第三十五話 指摘
時雨殿の邸前。私は帰るところで、白鷺殿は来たところだった。投げかけられた白鷺殿の言葉が、すぐには理解出来なかった。
「どういう意味……ですか?」
私が訊ねると、
「本当にただの友人としか思っていないなら、こんなにいつまでも奥さんに相談出来ないってことは無いんじゃない?って意味だよ」
と返された。
それではまるで、私が尾根雪以外の女人に現を抜かしているみたいではないか。
「異性として、私が一番に想っているのは尾根雪です。いくら牡丹の君が、世間で評判の美しい姫でも、そこが揺らぐことなどありえません」
私は、絶対の自信を持ってそう言った。
「最愛の人がいることと、一人しか愛さないことは別だよ。そうだなあ、極端な話ではあるけど、光源氏は多くの恋人を持ちながらも、紫の上を最愛の妻としていたよね。だから、どんなに君が奥さんへの愛を語ったところで、他の誰かに想いを寄せない理由にはならないよ」
白鷺殿が言い終えるも、私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。この状況で沈黙を作るなど、彼の言葉を肯定するに等しい。そしてやはり、白鷺殿は私の発言を待たない。
「前に話した通り、奥さんに全部打ち明けるべきだと思うよ。ただし、今打ち明けたら、奥さんは私と同じことを言うだろう。これだけ長く黙っていたのだから、君の気持ちが自分以外の誰かに向いていると、気付かない訳が無い」
それから白鷺殿は「君は誠実だけど、一途では無いんだよね」と言い残し、門の向こうに入っていった。
白鷺殿は終始笑顔だったが、私は背筋が凍る思いだった。牡丹の君と尾根雪、どちらとも円満な関係でありたいと願っていたが、私はどちらも失いかけていたのである。白鷺殿に言われた通り、さっさと尾根雪に話してしまえば良かった。
しかし、後悔したところでもう遅い。私がどうしようと、尾根雪の不興を買う未来は変わらない。私の、唯一無二の愛妻は尾根雪なのだと弁明したところで、信じては貰えないと、白鷺殿は断じた。私の気持ちがどこにあろうと、尾根雪にそう思われてしまうだけの態度と行動をとってしまったのは事実だ。
それでも、夫婦としてここまでやってきたのだし、時間をかけて説明すれば、尾根雪も分かってくれるに違いない。牡丹の君に、色めいた感情など持っていないのだから。尾根雪がこれから抱くであろう疑念はただの誤解。私はそれを解くために、誠実な言葉を紡ごうではないか。
私は今度こそ、本当に覚悟を決めた。包み隠さず、縁談のことを尾根雪に伝えよう。尾根雪が「姫に気があるんでしょう?」と問うてきたら「そんなことは無い」とはっきり答えれば良い。そう決意し、足早に邸へと戻る。
だが、その決意も虚しく、私は邸で待ち受ける現実と対面した。
東の対にいるはずの尾根雪が、どうして寝殿にいるのだろう。それも、顔を隠しもせず、階の上に立ち姿で。仮にも当主の一の姫が、こうも堂々と人目に付くような場所に立っているというのは、全もって誉められたらものでは無い。けれど、彼女の様相が私にそれを言わせなかった。庭を抜け、階の下から尾根雪を見上げる。
「貴方、お話があります」




