第5話
落下した、と思った瞬間には、この路地に居た。
「青葉ー!居るー!?」
まずはそう叫んでみる。期待はしていない。でも諦めはしていない。
だが私の叫びに反応してか、路地裏からぬっと人影が現れる。
「青葉!?」
「誰だそりゃ。俺ぁ最強ギャンブラーのハロルド様だ。図が高ぇぞジャップ共」
何なのこの男。いや待て、ハロルド……天啓で言っていた……
「……柚子、結界」
「了解!」
柚子の言葉と同時にハロルドなる人物が吹き飛ぶ。
「がッ……あァ!?」
「完封出来るって言ってたわよね、確か」
「そうだね。僕はそう聞いたし、実際の手応えとして、イケそうだよ。時間はかかるだろうけど」
地面に転がり此方を恨めしそうに睨む男の視線を平然と流しつつ、柚子と作戦会議を続ける。
「このまま僕が押し殺そうか」
「……そうね」
だが柚子の異能での攻撃は、せいぜい自転車で追突、程度の衝撃だ。殺せるにしても時間がかかる。
どうにも引っ掛かる。あの男の「青葉を餌にした」という旨の発言。
時間が過ぎれば手遅れになるのではないか、という不安が赤嶺の心の中を駆け巡る。
「……ハロルドとか言ったわね?アンタ、異能は」
「へ、へへ……一昨日きやがれ、小娘が」
もう一度、結界が男に叩きつけられる。
「このまま惨めに殺されたくなきゃ言いなさい」
「クソが……この俺を誰だと思っていやがる……!」
顔を地面にぶつけたのか、だらだらと流れる鼻血を拭いもせず此方を睨みつめるハロルド。
「最強のギャンブラー……!常勝無敗のハロルド・スミス様だぞッ!!俺の異能が知りてえならその身に教えてやる!分かったらさっさとその結界の中から出てきやがれッ!」
こちらに歯を剥き出しにした憤怒の形相を向け、中指を立てるハロルドを冷めた目で見つめる赤嶺達。
「アンディフィートギャンブラー……?聞いた事があるかもしれないな」
すっと目を細め何かを思い出そうとする柚子。
「ああ。思い出した。君、ラスベガスのカジノで大儲けしてた奴だな。一時期、天才賭け師としてテレビにも出ていたはずだ」
柚子の発言に、ハロルドはニヤリと口元を歪めた。
「そうだ。正直俺にとっちゃ崩壊前の世界の方が住みやすかったが、こっちもどうしてなかなか悪くない。人を嬲るように殺すのも気持ちがいいしな。どうだお前ら?勝ち馬に乗りたい、なんて思わねえか?」
「惨めに這い蹲ってる君のどこをどう見たら勝ち馬なのか、僕は知りたいね」
呆れたような柚子の声にハロルドは青筋を立てつつも続ける。
「俺らはチームだ。チームメイトは全員イカれてて、そして理不尽な程に強い。仮に俺を殺した所でてめえら全員別の俺の仲間に殺されるのがオチだぜ……だからよ、今ここで俺を助けてくれりゃあ、俺がお前達を仲間に入れるよう取り計らってやろうじゃねぇか。なぁに、てめえらだってそれなりに強い。皆認めてくれるさ?だから、よ。さっさと出てこい」
よくもまあペラペラと口が回るものだ。
「条件次第では、良いわよ」
「赤嶺さん!?」
悲鳴にも似たような声が後方から響く。この声は、浅野さんか。
「ただ、仲間になるんならアンタも異能くらいは教えなさいよ」
「……チッ、分かったよ」
大きく舌打ちをすると、ハロルドは語り始めた。
「俺の異能はザックリ言えば、事象が俺の望む通りになる。おっと、どっかのクソ猫と一緒にすんじゃねえぞ?あんな、コントロール不能な、俺の、劣化版がッ!俺は俺の異能をコントロール出来る!劣化版はあっちだッ!」
そのクソ猫とやらに妙な恨み……いや、劣等感があるのか、やたらと劣化版という言葉を強調しつつもハロルドは続ける。
