表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
初雪
24/88

第二十三話 真冬の光


 見たところ、綾小路の様子に変わったところはない。むしろ、我々の存在の方が異質であろう。耳障りな音色と怪しい少女に、皆、顔をしかめている。だが、こちらもそれを気遣える状況ではない。この濁った音こそが、真実に辿り着く唯一の希望なのだ。


 進めば進むほど、音の濁りは強まった。そして、とある邸の前を通り過ぎた瞬間、その濁りが、徐々に弱まっていったのである。


 「この邸に原因があるとおもって間違い無さそうだな。どれ、私の眼で中を探ってやろう」


 そう言って、天狐殿は邸をじっと見つめる。


 「池に呪符が何枚も浮いてる。毎日儀式をやっているらしい。これをやったのは誰だろうね。あれ、変だねぇ」

 「どうかなさいましたか」

 「呪符を使ったのはここの女主人だよ。それは間違い無いんだが、この女、呪符を呪符と思っていないらしい。本人は、恋愛成就のまじないをしているつもりのようだ」


 私は唖然とした。


 「その女主人がまじないのやり方を誤った原因……? そんなことのために、桐宮様の御身が危険に曝されていると言うのですか」

 「多分、この女は利用されたんだろう。誰かが女を騙し、呪符を使わせていた。実際、この女はどごぞの陰陽師から呪符を渡されている。専門職である陰陽師が渡した以上、意図的だろう」


 その陰陽師は、自分の意志でそうしたのだろうか。はたまた、別の誰かに依頼されてのことなのか。何にせよ、この陰陽師を調べれば、黒幕がはっきりする。


 「困ったことにね、女もこの陰陽師のことをよく知らんのだ。私が見ているのは女の記憶。女が知らんものは、私にも見えんよ」

 女主人との対面なら、御簾越しだろう。面識があっても、顔や本名を知らないなど、よくある話しだ。


 「黒幕のことは気になるが、ひとまず、女にまじないを止めさせねば。しかし、それが恋のまじないではないと言ったところで、信じるかね」

 「難しい……でしょうね。身分上の方ならともかく、私では門前払いされるのが目に見えてますから」


 天狐殿が介入すれば、さらに逆効果だろう。時雨殿や左大臣に頼るのも、この状況では難しい。太政官の方々ならどうだろうか。時雨殿のお陰で、私にも多少の人脈は出来ている。


 「それは止めておいた方が良い。黒幕が太政官の中にいるかもしれんだろう。政治的なことを考えれば、奴等が一番怪しい」

 確かに、その通りだ。けれど、それなら誰に頼めば良いのだろう。私が、駄目もとで行ってみるしかないのか。


 「麗景殿ならどうだ?」


 天狐殿が、またとんでもないことを言い出してしまった。


 「あの娘なら、黒幕ということは無い。確実に時雨の味方であり、人を動かすだけの力を持ち合わせている。適任だと思うぞ」

 「無茶ですよ。殿上人ですら、女御様とは滅多に会えないのに」

 「なに、麗景殿とは面識がある。内裏に入るのも簡単だよ。人に見えないよう、姿を消せば良い。それにね、橘の。私も時雨の子を見るのが楽しみなんだ。多少の無茶はするさ」


 私達は、来た道を引き返し、再び朱雀門へと足を運ぶ。


 「それじゃ、行ってくるよ。お前さんはここで待ってな」

 「はい」


 私の返事を聞くと、天狐殿は姿を消した。


 「本当に見えなくなるのだな」


 私の目に彼女は映らず、足音も聞こえない。そもそも、これが本来の在り方なのだろう。彼女は妖怪で、妖怪が人と触れ合うなど、普通は有り得ない。


 天狐殿を待つ間、私は黒幕の人物像について考えていた。私怨なのか、政治的思惑なのか。それによって、人物像は変わってくるだろう。


 「まあ、多分後者なんだろうけど」


 時雨殿のお子に、生まれてきて欲しくない人間なら、大勢いる。出世のために他人の足を引っ張ろうとするような輩が、時雨殿の周りには大勢いるのである。ただ、生まれてくる子供が邪魔という割に、やり方が回りくどい気もする。黒幕は、わざわざ女を使い、毎日儀式をさせている。手間がかかりすぎている上に、確実性も無い。


 「殺してしまう方が手っ取り早いと思うけどなあ」

 「えらい物騒なことを言うねぇ」

 「ひゃっ。あ、天狐殿。早かったですね」


 まだ、それ程時間は経っていないと思うのだが。


 「麗景殿にとっても、姪の誕生に関わる問題だからね。すぐにでも、女の邸に使いを出してくれるそうだ。これで、子供も生まれてこられるだろう。呪符の影響が無くなったからといって、お産が命懸けということに、変わりはないがね」


