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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第50集(2014年8月)/「ひまわり」&「道」
18/49

09 E.Grey 著  ひまわり 『公設秘書・少佐、黒澤商事事件』1

   公設秘書・少佐、黒澤商事事件

.

    01

.

 私・三輪明菜みわ・あきなは、例のごとく休みをとって、婚約者様のいる東京にやってきた。

 残暑がまだまだ厳しい時節、彼・佐伯裕さえき・ゆうの住む3LDKマンションは空調が効いていて、快適だった。一九六四年に開催される東京オリンピックが開催されるすこし前、当時は、エアコンといたら、ホテルとか会社オフィス、それからちょっとした金持ちの家にしか備えられてはいなかったのだ。一般家庭ではまだまだ普及しておらず、もっぱら扇風機が使われていた。

 テレビ、洗濯器、冷蔵庫……というのは、当時三種の神器と呼ばれた電化製品。それも彼の部屋には置いてあった。

佐伯は、深々とソファに座っていた。

 私は、ガラス張りのリビング・テーブルに冷やした西瓜を分厚く切った皿を二つ置く。それから奥のキッチンに行って、声をかけた。

 深々とソファに座った佐伯に、

「ねえ、祐さん、スプーン要る?」

「スプーン? 要らん」

「丸かじり? ふふ、なんかワイルド」

「いや、ナイフとフォークが食器棚の引き出しにあるだろ。それを頼む」

 ナイフとフォーク……。なんて豪奢な私生活。絵に描いたような「独身貴族」だった。

 それをもって、私は佐伯の横の席に座った。

 ふと壁をみると、こないだの銀座デートで私が、佐伯の誕生祝に奮発して買いつけ贈った、ゴッホの絵『ひまわり』複製が飾ってあった。

「裕さん、食卓に飾ったら華やぐでしょう。花言葉知ってる?」

「ひまわりの花言葉か、さあな……」

 お貴族様みたいな生活をしている佐伯だが、俗事には長けている。知らないはずがない。女である私が思いを込めて買ってやったというのに、私にいわせようというのか、それとも、焦らしているのか。いずれにせよ意地悪な奴だ。

 そんなとき、電話が鳴った。当時はスマホも携帯もなく、一律に備え付け電話。否、それすらない家庭だってけっこうあった。ご近所で借りたり、公衆電話からかけたりしたものだ。

「はい、佐伯です。ああ、センセイでしたか。ほお、黒澤建設ですか、社長は学生時代のラグビー部・先輩でしたね。そんな事件が……。警察には? 消防と一緒にはきたけれど窃盗事件としては届けていない。というと、先方は何か警察には知られちゃマズイものを盗られたということになりますね。え、まずは、現地にいってくれ? あ、そうですね。すぐうかがいますよ」

 黒縁眼鏡の彼が受話器を置くと、クローゼットからスーツを取りだして羽織った。

「明菜くん、事件だ」

.

    02

.

 黒澤商事は東京御茶ノ水に当時としては高層である十階建てのビルを構えていた。

 創業者である黒澤社長は海外出張していたため、忙しい彼に代わって応対したのは、秘書の小泉志保こいずみ・しほという女性だった。

 髪の長いほっそりした美人。色白、マスカラ、ちょっとお水系。……男を惑わすタイプ。身長百八十センチのスーツ・ハンサムな佐伯に色目をやっている。い・や・ら・し・い。

 小泉さんが佐伯にいった。

「――そのとき、非常ベルが鳴って、爆発音がありました。……まさか火事? お昼どきだったので、うちの社員たちの大半は、社員食堂にいたか外で食べにいっていて、各オフィス・ルームにいた人はほとんどいなかったと思います」

「それで、非常ベルが鳴って、警備員が、社内に残っていた職員を外に誘導。ほどなく通報によって、消防車が消火にかけつけたのだが、火災ではなく白煙筒によるものと判明した。場所は、会社最上階にある社長室……」

「はい、その通りです」

 壁には、ゴッホの油絵『ひまわり』がかけられていた。佐伯のアパートにあるのは複製だが、こっちは本物。額縁は横にスライドできるようになっていて、裏側に隠し金庫がある。みればその扉が煤けて開いていた。

「ほお、犯人は金庫扉を爆薬で吹っ飛ばし、なにかを奪ったようですね。爆薬は、鍵部から注がれた液状のもの。中身を傷めない程度のごく少量。プロの仕業とみました。――ぶちゃけ、それはなんです?」

「それは……」

「――なるほど、それは大っぴらにはできませんね。あ、そうそう、事件発生時の前後に、社長室に出入りしていた人物をいってください」

「はい、渉外課の江口仁志えぐち・ひとしさんに、総務課の酒巻健司さん。空港にゆこうとしていた黒沢社長、それと私の四人です」

 国許を地盤として国会議員をやっているセンセイを旧軍でいう司令官・大将とするならば、公設秘書は参謀だ。その参謀はふつう少佐級の将校が勤めている。島村センセイの右腕公設秘書・佐伯は、選挙地盤ではそういう意味で、「少佐」と呼んでいた。 

依頼者である黒澤社長は、出発後、着いたアメリカ・ニューヨークのホテルで事件の報告を受け、国際電話をつかって、大学時代のラグビー部・後輩である島村センセイに泣きついてきたというわけだ。

 佐伯は早速、渉外課・江口仁志にコンタクトをとった。

 同僚や上司たちにきいてみると、江口は、周囲のウケが良かった。

「――奴はできるね。休日返上・夜遅くまで働いて会社への貢献度は高い。いまは係長だが、そのうち課長に昇進するだろう。女子職員からは爽やかにみえるから、レモンさんって呼ばれている」

小泉秘書の案内で、渉外課を回ってから、佐伯と私は、二階・応接室に通された。

 お水さんな秘書さんがいった。

「江口はいま外回りしていて、もうじき戻ってくるとのことなので、少しお待ちになってください」

 彼女が冷やした緑茶をグラスに注いで運んできた。

 わっ、イケメン。けっこう裏じゃ女子職員を泣かしているんだろうなあ。廊下ですれ違うOLたちが横目で彼を追っていた。……ワイシャツにネクタイ、腕まくりして現れた人物は、佐伯と同じような背格好をしていた。

「佐伯といいます。友人の警察官に頼まれて協力をすることもありますが、基本、島村センセイのお知り合いの方で、警察沙汰にできないお困りごと・ご相談を承っています。……ぶしつけですが、あなたが事件のとき、どこにいたか教えてください」

「あ、僕、容疑者ってわけですね。まっ、状況的に仕方がない。いいですよ。それじゃ……」

 リビングテーブルを挟んだ向こう側・椅子に座った江口は、ポケットに収めた煙草箱から一本取り出し、思いだしたように、さらに一本取って佐伯に勧めた。火は、クラブのチー・ママがやるみたいに、床にひざまずいた小泉秘書が、ライターで点けてやった。

 ――この人、そこまでやるか!

     つづく

【主要登場人物】

佐伯祐さえき・ゆう……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。

三輪明菜みわ・あきな……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。

●真田幸村警部……七三分けの髪型で四角い顔をした、大柄な男。東京都警視庁のキャリア組。三輪明菜の住む村月ノ輪村に駐在する、長野県警・真田巡査の甥。



8月期会員作品集は、本作をもって打ち止め。次回にまたお会いしましょう。ご高覧ありがとうございます。

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