01 奄美剣星 著 ススキ&裂ける 『口裂け女』
では、これより10月作品を掲載します。
「ねえ、みてみて!」
小学生のときだ。
教室に駆け込んできた子が、着席するなり新聞を開きました。
――口裂け女、九州に出没、おびえる児童たち。
スポーツ紙の三面記事でしかも下の方にちょこんと載っかっている程度の記事でしたが、クラスのみんなで人だかりになっています。女優メイクアップによるイメージ写真なるものも小さく横に添付してあります。
第一に記事を読んだ委員長が概略をいいました。
「奇形で口が裂けて生まれたらしく、マスクで口を覆っていて隠し、コンプレックスから夜道を歩く人を襲うらしい。そのとき、『私って綺麗』ってきくんだそうだ。ブスといったら殺され、綺麗といったら救かるんだそうだ」
「スフィンクスとの問答みたいだなあ」
「なんだ、それ?」
「ギリシャ神話にある、朝は四脚、昼は二脚、夜は三脚、この生き物はなんだっていうやつ。……通りかかる旅人はこのクイズに答えられないと頭が美女で身体がライオンの怪物・スフィンクスに食べられてしまう。正解者がエディプス。実はマザコンだったからエディプス・コンプレックスの語源になった。逆に彼の娘はファザコンで、名前がエレクトラだからエレクトラ・コンプレックスの語源になったんだ」
たちまち「口裂け女」の記事は話題となり学校中を席巻しました。
最初はリアルな感じだったのだが、全国的に知名度があがって定着すると、いつの間にだか妖怪化してつまらなくなりました。
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大人になった僕はとある地方都市で勤務していました。
仕事が遅くはなりはしましたが、歩いてゆけるところに宿舎があるので、コンビニに寄ってから、一人部屋に戻ります。
町とはいっても名ばかりで、商店街はシャッターが下りているばかりか、取り壊された店舗の跡地にはススキが生えているほど。そして、コンビニ以外はなんと夜七時で店じまいしてしまうのです。
お年寄りばかりが住むヘビー級の過疎地。
夜十一時。
歩いているのは僕だけ、車も滅多に通りません。
するとだ、木造店舗の庇の下で、うずくまっている人影をみつけました。長い髪、トレンチコートに長めのスカート、ブーツ。
あれっ、動かない。
「どうなさいました、お嬢さん?」
突然、ガバッ、とこちらを振りむいた娘さんは、マスクをとって、
「みいたなあ」
とおっしゃいました。
「はい、みて差し上げましょう」
「私って、綺麗?」
目だけみればつぶらな瞳といえましょう。
「はい、綺麗だと思いますが、ちょっとした手術をすると一層綺麗になること請け合いです。……診療所にだって手術室くらいあります。なあに、この程度の傷ならなんとかなります。あ、保険証をお持ちですね。犬にかまれたということにしておきましょう。三割負担になりますけど大した額にはなりません」
そういうわけで、僕はお嬢さんの腕をとって勤務先に引き戻したというわけです。
まあ、十六針縫いましたか、しかし深い傷じゃありません。その後、マッサージをやって頬の筋肉を活性化させたら傷は綺麗に塞がり完治。術後の経過は順調、ただちょっとだけ困った問題が生じました。
「若先生は背が高くて男前だからモテモテじゃのお。全盛期・石原さとみみたいな別嬪さんに追っかけられちゃったりして、男冥利に尽きるってもんじゃわい」
ひぃっひぃっひぃっ。
あのお常連患者の皆様。ここだけの話、僕的には、あなたたちのほうが妖怪に感じるんですけどねえ。
女優顔負けの綺麗な娘さんが僕の二の腕に自分の腕を滑り込ませ、幸せそうに笑みを浮かべて、肩に頬ずりをしだしたのです。
もちろん、それから、例の怪談は噂話から消えてなくってしまいました。
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【出演】
僕(若い医師):川上愛矢
美女:田村恋太郎
委員長:黒縁眼鏡の委員長
新聞をもってきた子、診療所の患者:副委員長・西田加奈(二役)
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とある高校の休み時間だ。
教壇で演じられていた妄想劇団のショータイムを観ていたのは主に女子生徒たちだ。最前列に座っていた、化学教師の麻胡先生と学年トップのチエコがコメンテーターをやっていた。
「怪談にしたかったんじゃないの、このお話?」
「でも先生、ほのぼのしていていいと思いますよ」
三つ編みの女子高生が眼鏡をずりあげた。
患者さん役をやっていたショートカットの副委員長が嘆いていた。
「私、劇団員として新参者だからまだまだ端役だわ。いつになったらヒロインをやらせてもらえるのかしら……」
END




