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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第53集(2014年11月)/「霜」&「ホットドリンク」
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04 奄美剣星 著  霜 『黒鳥館に霜が降りた満月の夜』

   黒鳥館に霜が降りた満月の夜

.

 ――可哀想なジャンヌ。霜が降りた満月の夜に、旧館の窓からのぞきさえしなければ、あんなことにはならなかったのに。

 僕の義妹。そして未来の妻になるはずだった少女。華奢な手を僕にさしだして手をつなぎ、長いスカート姿で屋敷中を駆け回った。長い赤毛が気に入らないといって、ときどき、窓の陽射しで焼いて金髪にしていた。

 あのころ、旧館の奥で、ときどき、かすかだったが、おぞましい声がきこえてきたのだ。

 考えてもみて欲しい、十歳そこらの子供ときたら好奇心旺盛に決まっている。当時そのあたりの年頃だった僕らは、怖さ半分、好奇心半分で、ときおりきこえる声がするほうに、いざなわれて、そこにむかったというわけだ。

 所領の要となる城館は領民たちから黒鳥館って呼ばれている。

 実際、霜が降りるころになると、黒鳥たちが、東の彼方らから飛んでくるのだ。

 三方を堀と運河で覆われ、東側にある通りに面したところは、高い塀で仕切られている。門をくぐると、屋敷の全容をようやく目にすることができた。

 屋敷で最も古いのは、シャルル大帝時代の尖塔で、カペー王朝初期の棺桶のような四角い要塞を継ぎ足したのが旧館だ。それから、ルイ十二世時代の瀟洒な、大きなガラス窓のイタリア風建築である新館を横に配し、渡り廊下でつないでいる。

 昼なお暗い陰鬱な石積みの旧館。

 魔女狩りが行われていた時代、奥まった部屋は、裁判が行われるまで、容疑者を拷問したり、収監したりする牢獄だったということを最近知った。……もっとも、それら拷問危惧は、ここ何十年間も使われてはいないのだが。

 館のすべてが僕と一つ年下の女の子・ジャンヌの遊び場だった。

 鉄格子のある牢獄を左右にした狭い通路を、僕らは駆け抜けたものだ。

 しかし旧館で遊んでいると、三代前の当主から仕えているという、背が高く鷲鼻で頭の禿げた老執事が、ぬっと現れ、

「アンリ様、ジャンヌ様、これ以上先にはゆくものではありませんよ」

 と、陰鬱な顔をさらに不機嫌そうにして通せんぼした。

 ――なんで行っては駄目なの?

 などと質問する雰囲気ではない。

 禿げ頭の老執事は、眉間や鼻に皺が寄った形相で、まるで悪鬼・オークルのように思え、威圧的だった。

 退散だ。僕らはすごすご中庭に遊び場を移した。

.

 やがて。

 霜が降る季節になり、城館を巡る濠に黒鳥の群れがやってきた。

 旧館・牢獄通路にあるはるかむこうの突き当りには、明かりとり用の小窓があって、わずかに陽が射しこんでくるのだが、そこからも黒鳥のけたたましい鳴き声がしてくるのだ。

「黒鳥の声がする窓のあたりからなにがみえるというのだろう」

 僕はずっと不思議に思っていた。

 伯父夫妻は、フランス東部・アルザス地方に城館を構える男爵で、娘のジャンヌがいるのだけれども跡取り息子がいない。そこで両親にかけあって、僕・アンリを養子にした。

 ほどなく義父は病を患って寝たきりになった。

 一日一度、義母やジャンヌたちと寝室に見舞うのだが、天井ばかりみていて、僕が誰かということにさえ感心がない様子だった。

 義母の男爵夫人は椅子に腰かけて編み物をしていた。正直、何歳になるのかよく判らない。笑ったりおすましすると十代のようにもみえるのだが、苦悩を浮かべたときは皺が寄っていて老婆のようにもみえた。

 僕とジャンヌが、旧館の「禁断の窓」に行こうとすると決まって執事が邪魔をする、という話をすると、決まって、皺をよせ戸惑いながら、「執事がいうように、あそこには悪魔がいるから近づかないで」と、伏し目がちに諭したものだ。

.

