第三十三話 橘孝郷という人
橘家が完全に失墜した頃、父は元服した。父は、祖父よりも遥かに堅実だった。橘家に、かつての力を取り戻すべく、奮闘したのである。祖父は相変わらず、見栄のために贅沢な暮らしをしていたが、父は、自身の生活水準を大きく引き下げた。
それどころか、祖父が集めた高価な品を売って、代わりに安価な品を買い求めるといったことも、やっていたという。祖父は、たとえ安物であっても、見映えさえ良ければ、それを高価な品と信じたのである。上辺だけを取り繕う祖父に、目利きの才が無いのは道理であった。
まもなくして、父は最初の妻を迎えた。彼女は学者の娘で、教養の高い人物だった。そのため、生まれてきた男児、もとい私の兄は、幼少の頃から学びの機会に恵まれていた。上流貴族であれば、学など無くても出世は容易なのだが、すでに衰えてしまった橘家に生まれた兄には、主上の信頼を得るためにも、高い教養が必要だと父は考えたのである。そのために選んだ妻だった。
父の思惑通り、兄は生母の教育によって、同年代の子供より早くから読み書きが出来るなど、順調に知識を身に着けていった。教養ある妻に賢い息子。と、来れば、次に望むのは娘である。女御や更衣には出来ずとも、女官として出仕させることは可能であった。兄同様、母親から質の高い教育を受けた娘であれば、後宮でも重宝されることだろう。運が良ければ、高貴な人の目に留まることもある。父には、そんな期待があった。
しかし父は、頼みだった妻を亡くしてしまう。これにより、父は三か月、兄は一年喪に服した。父は、まだ幼かった兄の面倒を見てくれる人、可能なら、兄の生母のように教養深い人との再婚を考えた。
兄の生母が亡くなる少し前、未亡人となった女人がいた。亡くなった夫は和泉守であった。彼女はまだ若く、美しくもあったから、周囲の者は、この人がいつまでも独りで地方に留まるのを、勿体なく思う。また、亡くなった和泉守との間に子供が二人おり、その将来を考えても、やはり都に戻るのが良いと、一家は、喪が明けてすぐに和泉を離れた。
この未亡人こそ、私の母、月影である。
父にとって、母は理想的な再婚相手だった。評判通りの容姿を持ち、交わした文からは知性が溢れていた。
「もし、この人が母親似の、賢く美しい娘を産んだなら、名家の若公達が放ってはおくまい」
と、父は期待を寄せた。
たとえ容姿が優れなかったとしても、正しく教育すれば、出仕させても恥ずかしく無いだけの教養は身に着く。とにかく、娘さえ産まれてくれたら、橘家の未来に希望が見える。母は、父の願いの重さに再婚をためらったが、最終的にはこれを受け入れた。
母は、父の期待した通り、兄の面倒を良く見た。自分の持つ知識を、惜しむこと無く差し出す。元々、実母の影響で学ぶことに熱心だった兄は、これを喜んだ。血の繋がりこそ無いが、二人は親子として、良好な関係を築いた。
そして、再婚してからそれ程経たない内に、母が懐妊。順調な新婚生活に、父は上機嫌だったという。
けれど、そんな母に対し、父は一つだけ不満があった。母は、都に戻った直後に、実子二人を養子に出していたのである。上の子供は私より七つ上の男児で、下の子は私の五つ上の女児だった。そう、母が養子に出していなければ、再婚した時点で、娘を出仕させるという父の願いは、さらに実現しやすいものになっていたのである。
二人を引き取ったのは、子供がいない上流貴族の夫妻だったらしい。母としては、しっかりした後ろ盾の無い自分が育てるよりはと、子供の将来を考えて決めたことだった。だが、父にしてみれば、子供を引き取った夫妻が娘を入内などさせようものなら、その家は勢力を増し、橘家の付け入る隙が減ってしまう。父は、母の決断を「子を想ってのこと」と理解しつつも、不満を拭い切ることは出来なかった。
両親が再婚した翌年、母の出産を機に父は変わった。産まれた子が女児だと確認されると、父は大層喜んだ。しかし、その子はへその緒を切るより先に、亡くなってしまったのである。きっと、天国から地獄に堕ちる思いだったのだろう。直後、双子の弟として生まれた私が、姉の死など知らずに大きな産声を上げると、父は、歯を食いしばりながら私を睨んだそうだ。
橘の復権。ただそれだけを願い、惨めな生活にも耐え、私欲を押し殺しながら生きてきた父は、労に見合わぬ結末に打ちのめされた。
たがらといって、父は橘の立て直しを諦めた訳ではない。けれど、この一件以降、両親は子宝に恵まれなかった。母は、兄と同じように、私の教育にも熱心だったが、私は兄と違い、賢くはなかった。せめて、私にもう少し才があって、出世の見込みがあれば、父もあれほどの失望をせずに済んだだろうと思うと、それは申し訳ないと感じる。
父の焦りと苛立ちは、日に日に酷くなっていった。
「逆なら良かったのに。お前が死んで、姉の方が生きていたら……」
この言葉を、私は毎日聞いた。天狐殿はこれを「一種の呪い」と表現したが、私には、どうということの無い日常だった。追い詰められた橘を救おうとした父の努力は、結局、父自身を追い詰めるばかりだった。
初めて父に殴られたあの日、私は父の悲鳴を聞いた気がした。