「簡単な事だ。当たれと思って撃てば何があろうと俺の銃弾は当たる。死ねと思ってぶん殴れば、当たり所が悪くて死ぬ。どうだ?良い異能だろう?」
成る程、それは確かにある種の最強の異能だろう。
簡単に言ってしまえばハロルドの異能は幸運。クソ猫とやらも似たような異能なのであろう。
「じゃあハロルド、僕から質問だ。君は今何を思っていたのかな?結界に叩きつけられたい、とか?」
明らかな挑発だ。だがこの質問の意図はそれだけではない。
「ああ?無論ぶっ殺してぇと思ってたが、手段が思いつかなかったんだよ!」
それを聞くと、柚子は赤嶺に向かって。
「だ、そうだ。急ぎなんだろ?ならやってしまうといい。危なくなったらなんとか回収するから安心したまえ」
そう言い、ウィンクをした。
瞬間、赤嶺が駆け出す。
「……うおおお!?」
明らかな殺意を持って近付く赤嶺にがむしゃらに銃を乱射するハロルド。
だが、その銃弾はあえなく結界に阻まれる。
「結界から離れねぇと……!」
だがどうやって?あの女の速度からして間に合うとは思えない。
どうすればいい?手段が分からない。
「相性が、悪かったわね」
気付けばハロルドの視界は上空を向いていた。
ああ。これは。
首を。
どしゃあ、という音と共に、常勝無敗だった男は、呆気なく命を散らせた。
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「全員、吸い尽くしちゃっていいの?」
「駄目だと言ってるだろ。いいか、アレは国民候補だ」
「じゃあ適度に?」
「……まあ、そうだな」
「分かった。私頑張るね」
その少女のような見た目をした男は、投げキッスをすると、目標の確保に向け、歩き出した。
「数少ない命令を聞く駒だ。大事にしねえとな」
男が去ったのを確認し、ポツリと呟く。
「あ、あの」
「何だ?」
「ゾ、ゾンビの集団を、たった一人で止めている男が」
「……クソが。これだから異能者はよ。バランス考えろってんだ」
もしその一人でゾンビの集団を食い止めている異能者が居れば、お前も大概だと叫ぶ筈だが、そのようなツッコミをする人間はここには居ない。
「ジョセフ。降伏勧告を出せ」
ジョセフと呼ばれたその男は、声の主にチラリと目を向けると、渋々といったていでヘッドフォンを外した。
「あ?何だって?」
「てめえ、首をへし折るぞ。降伏勧告をしろっつったんだよクソボケが」
「あいよ」
するとすぐに、その指示をした男も含めて、頭に声が響いた。
『降伏勧告でーす!』
「てめえは馬鹿か!?」
すぐさまジョセフの頭に拳骨を落とした男は、更に胸倉を掴み上げ、怒鳴り上げる。
「誰が全人類に向けて言えつった!?ちったあ自分の頭で考えろ!おかしいと思わねぇのか!?」
だがジョセフは、男の剣幕に押されるどころか、嫌そうな顔をしながらこう吐き捨てる。
「ちゃんと指示しないお前のせいだろ」
「普通分かるだろ!?……お前の大雑把な性能の異能は分かっちゃいるが、せめて日本限定とかにな……!」
そこまで捲し立てても顔色一つ変えないどころかもう一度ヘッドフォンを嵌めかねない様子のジョセフを見て肩を落とす。
「クソ……もういい。俺が行く」
「い、いってらっしゃいませ!」
慌てて見送りをする中年の男に、出て行こうとする男に追従する一体の黒人ゾンビ。
「さっさと終わらせて、俺が理想の世界を創ってやる」
その青年の瞳は、燃えていた。
悪とも正義ともとれる色で。




