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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第49集(2014年7月)/「蛍」&「櫛」
2/49

02 むぅ 著  蛍 『アヤカシ』3

   蛍

.

「happy! welcome」

 各テーブルに誇らしげに立つシャンパンタワーが、ミラーボールを反射している。

「いただきま~~す。は~~い、喜んでぇ~♪」

 いつもの狂乱、一時だけのお姫様を作り上げる世界。

 只一つ違っていたのは、なぜか、この店のマネージャーが河童になっていて、オーナーがヤヤになっていたという事だ。

「どうやったんだ?」リューは二階のオーナー室から 店の様子を見ていた。

 ヤヤはリューの隣に立ち、「ほら よくヒーローが子供たちの前で言うでしょ、『願えば夢は叶う』って」

 その口元は微かに笑っていた。

「僕は」とリューは、ヤヤを正面から睨む様にして言葉を続ける

「僕は敗者の言葉しか信じない」

 短い沈黙があった。下の馬鹿騒ぎが 唯一その重苦しい空間を助けてくれていた。

 ヤヤは徐に自分の胸の前で組んでいた両の手を、おどける様に上げ、「じゃぁ、言いなおすわ」

 そう言うとリューの頬を両手で挟み、「全宇宙の王を願ったが、実際はたかだか年収数億の企業のオーナーだ……ふっ、この有様だよ、リューくん」

 少女のそれには似つかわしく無い、ヤヤの深い緑色の瞳の奥に潜む、血のしぶきにも似た赤褐色の点に、そこに居るヤヤとは違う生き物の存在を感じ、リューは動けなくなってしまった。

「あ~~ら 失礼」

 突然ドアが開き、ハイテンションの河童の声。

「これって、ラブシーン?それとも、『ヤヤ、リューを食らうの図』? かしらぁ~~」

「その喋り方はやめろって言ったでしょ」

ヤヤはリューの顔を横へ乱暴に突き放すと つかつかと河童の前に立ち 軽くジャンプをして顔面をしこたま蹴りつける。

 ヤヤに頬を挟まれ中腰になっていたリューは、突放されてバランスを失いよろよろと、そこへ河童が飛んで来るものだから 重なり合う様な形で床に倒れてしまった。

「あはははは……」ヤヤはその姿を指さして 愉快そうに笑っている。

「もぉ~、ヤヤったらぁ、手加減してくれないとお皿が割れちゃうでしょ」

 河童はリューの腹の上で 皿の状態を確かめるように撫る。

「ねぇ リューちゃん お皿なんともなって無い?」

「はい……、だいじょぉぶでじ……それより 早くどいてくだじゃい……ぐるじぃ><;」

「あら……失礼」河童はぴょんとリューの腹の上から飛び起きると、「このお皿はね、魯山人との勝負に勝って貰ったのよ?」

 嬉しそうに、でも、何処か寂し気な河童の表情に、「何の勝負?」と訊く事をためらうリュー。

 それを横目で観るヤヤ。

「お前は……」と、「お前は、相手の心を計りすぎる……いつか、それが……」

「なに?」

「途中まで言って話を切られると気になる」

「何を言おうが、どこで話を切ろうが、私の勝手だ。いちいち煩い」

 ヤヤはプイッと踵を返すと、「持ち場へ戻れ、従業員君」と低い声で言い、少女の背丈には無理があるだろう的な革張りの黒の椅子の前に立つ。

 それが合図と言わんばかりに、机をトンと指先で打つと、河童はクスクスと笑いながら、少女を椅子に座らせる。

 リューはその様子を見て、ムズムズと鼻の奥が痒くなり、ひと呼吸の鼻息が大きくなってしまった。

 ヤヤがギロっと睨むのと同時に 卓上のカップが飛んで来るのが見えた。

 危ういタイミングでドアを閉めた後 何か固いものがドアに当たった音がした。

 そぉっとリューはドアを開ける・・ああ……パソコン!!

 リューはそれが見事にヒットした時の自分をシュミレーションしてみた……。

 大きくため息をつき 両の腕で自分を確認した後身震いしてしまった。夜明け近

くになって、リューは漸くベットの中へ辿りついた。

 今夜は色々な事があった様な気がする……が、刺してそれも重要な事でもない様な……いつも何かがあって、だから……今夜だって、それと同じ事さ……。

 リューはそんな事をボンヤリ思いながら、寝返りを打って、束の間の眠りをむさぼろうと意識を持って行った。

【リュー……】

 闇の中から、小さな声。とても頼りなげな少女の声がした。

【リュー】間をおいて、やはり遠慮がちに、だが、さっきのそれより少し大きな声。

 リューは、上半身を起こし、その声にこたえる。

「ヤヤ?」

『……うん』

 ああ……と 声はここでは無く、向うからのもの。闇はリューのそれでは無く、ヤヤの心が見せているようだった。

『リュー……こっち……来る?』

『……』

『こっち、お出で』声の調子は強くなった

『腹が減ったのか』リューは クスリと笑った。

少し間をおいて ケラケラと無邪気な声がした

『うん、生ハム体に巻いてこい』

『僕は、メロンですか』

『あはは……』愉快だとヤヤが言って、少しの沈黙の後、眼を閉じて、と囁く。

 言われるままリューは目を閉じる。 

 闇が再び訪れた 月灯りだけが頼りの様な 心もとない世界。

 と、一瞬にして、それは、物凄いスピードで、野を駆け、天を貫き、風より早く、木々の芽ぶきより穏やかに、リューの体を世界へ運ぶ。

 蛍が無数に、湖を照らしていた。

 その湖の近くの大木にヤヤの小さな姿を見つける。

 ああ……これが、ヤヤの世界……。

 リューは小さなヤヤを前にして、立ちつくし、泣きじゃくっている自分に不思議な安らぎを覚えていた。

     END

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