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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第53集(2014年11月)/「霜」&「ホットドリンク」
43/49

07 らてぃあ 著  霜 『雪の末裔』

「冷たっ!」

 男はテーブルに触れた左手を反射的に引っ込めた。

「あら、水がこぼれてた?」

「いや、大丈夫」

 水にしては冷た過ぎる。男は微かに濡れた手のひらと、次に女の後ろ姿を見つめた。声を掛けただけで男に興味を失いファミレスの出口に向かう。その表情を見ることは出来なかった。

 女が手を置いていた場所じゃないか?

 男は女の冷たい身体を思い出しだ。

〈田舎の両親に会って欲しいの〉

〈結婚式を挙げるのよ〉

 女は田舎の資産家の娘らしい。思わぬ獲物だ。熱い告白に据え膳、と抱き締めた女の身体の冷たさに鳥肌が立った。

〈結婚するまでは駄目よ〉

 いつもなら手練手管で口説き落としているところだが今度ばかりは女の拒絶をすんなり受け入れた。親への挨拶だけでも相手のガードはかなり緩む。金を引き出してとんずらすればいい。

 顔は一級だが得体が知れない女。というのがこれまでの印象だ。

 助手席に乗ると男の胃がぎゅうとしぼむのが感じられた。珈琲とサラダはもう消化されつつある。実家にはご馳走が用意してあるからと女に食事を制限され続けている。

「なあ、やっぱり何かちゃんと食べたほうが良かったんじゃないか?」

「駄目、みんなが待っているわ。予定より随分遅れているのよ」

 女は有無を言わさぬ調子でハンドルを握り車を発進させる。美しい瞳はライトが照らすだけの暗い道だけを見つめていた。

「狐や狸がいそうだな」

「この辺りの狐や狸は人を化かしたりしないわ。たまに狐火が飛ぶくらい」

 さびれた町を抜けると、更に人の気配がなくなった。真っ暗な山や田んぼ道が続くのにうんざりした男の呟きに女が言葉を返す。

「へえ、この辺りじゃ妖怪が現役か?」

「現役という訳じゃないけど、私の生まれた村はみんな雪女の子孫だと言われてる」

「そう言えば、猟師か木こりの男と夫婦になって、正体をばらして男と我が子を残して出て行くって昔話だったな。何だよ。じゃあ、お前の病的な冷え症は雪女の血のせいだっていうのか」

「私だって好きで冷たいままでいるんじゃないわ」

 女の応えに激しい怒りが籠もっているのを感じ男は押し黙った。

「私だって、温かい気持ちでいたい。情熱的な恋をしたい。あなたがいけないのよ。あなたの全てが私を冷えさせるの」

〈雪女が残した子供は人間の子供だったと思う?〉

 脳裏に微かな声が蘇る。この女じゃない。かつての「カモ」だ。どんな女だった?男はほとんど無意識に運転席の女の横顔を見つめた。記憶の底で何かが警戒音を鳴らす。

「着いたわよ」

 ブレーキが踏まれると羽織り袴の男たちが車を取り囲む。大きな屋敷の入口に煌々と明かりが灯っている。

「やあ、芙由美ちゃん。ご苦労さん」

 一人が女を覚えのない名前で呼んだ。

「花嫁さんがお待ちかねだ」

 どういうことだ。声は車のドアを開けた村人たちの手によって塞がれ、男の意識は闇に落ちた。


 寒さで目を覚ますと目の前に黒い晴れ着の白髪のしおれた老夫婦が正座していた。下手くそな高砂を誰かが歌い終わる。

「お目覚めね」

 老夫婦の後ろから芙由美と呼ばれた女が立ち上がった。振袖を着て髪も結い上げている。

「姉を失ってから両親の体調が悪いので私がお話しします。たか…、いいえ。お義兄さん。あなたは忘れているようですが3年前、あなたがもて遊び、お金を貢がせた由奇恵は私の姉です」

 男は身体を動かそうとしたが首から下の感覚が無かった。

「復讐?いいえ。姉はそんなことは望みませんでした」

 芙由美が冷たく美しい微笑を浮かべた。

「姉の願いは最後まであなたと結ばれ、みんなに祝福されることでした」

 男は視線を精一杯動かし自分が羽織を着せられていることを理解する。そして左、霜で覆われた凍ったモノが花嫁衣装に身を包んでいた。

               了

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