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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第49集(2014年7月)/「蛍」&「櫛」
3/49

03 有俐沙 著  蛍 『DROP・ 転』

    【転】

.

 向いには既に反対方面の電車が来ていた。慌ててそれに乗ると、瑞希を待っていたかのようなタイミングでドアが閉まる。

 この時間帯の車内は空いているらしく、座席に座っている人すら数えられる程度しかいなかった。彼女はドアに近い座席の端に腰を下ろすと、手のひらを開き、収まっているイヤリングを見つめた。

「……良かった、無くならないで」

 そう、小さく呟くと、そっと手を握る。

「まもなく……に到着します」

 電車は瑞希の家の最寄り駅へと到着した。

 電車を降り、ホームを少し歩き階段を上る。すると、何人かの人が、「また降ってきた」とぼやいているのが聞こえた。地下鉄だから雨の音が聞こえずにいたが、またということは先ほどまで止んでいたのだろう。改札を抜けると、雨の激しい音が彼女にもはっきりと聞こえた。

「う、わぁ……」

 電車に乗る前よりもずいぶんと降っていて、風も強いようだった。

「天気予報こんなこと言ってなかったよ」

 瑞希が持っている傘は折りたたみ式であり、この天候の中を徒歩で帰るにはとても頼りない。しかし、駅の周りに雨宿りできそうなところがなく、いつ止むかわからないこの雨の中、無闇に待っているわけにもいかなかった。

 瑞希は傘を差し、雨の中に飛び出した。横風のせいで、乾きかけていたスキニーの裾はびしょ濡れだった。スニーカーの中も徐々に濡れて、足元が冷たく重くなってくるのがわかった。

「あーもうっ、なんでこう毎日毎日雨なの」

 次第に発せられる言葉には苛立ちが含まれ、声も大きくなってくる。そうして、文句をつらつらと言いながら歩いていた時だった。

「洗濯できないし着る服だってなくなってくるし髪だって広がっ――」

 そこで、瑞希は道に落ちていた雑誌を踏んでしまい、水を含んだ紙の束はずれ、体重がのった方の足が丁度雑誌の上にあったということもあり、バランスを崩し転んでしまった。

「い、ったぁ……」

 更に運も悪く、しりもちをついた場所が水たまりだった。トップスまでも濡れ、全身ずぶ濡れだった。雨粒が鋭く体に突き刺さる。傘は手から離れ、風によって数メートル先に飛ばされていた。咄嗟に両手をついたことで、頭をぶつけずに済んだのが幸いだった。

瑞希はため息をついて、ゆっくりと立ち上がり、遠くに飛ばされた頼りない傘を取りに行った。今更その必要がないと感じられるほど全身びしょ濡れだったが、傘をさし直し、帰路を急ぐ。

 家に着いた途端、靴を脱ぎ捨て玄関にバッグを置き、身につけていたアクセサリーは洗面台に無造作に置いた。着ていた服は全て洗濯機の中に押し込む。そして、目分量で洗剤と柔軟剤を入れスイッチを押す。

 それから、瑞希はシャワーを浴びた。1日の嫌なことを全て洗い流すかのように、ゆっくりと洗い流す。

 手のひらはヒリヒリと傷んで、ボディソープとシャンプーが染みて痛かった。

 髪の毛は雨に濡れて土の匂いがぷんぷんした。髪の毛も丁寧に解きほぐしながら洗った。バスタブにはお湯を張り、お気に入りのバスソルトを入れゆったりと浸かり疲れを癒す。

そうして、いつの間にか瑞希は湯船に浸かりながら寝ていた。

 慌てて起きて、風呂の中にある時計を見ると……既に11時を回っていた。

 短いため息をついて、風呂から出る。いつもの部屋着に着替えると、髪を乾かそうと、洗面台の前に立った。

「あれ――?」

 先ほど無造作に置いたアクセサリー。小ぶりの雫の形をしたネックレス、そしてお揃いのイヤリングが――片方だけ置いてあった。

 急いで玄関に行き、靴を全部退けてみたり、靴の中を調べてみたり、カバンの中をひっくり返して隈なく探した。洗濯機の中も調べた。しかし衣服のポケットにも洗濯機の底にもイヤリングは無かった。

「ちゃんとあのお婆さんから受け取ったのに。ちゃんと、持ってたのに……」

 鍵はきちんと閉まっているし、もし誰かが入ってきたとしても普通金になるものを選ぶだろう。しかし、バックの中には通帳もキャッシュカードも入っていた。

「もしかして、転んだ時に」

 老婆にイヤリングを渡され、左手に握っていたはずだった。バッグにもポケットにもしまわずに、最寄り駅に着いた時まではしっかり手に握っていた記憶はある。

瑞希は帰り道で転んだ時のことを必死に思い出そうとした。

 あの時、転んだが、両手は地面についていた。だからこそ頭はぶつけないで済んだし、傘は飛ばされてしまったのだ。

 ならば、駅を出てから家に帰るまでの間で無くしたに違いない。

 今すぐにでも探しに行きたいが、この時間に探しに行くにも外はとても暗く、雨足もひどくなっているようだった。とても探しに行ける状況ではない。

「はぁ、最悪……」

 彼女は、本日一番深いため息をついたのだった。

 頭の中で、イヤリングが蛍が放つ光みたいに、はかなく輝いては消えた。

     つづく


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