第3話
時は少し遡り、まだネットが機能していた頃にまで戻る。
「…」
明かりを消し、カーテンで全ての窓からの光を遮っている部屋。
その部屋の隅で、文明の利器たるスマホだけがピカピカと光っていた。
「…CGじゃねえっつーの……俺がせっかく情報提供してやったってのにこいつ等…」
そしてそのスマホを苛立たしげに眺め、悪態をつく男が一人。
「おお、流石…プロサバさんは見る目があるわ」
少し満足げな呟きを零す。
そしてゴソゴソと掲示板のスレ立てフォームを開き、タイトルを打ち込み、スレを立てた。
【終末の救世主追悼スレ】
1:名無しの屍さん
我等が救世主よ…安らかに眠りたまえ…
2:名無しの屍さん
不謹慎すぎて草すら生えない
3:名無しの屍さん
何このスレ?
4:名無しの屍改め名無しの喪主さん
とりあえずこいつを見てくれ。
こいつをどう思う?
【動画データ】
5:名無しの屍さん
喪主でワロタ
すごく…(火の勢いが)大きいです…
6:名無しの屍さん
>>4
何これCG?
7:名無しの喪主さん
>>6
CGじゃねぇわハゲ。木魚にすっぞ。
8:名無しの屍さん
木魚にすっぞwwwwwwwwwwwwww
9:名無しの屍さん
木魚にすっぞとかいうパワーワード
10:名無しの屍さん
死すらネタと化す終末の救世主
「腹減った」
今までスマホの画面を眺めニヤニヤしていたその男は、そう呟くと唐突に立ち上がり、台所へと歩いていった。
その間にも、スレは動いていく。
17:プロサバイバーさん
流石に不謹慎じゃないかな?
まだ、彼が死んだと確定した訳じゃない。
18:名無しの屍さん
プロサバさんちーっすwwwww
19:名無しの屍さん
まぁ生きて帰ってくればネタで済むから…
…だから、頼むから死なないでくれよ……
「ん?プロサバさんスレにきてるじゃん」
その男は干し肉をむしゃむしゃと頬張りながら、スマホを再び手に取った。
「…はぁー、これだから不謹慎厨は。楽しめる時に楽しんどけや」
34:名無しの喪主さん
不謹慎、不謹慎言ってけどな。
俺は死んだ時はこうやってスレでネタにしてくれた方が嬉しいと思うんだが。
死なんてもうありふれたモノだろうが。
こうでもしないと辛気臭すぎてやってらんねぇよ。
35:名無しの屍さん
>>34
まぁ言いたい事は分かる。
36:プロサバイバーさん
>>34
まぁ、確かにそうなんだけど。
「んだよ急に。手の平返しかぁ?」
そう言いつつも、その男は掲示板の住民達の気持ちがある程度分かっていた。
日に日に人が少なくなっている。
もっと勢いのある頃であれば、炎上だ、祭りだ、と騒いでいたはずだが、もうこんな小規模な人数になってしまうと、それをやった所で虚しいだけだと理解しているのだ。
傷の舐め合い。今やそれこそが、住民がこの掲示板に求めている唯一の事だった。
「…ん?」
すると、隣の部屋からボトリ、と音がしたのが聞こえた。
隣の部屋にそんな音がするような物を置いたような記憶は無い。
「…」
男は隣の部屋へ通じる扉に手を掛けたが、その場で突然静止した。
そして、男の幽体のようなモノが隣の部屋へ入っていった。
「……!?」
そして、隣の部屋でその男が…いや、厳密に言えばその男の幽体が…目にしたのは。
融解し、床にボタボタと垂れている窓ガラスと、その融解によってできた隙間から部屋に侵入しようとするゾンビの姿であった。
この男は知る由もないが、このゾンビは全くもって唸り声をあげていない、つまりは飢餓ゾンビと呼ばれる個体であった。
「…まさか…あの時の火を放ってきてたやつか?」
その小さな呟きを拾ったのか、ゾンビの動きが激しくなる。
「ひっ」
