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居待ち月の夜に  作者: 峰丘 馨子
都の病巣
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第十一話 七条の女は


 「本当に見事だこと。織りも染めも美しいわ。こっちのも綺麗ね。太郎君の夏物にしましょうか」

 大量の土産物を前に、妻の尾根雪は目を輝かせる。


 私は白鷺殿の邸から戻ってすぐ、自室には寄らずに尾根雪のもとへと渡った。というのも、寝殿で出迎えた女房に、尾根雪の機嫌が悪いと聞いたからである。珍しく、私の帰りが遅くなったせいだそうだ。


 そんな事で、とも思ったが「だって、他に誰か通う女性が出来たのでは? と思ったら心配で……」などと可愛らしい事を言うので、責める気にならない。私にそんな甲斐性は無いと言うのに。結局、彼女の機嫌を直したのは例の土産品で、その効果については、先に述べた通りである。


 土産品だけでなく、土産話も山ほどあったので、この晩は尾根雪の部屋に泊まった。


 わずかに朝日が差し込む中、重い瞼をうっすらと開く。頭がぼんやりとして、まだ起き上がる気にならない。かすかに響く物音は、尾根雪が身支度を整える音だろう。


 「失礼致します。旦那様はお目覚めでしょうか」

 御簾の外から、女房が言う。私としては、もう少し横になっていたかったのだが「お客様がお見えです」と言われては、起きない訳にもいくまい。渋々起き上がり、客人と対面した。


 「あ、少丞おはよー」

 「……白鷺殿?」


 早朝に訪ねてくる者など滅多にいないと思うのだが、この人なら納得である。


 「すまないね、少丞。私も止めたのだが、聞く耳を持たなくて」

 ご一緒だった時雨殿が、そうこぼす。時雨殿も、まだ寝起きのようだったが、みっともない部分は全く無い。昇り始めたばかりの朝日によく映える、風情のあるお顔に見えた。容姿の整った人というのは、皆こうなのだろうか。何とも羨ましい限りである。


 「で、何の用です?」

 予定より早く起こされた私は、無愛想に問うた。


 「何って、七条の調べが済んだから、報告にね」

 「えっ?」

 まだ一晩しか経っていないのに、もう終わったと言うのか。


 「早く知らせようと来てみれば、君が奥方の部屋にいるとはね。この非常時に仲の宜しい……元気の宜しいことで」

 「何でそこ言い直したんですか。昨夜は何も無かったですよ。というか、貴方こそ何で朝からそんなに元気なんですか」

 こちらはまだ、半分寝ぼけた状態だというのに。


 「白鷺のは、朝からではなく夜からだな。ええと、あれだ。徹夜で調べて……そのー、うん。一晩中起きてると気分が妙に高揚するあの……あれだよ」

 時雨殿らしからぬ話し方に、やはり目が覚めきってないのだなと思った。


 「それにしても徹夜ですか。解決は早い方が良いですけど、あんまり無理しないで下さいね」

 「私も無理をするつもりは無いのだけど、調査に熱中していたら、つい。知らない間に一晩経っていてびっくりしたよ」

 「仕事が嫌いな方の言葉とは思えませんね」


 私は不思議に思ったが「今回のは、私の興味の範囲内だったからね。私が嫌なのは、必要性の分からない形だけの儀式だとか、自分の意見をぶつけ合うばかりの無意味な議論。ああそう、年長者というだけで偉そうにしている老人も嫌。能力より、年齢や家柄が重視される上下関係なんて、本当にくだらない」と白鷺殿は言う。

 彼にとっても、都は生きにくい場所なのだろう。


 さて、肝心の七条の女だが、やはり「七条の女で間違い無いよ」とのことだった。


 「ただし、七条の女は、本来何の害も無い。問題は、彼女に付け込んだ存在が居るということ」

 白鷺殿は、その者についても正体を掴んでいた。


 「あれは鬼だね。七条の女を利用して、人間の生気を集めているらしい。多分、力の弱い鬼が、妖力を高めようとやったことだろう。そういうのは、珍しくないんだよ」


 良成も、その糧にされてしまったということか。力が弱いなら、弱い自分のまま大人しくしていれば良いものを。私だって、ずっと……。


 「鬼さえ祓えば、七条の女は再び無害な存在になるだろうね。でも、死者である彼女が、現世に留まり続けるのは良くない。今夜、両方とも処理しよう。夜になったら迎えに来るよ」

 「って、私も行くんですか!?」


 鬼がいるというのに、一般人を連れて行こうとは。

 「君の安全は保証する。あの鬼は、そろそろ普通の人にも見えるくらい、妖力をつけている頃だろう。乳兄弟を死に追いやった、憎い相手の顔を拝みたくはないかい?」




 結局、私は白鷺殿に同行した。良成の仇を見るためではなく、良成が見ていた世界を知るために。白鷺殿の同行者は三人。私と、当たり前のように連れて来られてしまった時雨殿、そして、茜という女性である。彼女は西六条夫人の妹らしいのだが、とても邸主の身内とは思えぬほど質素な格好で、顔を隠す気も無い様子である。


 私達は、暗闇の七条大路を行く。肌にまとわりつく湿った空気。聞こえてくるのは、私達の足音だけ。進めば進むほど、不気味さが増していった。


 「白鷺様」

 茜殿が足を止め、前方を睨み付ける。彼女が睨む先、妖しく揺らぐ光に照らされて、一人の女が現れた。

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