 満月の夜だった。

 使用人たちが寝静まると、隣部屋のジャンヌがノックして、僕に呼びかけたので目を覚ました。

「ねえ、アンリ。今日こそ確かめましょうよ」

「まさか? 禿げ執事が駄目っていっているだろう」

「タブーは破るためにあるものよ」

 ジャンヌが片目をつぶった。

 そうして手持ちの燭台をもった僕たち二人が、寝静まった館を徘徊することになったわけだ。

 僕たち家族が暮らしている新館は赤絨毯が敷かれた廊下の壁には絵が飾られていた。

 僕とジャンヌは、橋脚がアーチになっている渡り廊下を抜けて、棺桶の形をした旧館に渡った。

 昔、旧館は裁判所と牢獄も兼ねていたのだ。

 裁判用のホールには、判事・陪審員・被告席、それに傍聴者用の長椅子が置かれている。そこから奥に入った拷問用のベッドの横にある壁には、焼印やら、鞭、手鎖なんかがそのまま置かれて埃を被っている。

 そこでだ。

 かすかに黒鳥に似た声がした。

 ――こんな夜中に黒鳥が鳴くなんてあり得ない。

「ジャンヌ、やっぱりやめようよ」

「アンリ。貴男は男爵家の次期当主で私の夫になる。結婚してから、弱虫男爵、弱虫亭主って私にいわれたい?」

 それをいわれてはもう後には引けない。痩せ我慢で、赤毛を焼いて金髪にした未来の妻となる女性の手を握り、勇んで前をゆく。

 通路・左右にある鉄格子の牢部屋。トイレはなく、使用されていたころは石畳みの割れ目に排便していたときいている。音はしない。しかし静寂の中に、牢獄で生命を落とした囚人たちの魂が怨嗟の声を挙げているように感じた。

 いつもなら、ふいっ、とどこからともなく現れる禿げ執事が、その晩はでてこない。

 僕とジャンヌは、邪魔される者なく、問題の窓の手前に立った。

 外は満月。

 白い霜が降りていた。

 窓から見下ろした裏庭で、なにか、黒い影がうごめいている。

 きくにたえない、身の毛もよだつおぞましい声。甲高く、繰り返されている。

 狂気と淫猥さを含んでいた。

 クライマックスとでもいうべきところで、野獣そのままといった感じの咆哮があがった。

 金髪にした少女と奴らとの目があった。

 気丈なジャンヌがついに悲鳴をあげた。

.

 いやああああああ……。

.

 休憩時間の高校・科学室だ。

 顕微鏡、フラスコ、試験管、アルコールランプが、大テーブルに置かれている。

 黒板前の教壇で、四人の生徒が妄想劇を演じていた。

 吊目でエルフ系な顔立ちをした化学教師・麻胡先生。三つ編みに丸眼鏡をかけた学年トップのチエコを最前列に、二人を取り囲んで他の女子生徒たちが観劇していた。

 アンリ役の少年が長髪を後ろに束ねたノッポの愛矢、気の強い金髪少女が流し髪の恋太郎、そして、執事と男爵の二役が黒縁眼鏡の委員長、男爵夫人役が副委員長の加奈が演じていた。

 頬杖をついた麻胡先生と、メガねをずりあげたチエコの二人はコメンテーターだ。

 エルフな化学教師が横にいる学年トップにいった。

「今回のオチってなんか下品」

「まあまあ、先生、ホラーには多少のエロチシズムはつきものって話ですから」

「どこがホラーなの?」

「えへへ……」

 三つ編み・眼鏡のチェコは、同級生を追いつめないように配慮しつつ、教育者的立場である先生のツッコミを笑ってうまくかわす、賢い女子生徒であった。

 ここだけの話。

 物語のオチというのが、病身の男爵が寝込んでいるのをいいことに、夫人が執事とデキちゃって、家人たちの目を盗んでは、旧館下の裏庭で激しく逢瀬をしていた。そこを未来の夫婦になる少年と少女が目撃。みたなあ。となったわけだ。そしてさらに、二人が大人たちの「行為」を参考に実験してみたところ、結婚前に孕んでしまい、結婚後は子だくさんになったっていうもの。

 はい。

 これ以上多くは申しますまい。

 片や。

 ……あ、劇団員の一人、ショートカットの副委員長が教室の隅で拳を震わせている。

「ま、また、なれなかったわ。つ、次こそ恋太郎君から、ヒロインの座を、奪ってやる!」

   FIN

【出演】

アンリ……川上愛矢かわかみ よしや

ジャンヌ……田村恋太郎たむら れんたろう

男爵・執事……黒縁眼鏡の委員長

男爵夫人……副委員長・西田加奈にしだ かな


【コメンテーター】

塩野麻胡しおの まあこ……シオサイ高校化学担当教諭

芳野彩よしの あや……通称「チエコ」、シオサイ高校生徒・学年トップ

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