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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第49集(2014年7月)/「蛍」&「櫛」
8/49

08 かいじん 著  蛍 『蛍の道』

   蛍の道 

.

「祭りはいつ始まるんだろうな?」

 ヘミングウェイが言った。

「……?」

 少しずつ黒くなって来る山の輪郭を眺めながらちょうど祭りの事をぼんやりと考えていた僕は少し驚いて彼の方を見た。

 静まり返った僕らの周囲は湿気の多い暑気の中で段々と闇に包まれて行く。

「空に段々雲が多くなって来て、風が吹き始めている……小隊長が言っていた様に、今夜は祭りになりそうな気がする。……飛び散る血と肉片、飛び交う銃弾に炸裂する砲弾、海を渡って陸地を進みはるかこの村までやって来た俺達をもてなす、恐怖と興奮のイベントだ」

 ヘミングウェイ……ヨシダはそんな事を言いながら、暗がりの中で銃口を空に向け、開いた棹桿こうかんから薬室を覗き込む様な仕草をしている。

 ヨシダと僕は去年の春に陸軍に入隊した同期で、へミングウェイと言うのは、新兵教育の時に教官の軍曹長からヨシダに付けられたあだ名だ。

 本ばかり読んでいて、時々営内で小説を書いたりしている風変わりな奴で、小説なんて3ページ以上読んだ事がなさそうな教官には他の作家の名前が、思い浮かばなかったのだろう。

 確かに陸軍兵士に(ダザイ)と言うニックネームはどうもしっくり来ない。

 ヨシダは身を屈めて僕らが日中掘った2人用塹壕の足元に落ちた弾丸を拾い、それを弾倉に詰めた後、弾倉を小銃に嵌め込み棹桿を閉めた。

 棹桿がスライドして閉まり、薬室に弾丸が装填される、ガシャンと言う乾いた金属音がした。

 僕はその様子を横目で何気なく眺めていたが再び視線を目の前に移した。

 すっかりシルエットになったなだらかな山並みでまだアブラゼミが鳴いているのが、少しだけ聞こえたが、ヒグラシはこの半島の国にはいないのか鳴声が聞こえない。

 右手の少し先の方にある小さな川の方からは蛙の声がひっきりなしに聞こえた。

 夕闇に包まれて行く目の前の光景は山間部にある僕の田舎の風景によく似ていた。

 今日はここから海を隔てて遠く離れた僕の田舎の神社で夏祭りがある日だ。

.

 去年の夏祭りは由佳と二人で出かけた。

 去年の春に高校を卒業して二年の任期で陸軍に入隊した僕は、三ヶ月余りの新兵教育を受けた後、首都にある師団の歩兵部隊に配属され、そこで十日間の少し早い夏季休暇を貰い僕は新幹線とローカル線を乗り継ぎ数時間かけて、数ヶ月ぶりに実家に帰った。

 僕はそれまで、実家を長く離れた事が無かったので、日が落ちて暗くなり始めた頃、1両だけのワンマンディーゼルカーから周囲を山に囲まれた小高い所にポツンと、小さな古い木造駅舎とホームだけがある駅に降り立った時には、感慨深いものがあった。

