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異能×屍 -終末における俺の異能の有用性について‐  作者: ペリ一
 

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『徒花』

 文章を綴り、アイツの軌跡を一冊の本にした。

 今じゃ聖樹なんて呼ばれてる、もう呼びかけても返事すらしなくなったアイツが、どうやって世界を救ったのか。その軌跡を。


 いや、綴ったというのは語弊がある。

 精神体としてぎゃあぎゃあ指示を出したというのが正しい。


 肉体が損傷し、完全に精神だけになった俺を見て皆は驚いていたし、柚子なんかは泣いていたが……これは罰なのだから仕方ない。

 死人同然だろうと、生きてさえいれば。ただただ生にしがみつきたい。

 そう願った俺は、本当に生きているのか死んでいるのか分からない存在にされてしまった。


「少し不正確だ。お前の罪はそうではない」


 気が遠くなるほどの時間。

 俺を知る者などとうにおらず、俺はただ世界に溶け込むようにして、居ないも同然の存在として、ただ漂っていた。

 死にもしない、生きてもいない。

 それでも微かに自意識が残っていたのは、アイツが——聖樹となった青葉だけは常に存在し続けていたから。


「アレは存在欲の権化だからな。記述によれば寸前で改心したようだが……異能の変質は間に合わず、ただ存在欲を満たすために最適な形をとった」


 うるさいな。

 お前は誰なんだ。

 

「異世界管理局。無限に発散する世界を観測内に押し留めた者の1人だ」


「何言ってるかわかんねーよ」


 そう言って、自分で自分に驚く。

 肉声だ。

 自分の声で空気を震わせるなんて、いつ以来だ。


「仮初の肉体を与えた。執斗、お前は償いをしなくてはならない」


 肉体に釣られたのか、希薄になっていた感情や、人間的な感性がじわりと滲んでくる。

 ようやく周囲の環境が見えた。

 白い部屋だ。

 真っ白で、椅子が2つ。

 外套を羽織った男がこちらを値踏みするように眺めている。


「……償い? 今までの惨状が償いじゃないのか?」


 悠久の時を漂った。

 死のうとしていた時期もあったが、全て失敗に終わった。


「観測者を殺した者も罪深い。だがな、そいつは原初の炎でとうに燃やし尽くされている。では次に罪深い者は誰か。お前だ」


「そうかよ」


 観測者だの、そもそも異世界管理局だの。

 俺が無気力に漂っている間にずいぶんと愉快な世界になっていたらしい。


「言葉で説明しても分からんか。では聖樹の記憶と、我々の調査で分かった……あり得たかもしれない世界を見せてやろう」


 視界が暗くなる。

 座っている感覚すらも消え、俺は——。



 俺は、走っていた。


「ああクソ、邪魔だッ!」


 死体ゾンビに俺の精神を入れ、そのゾンビで他のゾンビを蹴散らす。

 極限状態に追い込まれてようやく気付いた、俺の異能の活かし方だ。

 精神が空になった肉体は、容易に侵入できる。


 同族からの攻撃は想定していないらしく、自分の身を守るだけなら簡単にできる。

 ただ、守るだけでは意味がない。


「生徒会長のいるとこに行けって!? 辿り着けるわけねーだろ馬鹿野郎がッ!」


 天啓の異能により告げられたのは、俺の行くべき場所。

 そこに生徒会長の北野がいるのだと言う。


「行ったからなんだってんだよ!」


 やはり引きこもっていれば良かった。

 ゾンビが多すぎて、これ以上前に進む手段なんて……手段、なんて…………ある。


 俺がまた別の俺になるかもしれない。

 その覚悟があれば。


「ああ、やれってんだな?」


 本体が逃げ回り、その間に精神体を飛ばす。

 そして目的地に辿り着いたなら、精神体の存在を強め実体にする。

 そうしてできた実体は、俺と同じ記憶と肉体を持った別の何かかもしれない。


「生きるって、なんなんだよ」


 そんなに難しい事か?

