかなか難しいと思うの。私の方が歳も上だし、こちらから距離を縮めてみるわ」
尾根雪は牡丹の君の近く、顔は見えるが真正面でない位置に座った。尾根雪なりの配慮だろうと思ったのだが、後に彼女は「貴方が言ったのよ?『会ったばかりの人と、真正面に座って向かい合うのは緊張する』って。昔の貴方は、目も合わせてくれなかったわ」と語った。
牡丹の君は、表情の堅さを残しつつも、尾根雪と言葉を交わす。難しい関係の二人であったが、尾根雪の気質もあって、険悪になる心配は無さそうだった。この機会に、彼女達が打ち解けてくれたら良いと、私は思った。