 僕は誰もいない駅を出て、坂道を下って行き、田んぼの中に延びている細い道を、歩いて母と母方の祖父母が待つ実家に向かった。

 僕が実家の土間の玄関まで戻って来ると、母と祖父は目を細めて僕を出迎え、祖母などは泣き出さんばかりだった。

 それから何日かたった夏祭りの日、日が落ちて暗くなり始めヒグラシの声だけが、周囲の山々に響き渡る中、僕は幼馴染の由佳と神社の方に向かって歩いた。

 いつもは真っ暗な山の麓の神社の境内の辺りに夜店の明かりが灯っているのが見える。

 ひとしきり、屋台を回って歩いた後、神社を出て真っ暗になった山沿いの夜道を二人きりで歩いて帰った。

 左手に広がる田んぼで蛙の声がする中、空を見上げると雲に覆われていて濃い闇が、広がっていたが、風が無くて蒸し暑かった。

 道の脇に用水路があり、その辺りの草に留っていたり目の前の暗がりを漂う様に、飛んでいるヘイケボタルがあちこちで淡い光をゆっくりと点滅させていたりした。

 僕はそんな中を由佳と肩を並べて歩きながらとても心穏やかな満ち足りた気持ちに、なれた。

 彼女が僕の隣にいるだけで、不安だとか無力感だとか孤独感だとか言ったもの全てが、心の中から取り払う事が出来た。

.

 二年の任期を終えれば、僕は母や祖父母、そして由佳のいるこの場所に戻って来る事が出来る。

 真っ暗な夜道を歩きながら、そう思うと僕は幸福な気持ちに包まれた。

 ……

 今年に入ってこの大陸の半島の南北の国の間で小規模な軍事衝突が二度起こり、周辺諸国を含めて状況は混沌としていたが、一ヶ月前、この半島の北側にある国が、発射した一二発のミサイルで情勢は一気に変わって行った。

 一ヶ月前、この半島の北側の国は山岳部など複数の発射地点から、半島の南側の国の首都に向け短距離弾道弾八発、半島に近い島国に向け、中距離弾道弾四発を発射した。

 島国に向けて発射された中距離弾道弾は海軍艦艇から発射された迎撃ミサイルに、より四発全てが大気圏外で迎撃されたが、半島の南側の国の首都に向けられた、短距離弾道弾は5発を最新鋭の地対空ミサイル迎撃システムにより首都近郊で、迎撃したものの三発が首都に到達、一発は首都に流れる大きな河川に着弾したが、2発は警報が鳴り響く首都中心部に着弾、死者二六九・負傷者六〇〇名以上を出した。

 島国と半島の南の国は騒然となり、この二国と同盟している大国は強行な姿勢で、半島の北の国に迫り、半島と陸続きの大国は何とか事態を収拾しようとした。

 翌日、半島の北の国で、かなりの規模の内部粛清が進行しているとの情報が、報道を通じて世界に流され、様々な今後の観測が憶測された。

 その翌日、再び短距離弾道弾徳発中距離ミサイル四発が発射された。

 二発が半島の南の国の首都に着弾、多数の死傷者が出た。

 島国に向けられた四発は全て迎撃されたが内、一発は地対空迎撃ミサイルによるものでその迎撃地点が原発施設の沖合いわずか三二キロの距離だった事が国民に衝撃を与えた。

 この日、二国の同盟国である大国の強硬姿勢は決定的なものとなり半島の北の国に対し五日後O時のタイムリミットを通告した。

 翌日、半島の南の国は翌日より戒厳令を敷く事を発表、島国の政府は陸海空軍の半島派遣を決定、攻撃開始の場合、作戦に加わる事を表明した。

 「わが国人民の自由と平和を脅かす愚劣な行為を行うものを我等が人民軍は、決して許さず断固として、無慈悲に制裁を加えるであろう」

 半島の北の国では、連日こう言った論調の報道が国民向けに続いていた。

 最初のミサイル攻撃から六日目の午後二時、タイムリミットまで残り十時間を切った時、半島の北側の国は三回目のミサイル発射、計一五発発射、三発が半島の南側国の首都に着弾した。

 これと前後して南北国境の数箇所で北側国の砲撃が開始され、南側国と既に展開されていた大国の陸上部隊がこれに応戦した。

 北側国のミサイル攻撃直後、半島の沖合いに展開していた大国の海軍艦艇から次々に巡航ミサイルが発射された。

 日が落ちると大国の空母から艦載機が発艦し始め、半島の南側国の航空基地からも攻撃機が飛び立ち、島国からも爆装した国産ステルス機部隊が飛び立っていった。

 この半島では長年に渡って平和に向けての努力が続けられ、島国は長年平和な時代を過ごして来たが、それが崩れ去るのはあっと言う間の事だった。

.