 存在さえして、息さえしてりゃいいじゃねぇか。

 死んだように生きるな、なんて死んだこともねぇくせに分かったような顔で言いやがる。


 でも。それでもアイツらの目に灯る炎が。

 どうしても引っ掛かった。

 気づけば頷いちまったんだ。


「俺は引きこもるって……言うつもりだったのにな」


 精神体を飛ばす。

 ぐんぐんと進んでいく。

 それまで本体を生かす必要がある。


「いってぇッ!」


 噛まれた。

 問題ない。どうせ捨てる肉体だ。


 精神は何にも囚われない。

 ひたすら目的地へと進んでいく。


「見えた」


 生徒会長。あとなんか植物みたいになってる青葉もいる。

 そして手元に死体。

 生徒会長はやたらそいつに呼びかけているが、俺には分かるそいつは既に死体だ。


 そこで俺は理解した。


 肉体がゾンビに追い付かれ、引き倒された。

 まずい。限界か。


「よう、お前ら」


「あぁ!? 執斗!?」


「……誰だい?」


 精神体に実体を持たせた。

 そして、精神体となった元肉体をこちらに向かわせる。


「それ、死体だよな」


「ああ。全ての元凶だよ」


「そいつを動かせたら、事態は丸く収まるのか?」


 そこで生徒会長、北野がポツポツと語り始めた。

 この男の異能、支配者ドミネーターについて。

 

 そうして語ったところで、北野が期待のこもった目を向けてくる。


「君の異能は?」


 俺の異能か。


悪霊の悪戯ポルターガイスト。精神に宿る異能で、ゾンビとかいう精神は無いくせに肉体だけは半端に動く死体なら……動かし放題だ」


 精神体がようやく到着し、俺の隣に並んだ。

 ああ、なるほどな。

 これが俺の役割か。


 あそこで部屋を出るか出ないか。

 分岐点だったんだ。


「じゃあゾンビにすっか」


 青葉が蔦で引き抜いたゾンビの眼球を支配者の口に詰める。

 死にたてならギリギリゾンビになれる……のか?


