第4話
読者の皆に早めのクリスマスプレゼント。
ここから暫く連日更新です。
「青葉ぁっ!」
咄嗟に伸ばした手は気がつけば、別の場所へと繋げられていた。
「結界を突破する可能性がある異能者には餌をやって足止めしてやったぞ。さぁ、どうする?」
……餌?
「ああ、餌だ。今お前達の元に向かってきていた異能者の保有してる異能は毒女。結界じゃ漂ってくる毒までは防げない。違うか?」
「……さて、どうだろうね」
「はっ、誤魔化しは無用だぜ。一応俺は味方なんだからな」
柚子の言葉を一笑に付した後、男は語り始めた。
「異能の強さに絶対は無い。どれだけ無敵に見える能力だろうと、相性次第ではその辺の虫ケラみてぇにあっけなくひき潰される」
「……何が言いたいのよ」
未だ剣を構え、男の隙を伺いつつ言葉を発する赤嶺。
「天啓が戦局を変える算段があるとすりゃあ、そういう要素を使うしかねぇ。幸い、お前等の……というかそこの異能者の結界さえ有れば完封可能な異能者がいる」
男の目の付近の空間が少しだけ歪む。
「と、なると……俺は手伝ってやりゃいいのか?」
「手伝う?青葉を敵に引き渡しておいて、何を勝手に……!」
「世界がぶっ壊れるのは俺の本意ではないし、な」
激昂する赤嶺を意にも介さず、男は手の平を自分の口の前に持っていき、何やらボソボソと呟き始める。目の辺りは微かに歪んでおり、何者かと連絡を取っているように見える。
赤嶺はこの舐め切ったような、そんな隙を見逃さなかった。
「……ッ!?」
一瞬にして距離を詰め放たれた赤嶺の一撃は、男を真っ二つにする……はず、だった。
何者かとの連絡を終えたらしい男は赤嶺に面倒臭そうな目を向けた。
「あのさ、仮にも剣豪なんだろ?力量差の見極めくらい出来ないもんかなぁ」
はぁ、と溜め息をつき男は続ける。
「さっき言っただろ。相性が重要だってな。お前等じゃどう奇跡が起ころうと俺に傷一つ付けられやしない……あー、もういいか?俺ぁやる事やったら南の島でバカンスでも楽しんでたいんだが」
本気で面倒臭そうに対応する男に対し、赤嶺の怒りは更にヒートアップしていく。
その様子を見た浅野が慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!そもそも、ヒントとは一体何だ!?俺達の使命は!?一体何をすればいい!?」
「ヒントは散々やっただろうが。妨害も結局ほぼ直接的にやっちまったし。使命は知らん。天啓でも待ってりゃいいだろ」
男の方はもう我慢できないといった風に捲し立てると浅野の方をチラリと見る。
「あ?もしかして来たのか?天啓」
「……あ、ああ。君に、ハロルドの所へ連れて行って貰うように、と」
「はっ、俺の予想通りじゃねぇか。つまんねぇの」
その男は嘲るような顔をした次の瞬間にはもう赤嶺達はその場から消えていた。
「じゃ、せいぜい頑張れや」
そしてそれに続くようにして、男も消えていった。
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何だ、この痴女は。
俺はおそらくあの異能者によってこの場所に移動させられたのだろう。そこまではいい。問題は目の前にいる看守のような__こんな破廉恥な格好の看守など居ないだろうが__姿をしたグラマラスな美女が佇んでいる、という事である。
こんな状況下だ、この女は十中八九異能者だ。しかも特別指定異能者と関わりを持っている可能性が高い。アイツは何と言っていた?
『結界を突破する可能性がある異能者には餌をやって足止めしてやったぞ。さぁ、どうする?』
確か、そんな事を言っていた。なら物理的な能力……中でも身体強化系は完全に除外していい。
なら俺に分があるか?
結界を突破する可能性がある異能……ああ、クソ。思いつかない事は無いが……
順当に考えるとすれば転移系か?なら隙さえ突けば俺にも……
「何考えてるのかしらあ?」
日本語が喋れる、か。まあ日本が異能者大国になってから学ぶ人も増えたしそこは何の判断材料にもならない。
意思疎通が図れる事が分かった分事態が好転したと言えなくもない、が……
「貴女は俺に対してどういった命令を受けていますか?」
アイツは異能者の“集団”が向かってきてきると言った。集団という事はそれを指揮する人間が居るという事だ。コイツがリーダーじゃない限り、何かしらの命令は下っている、はずだ。
「好きにしていいってぇ……言われてるけどぉ……?」
蛇に睨まれた蛙ってのはこういう気分なんだな。
普段であれば喜んだはずの、美女に熱を帯びた眼で見つめられるという体験。だが今は、背中に薄ら寒いモノを感じる以上の事は何も抱けなかった。
「……それだけですか?本当に?」
ああ、クソ。声が上擦る。
「……そうよぉ。そんなに怖がらないでいいじゃない……ほぉ~ら、怖くない」
そんな邪悪に満ちたいないいないばあは見た事が無い。無論、そんなもので恐怖心が消えるはずもない。
どうする?どうすれば俺はこの窮地を脱せる……?
「__」
ん?今のは英語か?……ま、待て。どういう意味だった?思わず呟いたような様子からして、ソレは素の発言のはずだ。考えろ。俺は座学優秀者だろッ!
「ん?どうしたのぉ?」
「いえ。……リーダーの方から聞いていないのですか?使い道があるかもしれないから下手に手を出すな、と」
「……いいやぁ?聞いてないわよそんな事」
少し躊躇があったな。
間違いない。おそらくこの女は手を出すなと命令を受けている。いやそこまでじゃないにしろ、保留、程度の指示は受けている!
先程の言葉は「この場でやってしまえばバレない」だとかそういった意味合いの言葉だった。
コイツ、何するつもりか知らないが全然舵が取れてないじゃないか。リーダーは何やってんだ。
「嘘ですね。先程の人から聞いていますし、何故そのリーダーが俺を欲しているかは分かります。俺を殺せば__確実に、貴方方は損をする」
「……ハオランは私達のチームから抜けたはずよ?」
あいつ、ハオランて名前だったのか。というかチームから抜けた……いやまあ、俺達と敵対してなかった時点で察するべきだったか。
だが、まだ。まだ誤魔化せる。
「義理もあったんでしょう。念押しくらいはしてやる、と」
「……ふぅん」
「ここで俺に手を出さずに居てくれたなら、俺が貴女の望むモノを融通するようリーダーに進言しても構いませんよ」
「…………じゃあ、まあ、ちょっとは我慢してあげるわ」
何とかなったか。クソ、この言い草……まさか。
「さっき良い空き家を見つけたのよぉ。追加の指示がくるまでそこで待ちましょう?」
コイツと密室に二人きりというのは出来れば避けたい、が。
「ええ。何でしたら、お茶でもお入れしますよ」
「どうして?」
ここでどうして、ときたか。察しの良い女だが……
「俺の異能は食事に関する異能です。プレゼンも兼ねてやろうと思っていた事があったのですが。如何です?」
嘘は言わない。
相手が精神に関する異能持ちの可能性だってあるからな。
「……そういう事ならいいわよぉ。ただ、妙な事をしたらオシオキ、しちゃうけどねぇ」
その前に俺からのオシオキを食らわせてやるよ。
俺はそう決意し、その女に促されるままに歩き出した。