 攻撃開始から空爆、ミサイル攻撃、榴弾砲等の攻撃が続けられ、国境付近の半島の北の国の部隊は壊滅、或いは後退し陸上部隊は進撃を開始した。

 それから三週間程の間に僕が目撃、体験した事は生涯、僕の記憶から消える事は

無いだろう。

 僕自身、中隊が残存兵による潜伏待ち伏せ攻撃を受けた時、未舗装の道路脇に伏せて

一00メートル足らずの先にある畑の影から撃って来る兵士達に向かって照準し

スリーショットバースト(三連射)で撃ちまくり、少なくとも一人を斃した。

 弾倉が空になり、弾倉入れから次の弾倉を取り出している時、すぐ隣にいた、シバタ上等兵が胸を撃たれた。

 僕は大声を張り上げて上等兵が撃たれた事を告げた。

 伏せたまますぐ横に近寄って行くと、僕のヘルメットに手をかけ何か言おうとしていたが、呼吸が苦しそうで言葉が出せなくて口が動いているだけだった。

 戦闘服はみるみる真っ赤に染まって行く。

 やがて他の二人に両脇を抱えられ、低い姿勢で引きずられる様にして車両の陰に移動

させられて行った。

 戦闘が終わった時には、シバタ上等兵は既に息絶えていた。

「戦争がおっ始めるんなら、任期延長なんてするんじゃ無かったよ」

 半島派遣が決まった時、シバタ上等兵は言っていた。

 今年の春に2年間任期を継続延長したシバタ上等兵は、祖国から離れた場所で、戦死し、他の中隊での戦死者三名、負傷者一一名と共に後方へ送られていった。

 振り返ると、僕らが向かっていた道の前方二00メートル程の道脇の畑の中で、襲撃の始めに撃墜された偵察、攻撃用無人ヘリAAH-01(疾風はやて)が、炎上して黒煙が空に立ち昇っているのが見えた。

 操縦者は国境を越えずに半島の南側の国内にいる。

 彼が今、どうしているのかはわからない。

 その後、小休止になった時、ヘルメットを脱いだ時にヘルメットの迷彩覆いの、ちょうど、僕がマジックで(HELL TO HEAVEN)と書いた辺りにシバタ上等兵の血まみれの指の後が残っているのに気付いた。

 ……

 周囲はすっかり暗くなり、蛙と虫の声に包まれていた。

 僕は再び今遠く離れた僕の田舎でやっている夏祭りと蛍が飛び交っている道の事を想像してみる。

 あれから、一年後、僕は陸軍兵士とは言え自分が戦場にいるなんて事はあの時は全く想像していなかった。

 僕が由佳と直接会ったのは2ヶ月前、5月の連休の終わりに田舎の駅で、発車するワンマンディーゼルカーから手を振って別れたのが最後だ。

 あの時、今年の夏の休暇は町に花火大会を見に行く話をしていた。

 しかし仮にこの戦争がもうすぐ終わるとしても、すぐには祖国には帰れそうに無い。

 それより何より、とにかく生きて田舎に帰りたかった。

「早く交代の時間にならないかなあ」

 隣にいる、ヨシダが暗闇の中で声を潜めて言った。

 もうすぐ、見張りの交代になればとにかく短い間眠りにつく事が出来る。

 眠っている束の間の時間だけ、この悪夢の様な時間から解放される事が出来る。

 僕は二人用塹壕の中でぼんやりと視線を真っ暗な前方に向けながら、毎年、僕の田舎から少し離れた町で毎年8月に開かれる花火大会の事を考え、そこで打ち上げられる花火の事を思い出していた。

 ふと花火が打ち上げられる音が聞こえた様な気がした。

 少しして僕らの真上辺りから突然、眩しい光が降り注いだ。

 見上げると2発の照明弾が僕らの上空に打ち上げられていた。

     END

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