表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
都の病巣
4/88

第三話 善意


 「君の邸は五条かい?」


 大納言殿の言葉に、思わず体を引いた。大納言殿は「ああ、やっぱり」と笑う。


 「大丈夫。知り合いの陰陽師が、五条そのものに問題があるわけではない、と言っている」


 失礼ながら、その陰陽師の言葉は、当てにならないと思った。すでに、何人もの僧侶や陰陽師が、五条に訪れて、加持や祈祷を行ったが、病が鎮まる気配はなく、彼等の見解もまちまちだった。


 死霊の祟りが強すぎて解けないと言う者、これは人の手による呪詛で、それをしている誰かが、五条以外の場所にいると言う者、病をばらまく物の怪が走り回っていると言う者。これだけ意見が分かれてしまうと、住民達の不安は募るばかりである。

 何より、彼等の言葉の多くは「どうにもならない」という意味合いが強く、住民達は「我々はもう助からない」と怯えながら過ごしていた。


 大納言殿が、その陰陽師に対し、どの程度信頼を置いているのかは分からないが、私には「問題は見つからなかった。だから、ここに問題は無いと結論付けた」と言っているように思う。

 「無いから見つからない」なら良いが「あるのに見つけられなかった」では困る。とはいえ、それを指摘すれば、大納言殿の気分を害することになるだろう。 


 私は、どうにかして断ろうと、言葉を探す。その間、長々と待たされている大納言殿の表情が、徐々に消えていくのが分かった。


 「仕方ないな」


 一言も発しない話し相手に、とうとう大納言殿は諦めを口にする。私は、これを喜ばしく思った。大納言殿の方から退いていただけたのだから、これ以上の言い訳を考える必要は無い。大納言殿は優しい方なのだろうが、この時の私にとって、その善意は有り難迷惑だった。


 はて、大納言殿が立ち去らないのは、どういう訳か。それどころか、もともと近かった私達の距離を、さらに縮められた。大納言殿は、私に目線を合わせると、大層華やかに微笑んで見せる。あまりの美しさに息を呑んだ瞬間、自分の足が、地面を離れたのが分かった。


 「私も、あまり暇ではないのでね。これ以上は待てん。おとなしく送られなさい」


 私を抱きかかえた大納言殿の足は、迷わず牛車へと向かう。


 「待っ……私は……」

 「心配しなくても、私に何かあったからといって、お前の責任にはならないよ」


 「あ……」


 自分があえて無視していた本心を言い当てられ、いたたまれない。私は大納言殿を心配するふりをして、その実、自分が責められるのが嫌なだけだった。それに気付いていながら、親切心の消えない大納言殿は、よほど懐が深いと見える。


 私を牛車に乗せた大納言殿は、供の者に事情を説明。行き先が五条だと知り、皆困惑していたが、大納言殿の「問題は無いと、白鷺が言っている」という言葉に、すっかり安心したようである。白鷺というのは、先程、大納言殿の話しに出てきた陰陽師のことだろう。彼等の反応から、有能な人物だと察せられた。


 不慣れな相手に、不慣れな牛車。居心地の悪さを覚える私を余所に、牛車はゆっくりと出発した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