慌てて幽体を引っ込め、ある程度の必需品を詰め込んだリュックサックを背負い、玄関へ逃げ出す。
玄関の扉の前で一度止まり、幽体で扉の向こう側の安全をチェックする。
「よし、いない……」
外の安全はある程度保障された。
後は扉を開けるだけ。
だがその一歩がなかなか踏み出せない。
ここはこんな事になってからずっと篭ってきた、自分の、自分だけの居場所。
なんで俺が追い出されなきゃならない。
みっともなく逃げなきゃならない。
ゾンビ一体くらい何とかなるんじゃないのか。
そんな傲慢な考えは、廊下の扉がカチャリ、と開く音により一気に消し飛んだ。
「…ッ!!!!」
一気に扉を開け、そして閉め…ようとした、が。
ガッ ジュウ…
溶けた鉄のように真っ赤なゾンビの手が扉に挟まり、扉を溶かそうとしていた。
その異様な光景に、恐怖で足がその場に縫い付けられそうになる。
「…ぐ、う…」
唸り声をあげ自分を鼓舞し、ようやく足が動く。
そして、一目散にその場から逃げ出した。
気休めにしかならなかったバリケードを超え、その先の塀をよじ登る。
暫く塀の上を駆けつつ、幽体による斥候もかかさない。
「はっ、はっ…」
ここまでは暇な時にこの男が練っていた『緊急脱出プラン』に概ね沿っている。
だが計算外だったのは___
「うっ、はぁっ…はぁっ…」
自分の体力の不足、だろうか。
そしてここでもう一つイレギュラーが発生した。
「…おぶぇ!!?」
男の身体が唐突に、何かにぶつかったかのように仰け反ると、塀の上から落下した。
容赦なく背中から地面に叩きつけられ、妙な呻き声が漏れる。
「痛ぇ…、クソ、何だよこれ…」
それは…透明な壁であった。
幽体が平然と向こう側に行っているあたり、何か物理的な障壁があるのだろう。
「やべぇ…ゾンビが…」
今すぐ追い付かれる、という訳では無いが、既に道の向こうからこちらを追ってくるゾンビが数体見えていた。
「…この壁は……」
どこまで続いているのだろうか。
分からない。
このままでは。
死ぬ。
「死にたくない…死ぬのは嫌だ…誰か…」
もう既に限界を向かえブルブルと震える脚で壁に歩み寄り、必死に穴を探す。
みっともない姿だ。
そのみっともない姿を幽体越しに見ている、というのもその男の絶望感を煽っていた。
「クソ、幽体はそっちにいけるのに…俺は…」
そこで男は、はたと気付いた。
幽体を実体化させ続けようとした時の、あの引っ張られるような感覚。
そして、その時自分の立てた仮説を。
慌てて後ろを確認する。
近い。
やるなら今すぐやるしかない。
決断した男は、幽体の実体の密度を一気に上げていき___
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ぼんやりと、何かを眺めていた。
ソレはまだ視覚をよく知らない。
ただ反射してくる光を前に、焦点を合わす事すら出来ず、目の前でめちゃくちゃに踊る光達をただ眺めていた。
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「…あ」
何だ、今のは。
…俺は…俺のはずだ。
壁の外でぼうっと立っている俺の幽体、そして見えない壁にへばりつき何とか破壊しようとしているゾンビ達を眺めながら、俺は再確認した。
俺は…芥 執斗…
ゾンビから逃げ、幽体と位置を入れ替わり、壁の中に来た。
…あぁ、分かっている。
あの自分に何も入っていない瞬間の事は。
だがあえて俺はそれを無視する。
おそらく、実感してしまえば精神が壊れてしまうから。
…執斗がその後、この結界の主と出会う、というのは言うまでも無い事であろう。




