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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第51集(2014年9月)/「薔薇」&「手紙」
29/49

11 らてぃあ 著  薔薇 『美しい薔薇』

「おはよう」

「おはよう」

 予期しない挨拶が返って来た。相手は庭に咲いた薔薇だ。

「あなたが光を入れてくれたおかげで咲くことができました。ありがとう」

「どう致しまして」

 意図したことではなくて引っ越しの時に縁側が枯れ葉と毛虫だらけになっていたから人に頼んで大木の枝を何本か切って貰っただけだ。下に薔薇の木があることにも気が付かなかった。さらに『庭』と言っても僕のものはなく家も含めて入院中の遠縁の伯母のものだ。実の息子と折り合いが悪いらしく、留守番役にたまたま近くの美大に在籍している僕に白羽の矢を立てた。

「もう咲けないかと思っていたわ」

 水をあげると薔薇はゆらゆらと茎を揺らして喜んだ。葉に飛んだ水滴が宝石のように光って綺麗だったので僕はスケッチブックと鉛筆を手に取った。

「あなたは絵描きさんなのね」

「ヘボだけどね」

 三十分ほどでスケッチを終える。僕は目の前の薔薇と絵を見比べて溜め息をついた。

「悲しそうね」

「全然描けてないんだ。同期ですごい奴がいてそいつの絵は活きている感じがするのに、」

「他人じゃなくて、あなたは何が描きたいの?」

「美しいもの。見た瞬間、胸を打つような美しい光景があるんだ。それを描いてみたい」

「あなたはあなたの心に映ったものを描けばいいのよ。あのね。私は薔薇だから目でものを見ることはできないわ。でも花びらや茎、葉っぱ、全身で感じることはできる。光も風も一瞬一瞬違っていて同じものはないわ。あなたが美しいと思ったものを描きたいのなら形じゃなくて心が見たものを描くべきよ」

「そんなものかな」

 花の癖に生意気だ。ひねくれてみたけれど何度か薔薇をスケッチするうちに僕の手は絵を描く活力を取り戻していた。そして大学に復帰した。薔薇の絵は少し注目を集め、あっさり僕に居場所を提供した。


「最近気になることがあるんじゃない?」

 休日の午後薔薇が言った。学校が楽しくなって、色々なものを描くようになっていたが家で一人になるとやっぱり薔薇を描いていた。

「わかるの?」

「ええ、あなたは恋をしている」

 図星。グループ活動でたまたま一緒になった美人にいつの間にか心を奪われていた。

「私を贈ればいいわ」

「君を切って?」

「私はそのための花だもの」

ハサミがチョキンと音を立てると茎を摘まんでいた指の力加減が狂って棘が僕の指を傷付けた。

 指の痛みを気にしながらも告白して薔薇を贈ると彼女からは承諾の返事があった。何もかも上手く行く、薔薇はまた咲く。すっかり僕は有頂天なっていた。それを破ったのは家主と仲の悪いはずの息子の電話だった。彼は伯母が家を取り壊して土地を売ることに同意したので3ヶ月以内に出て行って欲しいと簡潔に言った。

「困ります」

 庭を見ると薔薇の木に新しい蕾が付いていた。

「僕はどうしてもこの家に住みます。伯母さんが同意したのは病気で弱気になったせいだ。治ったらきっと後悔します。弱気につけ込んであんたは酷い人だ」

 後は更に支離滅裂になって僕は電話を切った。しばらくして伯母本人と僕の両親から電話があったが僕は取り合わず家に立て込もった。釘付けしたドアの外で父と母が怒ったり泣いたりして帰って行った後、大学の友人と僕の恋人が僕を説得しに来たがもちろん取り合わなかった。


 僕は毎朝薔薇の木を確認した。ある朝庭に出ると僕の恋人が立っていた。

「大学にも来ない。絵も描かないで、あなた何をしているの?」

 僕は彼女を押しのけて薔薇を見た。花が咲いていた。歓喜、そして落胆。この薔薇はあのときの薔薇じゃない。「一瞬一瞬違っていて同じものはないわ」いつかの薔薇の言葉が頭に響いていた。僕は愚かな自分自身を心底呪ってへたり込んだ。

「ねえ、あなたは一体どうしちゃったの?」

 顔にぽつりと滴が落ちて流れた。気が付くと僕の恋人の瞳から宝石のような水滴がきらきらと光って落ちていた。


 それから伯母と息子、両親、方々に頭を下げ続け、引っ越してやっと元の生活に戻るのは思い出すだけでも目眩がするほど大変だった。でもきっとうまくいくと信じていた。これからも信じている。美しい彼女が僕の側で微笑んでくれていれば。

               了

自作小説倶楽部会員作品集9月期・第51集は、らてぃあさんの作品をもちましてお開きとさせて頂きます。それでは今月25日以降、10月期第51集でまたお会いしましょう。ご高覧に感謝いたします。

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