託された種子達
「どこかにお出掛け?」
「うん。ちょっと、図書館に」
「そう。暗くなる前に帰るのよ?」
私は畑で作業をしている母さんに見守られながら、家の敷地を出た。
暖かい日が辺りを照らしている。せっせと農作業を行う隣人達と、それを見守るようにしてそびえ立っているあの巨木__聖樹を眩しそうな目で見つめると、私は歩を進めた。
聖樹暦38年___あの未曾有の大災害から、およそ60年後。
聖樹を中心とし復興してきたその都市においては、以前のような平穏な時間というものが得られるようになっていた。
聖樹。ある日突如として現れたその木は、みるみる内に周囲のゾンビを糧に成長し、この国のシンボルとなったのだという。
また、この豊かな土壌は聖樹の恩恵の一つであり、この国にとって聖樹は欠かせない存在である事は言うまでも無いだろう。
「危なーい!どけどけー!」
「クソガキィ!また悪戯かぁ!!!」
私の横をとんでもない速度で少年が過ぎ去っていく。そして少年程ではないにせよ超人染みた速度でソレを追いかける中年の男。
あの少年は__
確か、独走者という異能の保有者、だったはず。
近々、彼に会う為にアメリカ合衆国から異能精鋭隊の元隊長がやってくるという噂が出ている。あんな所で油を売っていて良いものなのだろうか。
「まあ私には関係無い、か」
実はその事で国の上層部がごたついているのだが、一介の女子高生である彼女には関係の無い事に思えたのか、そんな軽い一言で済ますと、彼女はまた歩き始めた。
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徐々に心地よい喧騒が辺りに響き始める。
聖樹の付近は土壌が良いので、その殆どが農地になっているが、外側へと移動していけば、街は商店街へと様変わりしていく。
「お、嬢ちゃん腹減ってないかい!?美人だからまけとくよ!」
「すみません、図書館に用事があるので……」
「頭脳労働にゃ糖分は必須だねぇ!みなよ嬢ちゃん!この他の店にはないカリカリのクレープ生地にたっぷり生クリーム!でも1000円を超える買い物はしたくない?なぁらご安心!なんと驚きの980円だ!今だけだよ!」
「買ってしまった……」
図書館にクレープを持ったまま入る訳にはいかないので、入り口の傍のベンチに座り、生クリームをフルーツたっぷりのソレを頬張る。
買ってしまったと言いつつも頬が綻んでしまうのは、仕方がない事だと言えよう。
「よし、食べ終わったし行くか」
ガチャリとドアを開けると、すっと香る紙とインクの匂い。
受付カウンターに直行した私は、学生証を見せ受付を済ませると、スタッフの人にある書籍の有無を聞いた。
「あの、聖樹になった異能者の書籍について知りたいのですが」
「……思いつくだけでも複数ありますが、その中でどういった種類の書籍を?」
「あー、っと、一人称視点のやつです」
すると受付員が途端に険しい顔になる。
「あー……漫画形式のモノならかなり普及していますが……おそらく、読みたいのは文章のみで形成された、原本の方ですよね?」
凄い。よく分かっている。
私は学校の宿題で出された、この国の成り立ちについてのレポートで、特に聖樹に焦点を向けて書こうと思っていたのだ。だがいっくらなんでも漫画を参考にして書くというのは高校生らしくない。いやまあ、キッチリ史実通りなら問題無いのだが、漫画化されているだけあって、その物語はかなり脚色されている。参考文献にするには少し足りない。
「うーん、それは当館では取り扱ってないんですよね。貴重な物なので」
「そ、そこを何とか……写本は無いんですか!?」
「生産が止まってるんです。漫画の方が優先的に写本が作られてるようでして」
「ええ……」
分かってはいる。災害の経験の反動なのか、上の世代は妙に娯楽を推す傾向があるのだ。
今は災害の経験者も徐々に減り、その傾向も薄まってきてはいるが、要所要所で色濃く残る部分はまだある。
「あ、そうだ。聖樹の下にある私立の図書館に行ってみては如何でしょう?」
「聖樹の下?」
そんな場所に図書館があるのか。あそこは農地しか無いと思っていた。
「分かりました。行ってみます」
私は受付員さんに頭を下げると、その私立の図書館へと向かった。
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「……これは」
綺麗だ。第一印象は、そんなシンプルなものだった。
その外装は聖樹を邪魔せず、引き立てに徹したようなものとなっている。
ガチャリと扉を開ける。
掃除の行き届いた綺麗な室内。そして少し独特な、古書の香り。
「……」
そんな落ち着いた雰囲気の図書館だが、意外な事にかなりのスペースが漫画を置くコーナーになっていた。
「あるのかな、本当に」
「何かお探しかい?」
「ひゃっ!?」
振り向けば、がっしりとした体型の美青年が立っていた。同じ歳……くらいだろうか。
「えっと、受付員さん?」
「そうだとも。こんな場所にはるばるお疲れさま。ああ、言わなくていい。何となく察しがついてるんだ」
そう言うとその青年は足早に本棚の奥へ引っ込み、一冊の本を持ってきた。
「聖樹の成り立ちについて知りたい。違うかい?」
「そ、そうです!こ、これって」
「漫画ではない。原本の写本だね」
「ありがとうございます!」
その本を受け取った私は、近くにあった椅子に座り、その本を確認する。
「終末における俺の異能の有用性について……これだ」
チラリと裏表紙を見ると、ズラリと執筆に関わった人達の名前が並んでいる。
ユズやらアカミネやら、ユキサトやら……
「変なタイトルだろう?ま、もっともそのタイトルを提案した執斗とかいう男はもっと変な人間……人間だったんだが」
「……?そうなんですか?」
何故そんな事を知っているのだろうか。それに、そのシュートとかいう人はいったい誰?
そんな疑問を解決する材料が、この本には詰まっているのかもしれない。
私ははやる気持ちを抑えつつ、ページを開いた。
暖かな日が差す春の日中。
ページをめくる音だけがその空間に響いた。




