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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第49集(2014年7月)/「蛍」&「櫛」
6/49

06 らてぃあ 著  蛍

 美耶子は清二の白いシャツの背中を見つめながら歩いていた。森の木々が夜の闇に沈み、点々と取り付けられた照明が二人の歩く道を照らしている。夏虫やカエルの微かな鳴き声があちこちで聞こえていた。

美耶子は自分の足音を聞きながら唇を噛んだ。

あたしってなんてみっともないんだろう。

 着ている浴衣は新品だ。浴衣売り場でねだってねだって終いに泣き真似までして買ってもらったお気に入り。 今朝まで飽かずに眺めていたが、いざ着ようとして持っていた古い帯の色が合わないことに気がついた。

 薄い青にこんな黒っぽい地味な帯ってあるかしら。

 自分の迂闊さが呪わしい。髪だって後ろでお団子にしただけだ。


 なかなか蛍出ないね。清二が呟いた。

「え、ええ。あたしが兄さんに見物に連れて行ってもらった時はこのあたりにたくさんいたわ。保護しても一度変わってしまうと昔にはもどらないのね」

清二は振り返り美耶子と並ぶ。

「やっぱり皆と一緒に来たほうが良かったのじゃないかな」

「いいえ。あたし、あなたとちゃんとお話がしたかったの。瑞江さんたら、あたしを子供扱いするくせに小さな子供たちの面倒を押し付けるでしょう」

 二人きりで蛍を見たかった。という言葉は飲み込んだ。

 「蛍だ」清二が指差した。目の先の小川の草むらに小さな青白い光が横切った。

 美耶子は思わず胸を押さえた。一瞬、このまま心臓麻痺を起こして死んでしまうような気がした。

 ぽつり、ぽつりと暗闇に小さな虫の光が灯る。

「君は蛍が死んだ人の魂だって思ったことはある?」

 しばし無言で眺め、清二が言った。

「いいえ、ちっとも。あなたの魂は鳥か何かになって遠く空を飛んで行ってしまったと思っていたわ」

「遠くに行ったような気もするけど、いつの間にか君の側に居たよ。特攻に志願したことより君との約束を破ったことが気掛かりだった。きっとそのせいで離れられなかったんだ」

「先生に出撃を知らされた後、一人で随分泣いたのよ」

「ごめん。君はずっと覚えていてくれたんだね。その浴衣、僕の好きな空の色だ」

「忘れるもんですか」

 美耶子はにっこり微笑んだ。


「ひいおばぁーちゃーん。みーつけたー。」

 ピンク色の浴衣の少女が美耶子の脚に抱きついた。続いて夫婦が追い付く。

「お義母さん。一人で先に行かないでください。田んぼに落ちたら大変ですよ」

 妻が胸をなで下ろす。

 夫が妻に囁いた。

「それにしても、瑞江、母さんにあの水色の浴衣は派手じゃないかな」

「仕方ないわ。どうしても欲しいって売り場で泣き出すんだもの。歳をとると子供に戻るって本当ね。それより、最近一人言が多いことが気になるわ」

「どんな? 医者に相談したほうがいいかな」

「それが、セイジって人に話し掛けているのよ」

「誰だ? そりゃ。俺の親父は寛一だぞ」

「私にわかるわけないでしょ」

 夫婦の困惑をよそに美耶子は蛍を見つめて微笑んでいた。

               了

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