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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第50集(2014年8月)/「ひまわり」&「道」
14/49

05 ピコ 著  ひまわり 『誕生日には向日葵を』

 大川大吾おおかわだいごは、シャッターを切った。その向こう側には無数の向日葵が咲き乱れている。

 夏の終わりを告げるかのように、あたりにはツクツクボウシの鳴き声が響いている。蒸し暑く、じっとりと背中を一筋の汗が流れ落ちた。大吾はカメラを下ろし、空を見上げた。青色が一面に広がっている。いい天気だ。あの日も、こんな景色だった。大吾は小さくため息を吐いた。

.

 カメラマンが飯を食っていくのはなかなか難しい。妻の美雪みゆきは、そんな大吾に嫌気が差していた。二人は些細な事で言い争となり、喧嘩を繰り返す日々だった。真剣に離婚を考えていた矢先、美雪は身ごもっていることに気が付いた。

 生まれてきたのは女の子で、眼差しが美雪に良く似ていて口元が大吾にそっくりだった。『馨』と名付けたのは大吾だった。今まで生半可な仕事をしていたことを後悔した大吾は、命がけで仕事をし始めた。「子供のパワーはすごいよね」と、美雪は穏やかに過ごせるようになった。

 やがて彼女は三歳になり、ちょっと遠出をして、その誕生日を祝うため家族は向日葵畑に出かけた。一面の向日葵畑を駆ける、馨。それを夫婦で見守る幸せを噛み締めた。

「パパ、写真撮って。」

 馨に急かされ、大吾はシャッターを切る。向こう側で、娘は笑う。

.

 思うように写真が売れず、大吾は酒に溺れていった。美雪は必死にそれを支えようとしたが、二人の仲を修復することはとても難しかった。毎年誕生日には向日葵畑に行く約束をしていたのに、一年、二年、と遠ざかって、約束は果たされなくなった。大吾は美雪に手を上げるようになり、やむなく離婚したのは、馨が十歳になる年だった。

 大吾は手のひらで汗を拭った。努力が実ってそこそこに暮らしていけるようになったのは、離婚してから十年後だった。今ではそれなりに、仕事がある。けれど毎年、この日にはここを訪れる。もう、馨には会うことが出来ないが、彼女の成長を一年一年想像してみる。今はどんな風に暮らしているのだろう。もう一度、この手に抱きしめることができたらどれだけ幸せだろう……。

 遠くから、三歳ぐらいの女の子が走ってきた。母親と一緒でとても楽しそうだ。

「ちょっと、写真撮らせてもらっていいかな。」

 一瞬不思議そうにしていたがすぐに笑顔になり、無邪気にポーズを撮る。そしてすぐに、向こうへ走って行った。

 大吾はカメラの紐を肩から掛け、歩き出した。

「あの……。」

 声に振り向くと、女の子の母親だった。立ち止まって、こちらを見ている。

「なんでしょう。」

 大吾の質問には答えず、何か言い出したそうな彼女の瞳は、とても見覚えがあった。

(ああ、そうか。今日は、誕生日だったな。)

「お父さん、ですよね。」

 大吾は、目頭に溢れるものを堪えながら、優しく微笑むのだった。


     end

【著者から】


 http://ncode.syosetu.com/n2666cg/


 外部サイト「小説家になろう」にて、『向日葵描きのセレナーデ』という物語を連載しています。良かったら読んでみてください。

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