 女御様が放った使いの者が、私達の横を馬で駆け抜ける。邸の女主人に話が通れば、ひとまずお子の方は大丈夫だろう。あとは黒幕。それをどうにかせねば、再び何か仕掛けてくるかもしれない。手がかりと言えそうなのは、女に呪符を渡した陰陽師くらいだが、その陰陽師の素性は不明。進展は望めそうに無い。


 使いの者が戻ると「素直に、儀式の取り止めを約束してくれましたよ」と話してくれた。


 「儀式はいつも、夜の決まった時間に行っていたようです。なんでも、まじないの効果が一日毎に切れてしまう、と陰陽師に言われたそうで」


 夜、女主人が儀式を行わなければ、無事、呪いが解ける。


 「良かった、あとは黒幕さえ分かれば……」

 「やることならまだあるよ。ほら、次は時雨の邸だ。さっさと行くよ」


 天狐殿は何をお考えなのか。黒幕を探すことが最優先ではないのか。もしや、黒幕に繋がる手がかりが時雨殿の邸に……? よく分からないが、天狐殿の歩みに迷いは無い。私達は、時雨殿の邸へと急ぐ。


 「邸に入らないのですか?」


 天狐殿は、邸の前で立ち止まる。


 「ああ。見つかると厄介だからね」

 時雨殿の邸に仕える者は、天狐殿を見ても驚きはしない。が、この時はいつもと違い、あちこちから人が集まっていた。お産の介助をする者、異変を聞きつけ見舞う者、経を上げる僧侶、そしてーー。


 「陰陽師もいるのか……」

 「やっと気付いたのかい? そう。今この邸には、複数の陰陽師がいる。その中に、女主人をそそのかした陰陽師がいるかもしれないだろう? 桐宮のお産が始まれば、そいつに解呪がばれちまうからね。私の眼で、中の陰陽師を調べておいた方が良いだろう」


 もし、邸にいたら大変なことだ。


 「そうだね。ま、そうなったら黒幕の方を叩きにいくさ。仲介した陰陽師なら、知っているだろうからね。もし陰陽師本人が黒幕なら、私達が邸に乗り込んで真実を叫ぶしかないな」

 件の陰陽師が邸にいれば、黒幕の正体がはっきりする。居なければ、お産の不安が一つ減る。さて、どちらに転ぶのか。


 天狐殿が結果を告げる。


 「邸内には居ないようだよ」

 出産に邪魔が入る可能性は減ったと考えて良いだろうか。


 「ああ。残すは黒幕探しだが、それは明日にしよう。お前さんは時雨のとこに居な。ここまでの経緯も伝えておけ」

 「分かりました」


 私は天狐殿と分かれ、時雨殿に会う。


 桐宮様に付ききりの時雨殿を、申し訳ないと思いつつ、現状報告のためにお呼びした。


 「大変な時にお時間を頂いてすみません」

 「いや、こちらこそすまない。長く放ったらかしにしてしまったね」


 切羽詰まった状況であったが、時雨殿は努めて穏やかに話す。私は、この日起こったことを、全て伝えた。


 「では、今夜解呪がなされると?」

 「はい。女主人が約束を違えなければ、確実に」


 「そうか、良かった。本当に良かった……」


 時雨殿は、その場で泣き崩れた。ずっと、気を張ってらしたのだろう。人目をはばかることも無く、袖を濡らしていらっしゃる。それから、何度も「ありがとう」とおっしゃる。私が「天狐殿や、皆さんのお陰です」と申し上げると「うん。お前と、皆のお陰だ」と、まだ涙の残るお顔で、お笑いになった。


 「ありがとう、千咲。白鷺の邸へ行くだけでも大変なのに、あちこち移動して疲れただろう? 一室用意するから、今夜はもうお休み」

 「はい」


 本来なら、お子が生まれるまで待つべきなのだろうが、事が事だ。私がいたからといって、何かお役に立てる訳でもない。それに、夜が明ければ黒幕探しで忙しくなる。休んでおく方が賢明だ。


 翌日、私が目覚めた時には、すでに日が高くなっていた。慌てて身支度を整え、簀子縁に出ると、そこにあったのは一面の銀世界。階が埋まるほどの雪が降り積もっていたのである。


 「一晩でこんなに降ったのか」


 庭先では、雑色達が雪に足を取られ、難儀しながら仕事に励んでいる。そんな彼等を尻目に、雪遊びを楽しむ女童の姿。自分達が邸に仕える立場だということなど、忘れているようだった。そんな少女達の甲高いをかき消すほどの、大きな産声が皆に届く。

 時雨殿と桐宮様のもとに、無事、姫がお生まれになった。初雪の朝に生まれた彼女は、初雪姫だとか、冬告げ姫などと呼ばれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