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居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
初雪
19/88

第十八話 無音の冬


 冷たい風に木の葉が舞う。

 重陽の節句が過ぎると日に日に涼しさが増し、衣更えとなる十月には、もうすっかり冬である。色味の減った庭に、貴人達の衣はいっそう映える。しかし、そこに雪の無いのが残念だ。この年は、秋の終わり頃からずっと晴天続きで、時雨すら降らない。


 十月下旬、時雨殿の近辺が慌ただしい。

 じき、最初の子がお生まれになる。時雨殿の奥方は主上の従妹にあたる桐宮様で、他に通う女性はいらっしゃらない。お生まれになる子の将来は、大臣か女御であろう。都中の関心を集めていたのは、言うまでもない。


 「周りは騒がしいが、宮ご本人は落ち着いたものだよ。命懸けの大仕事を控えている人には見えない」

 「お強い方なんですね。乳母はもうお決まりで?」

 「ああ。西六条の御方にね」


 というと、白鷺殿の奥方か。


 「お子がいらしたんですね、白鷺殿」

 「私も、懐妊については知っていたが、生まれていたというのはつい最近知ったよ。『言ってなかったっけ?』だとさ」


 何とも白鷺殿らしい話である。子供は女児で、生まれたのは七条の一件があった直後だそうだ。


 さて、時雨殿のお子が生まれると聞き、姫を持つ貴族の多くが気を揉んでいる。もし、桐宮様が姫をお生みになれば、間違い無く入内の話が出る。東宮様のご生母、麗景殿様は時雨殿の妹君であり、東宮様は御歳十歳であらせられる。この時期に姫を持つということは、東宮妃にも、次の東宮妃にもなれるということだ。野心のある者にとって、これほどの障壁は無いだろう。


 男児であっても、やはり人並みで終わることなど無いので、もし自分の娘が見初められれば、それはそれで出世につながると考える。上手くすれば、孫娘を入内させられると、そこまで考えている者も多い。


 時雨殿ご自身は、野心など持ち合わせておらず

 「子供を利用してまで権力にしがみつく気は無いよ。子供の人生は子供のもので、親のためにあるわけじゃない」

 とおっしゃる。

 もっとも、時雨殿は上流貴族。彼自身は生まれつき、その地位を確約されていたようなものだろうと、この時は思った。


 お産の準備が着々と進み、乳母となる西六条夫人が、時雨殿の邸に迎え入れられる。この頃、白鷺殿は仕事で都を離れていた。夫婦で邸を留守にしても、頼もしい妖怪達がいるので、問題無いらしい。白鷺殿は、頼まれた仕事が終わり次第、都に戻るそうだ。彼なら、きっと早々終わらせるだろう。


 桐宮様と西六条夫人は、普段から文での交流がおありだったらしく、直接お話し出来る事を喜んでおられた。その二人に、たまたま居合わせた時雨殿が尾根雪のことを話したらしく、邸を訪れた際「これを奥方様に」と桐宮様付きの女房から文を預かった。桐宮様からの文に、尾根雪はしばらく戸惑っていたが、幾度か文を交わす内、いつの間にか良き友人になっていた。


 「こういう方だと思わなかったわ。気取ったところが全然無くて。思ったことをそのまま書いてらっしゃるんじゃないかしら。だから私も、つい普段は言えない本音を書いてしまったわ」

 「本音って……」

 「貴方には内緒よ」

 尾根雪が楽しいなら良いか。


 揃えられた純白の調度品。集まった僧侶。お産の準備が万全に調えられ、今か今かとその時を待つ。

 けれど、そのお子は一向に生まれて来なかった。

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