 不安だったが、支配者が虚な表情で目を開いたところで杞憂だった事が分かった。


「よし。入るぜ」


 精神体が入った瞬間、この男の意志の欠片のようなものが駆け巡る。

 なるほど。

 こいつは、そうか。ずっと独りで。


「いける。さっそくやるか?」


「待ってくれ」


 北野に制止され、異能の発動を取り止める。


「なんだよ」


「他者の発動による現象の封印……どうなるか分からない。僕達の記憶が保持されるのか、どうなのか。だから君にはこれを伝えたい」


 ああ、記憶か。そうだな。次は俺が独りなのかもしれない。


「僕の異能は、不死身ではない。人体掌握だ」


 それを聞いた青葉が何やら騒ぎ始める。


「え!? マジ!? 行方不明の特別指定異能者じゃねーか!」


 そうなのか。詳しいな。


「ああ。己を胎児と化させ、女性に産んでもらった。それで新たな戸籍を得たんだ」


「……すっげぇ。思いついてもやるかよ普通」


 なるほど。その事実を口にすればとりあえず俺の話に聞く耳を持ってくれるかもしれないな。


「おっけ。んじゃ、やるぞ」


「お前軽すぎだろ。良いのか?」


「これが俺の使命ってやつだ。気分はまぁ」


 悪くないかな。


 現象が巻き戻る。

 原因も因果も知っている。

 様々な惨劇が俺の中へと仕舞われていくのが分かる。

 不老不死を求めた者や、飢えを根絶しようとした者。色々な失敗、厄災が見える。


 その全てが終息し、世界は——。


「やはり人間の意志は素晴らしいの」


 黒い空間。

 眼前には少女。隣には、先ほどまで死体だった男。


「は、ぁあ!? なんだここ、地獄ってやつか?」


「マジか! 世界救ったのに地獄行きかぁ」


 俺の適当な発言を聞き、男が睨みつけてくる。


「お前か? ああクソ、恐れてた異能を奪う異能者か?」


「んだよそれ、そんなチートなもん持ってねぇよ」


「わしの話を聞け」


 ピシリと身体に電流が走る。

 何かを話そうにも声が出ない。


「わしは大いなる意志。執斗、お前は道を違えず世界を救った。予想を裏切ってな。部屋を出ることは無いと思っておったが……ふふ、やはり人間は面白い」


 俺だって出ると思ってなかったよ。


「そして同時に。封印者。お前は失格じゃ……期待しておったというのに。お前の正義はどこへいった」


 男が憤慨した様子で立ち上が……ろうとする。

 押さえつけられたような姿勢で固まっているあたり、大いなる意志とやらが止めているのだろう。


「貴様の異能は、貴様ごと焼いて処分する」


 俺はそこで手を挙げた。


「ふむ? 何じゃ。申してみよ」


「大いなる意志さんよ。あんたは孤独がどれだけ人を狂わせるか理解していない」


「……ほう」


 俺は、孤独が当たり前になりすぎていて、大切なことを見失うところだった。


「俺があんたの言う間違った道に進まなかったのは、仲間ができたからだ。孤独じゃない日々が俺を変えたからだ」


「であれば、どうするというのじゃ」


 俺は深く息を吸った。


「そいつは処分するな。ただ、次に世界を救うときは俺も手伝えるように……記憶が消えないようにしろ」


 隣の男が目を見開く。


「……良いのか? その男の末路を見たじゃろ」


「俺がいりゃそうはさせねぇ。最強の2人でやってやるぜ」


 大いなる意志が、男に目を向ける。


「お前、執斗つったか? お前は何も分かってねぇ、この異能がどれだけ苦しいものなのか。世界を救うってのが」


「でも隣にもう1人誰かいればどうなってたか。それはお前も分かんねぇだろ?」


 男が絶句したような表情で固まる。

 一連の流れを見ていた大いなる意志が、ケタケタと笑い始めた。


「ああ、面白いのぅ! これだからやめられんのじゃ! 良かろう、少し仕掛けに苦労はするが……記憶を保持できるようにしてやろう」


「あぁ、2人でやっ……いや待ってくれ」


 そうだな。


「もう2人巻き込めねぇか? だって俺1人で救ったわけじゃねぇ。やっぱパーティーは4人編成だと思うんだよ」


 大いなる意志がジト目でこちらを見る。

 そこで俺が肩をすくめてやると、大いなる意志はため息をつきつつも頷いた。


「あの2人か。良かろう。じゃがそれ以上は……処理が億劫じゃ。いいな?」


 釣りがくるレベルだ。

 俺は頷き、横の男を見た。


「お前、名前は」


「エデン、と名乗るつもりでいた」


「いいじゃん。世界救うのとは別口でやろうぜ。楽園作りみたいなその……そういう系のやつ」


「低俗なやつだな。俺の記憶を見たのか?」


「断片的にな。おいおい、そんな顔すんなよ。俺はそういう青臭いの悪くないと思うぜ?」


 部屋の扉を開けて、外に出た。

 痛い思いを山ほどした。

 でも、なんてことはなかった。


「よろしく、前衛!」

 

「俺に肉体強化は無い。お前が前衛だ」


「俺もねぇよバカ」


「は……はァッ!? バカはお前だ! だいたいな……!」


 俺は外に出る。

 なんてことはない。楽しいから、面白そうだから。

 そんな理由でまた扉を開ける。


 エデンの手を取り、大いなる意志に背を向けてその空間を後にした。

 世界が暗転し、そして——。



 白い部屋に、帰ってきた。


「お前の罪は、扉を開けなかったことだ」


「お前は、その性質上分岐した世界の全てに存在している。凄まじい数かつ均一な性質を持ち、異能力は偵察向き……喜べ、人材としてはこの上なく好ましい」


「お前は、お前達は、異世界管理局の指先となり、身を粉にして働くことで罪を償い続けろ」


「お前が最初の1人だ。お前を起点にして、全てのお前を管理する」


「移動には聖樹を使う。あの存在欲の権化は、分岐していく世界や、新たに発生する世界全てに存在するべく枝葉を伸ばし続ける怪物だ」


「正解を選んだ先であれば、あの変異もじき収まり……いや、これ以上意味のない話はやめよう」


「始めようじゃないか、執斗。お前の償いを」


 ああ、そうか。

 俺はもう二度と部屋から出られないのだ。

 そう悟った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 聖樹は存在欲の権化だから、無限の拡散による存在の希薄化を拒み、無限に拡散した世界の中で有限となっている(?) ただし、自身の存在を拡げるべく無数の世界に枝葉を伸ばしており、異世界転移の際の通…
[気になる点] 北野の一人称は僕では? [一言] なるほど! 執斗にはそんな役割があったとは!大いなる意思がわざわざ呼びかけたのは世界を救うためのキーパーソンだったからなんですね。 過疎ゲーでのドラゴ…
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