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自作小説倶楽部 第9冊/2014年下半期(第49-54集)  作者: 自作小説倶楽部
第49集(2014年7月)/「蛍」&「櫛」
1/49

01 BENクー 著  蛍 『おかえりなさい…』

「お母さん、蛍ってどうして光るの?」

 僕は、浴衣姿の母の腰にしがみつきながら尋ねた。

「蛍はね、星になった人たちが戻って来た姿なの。だから星のように光っているの」

 母が答える横で、僕は無数に飛び回る蛍を片手で捕まえようとした。すると、母はすぐに僕をたしなめ、両手でそっと蛍を捕まえて見せた。

「蛍はね、手のひらで包むようにして捕まえるの。そしたらこうしてそっと手を開くの」

 暗かった手のひらがぼんやり光り始めると、ふっと緑色の光が宙に舞い上がった。

「あっ、逃げる」

「いいの。あの蛍は自分の家族の所へ飛んで行ったのよ」

 そうか、蛍は死んだ人の生まれ変わりなんだ。だからお盆になるといっぱい飛んで来るんだ・・・幼い日の夏、僕は蛍の存在をそう頭に刻み込んだ。


 それから10年後の昭和20年5月4日、戦局が厳しくなる中、僕もついに南海へと飛び立つ日がやってきた。

 飛行士は10人1組の4班に分けられ、僕の第1班が先陣として戦地に向かう事となった。命令を受けた時、僕も仲間も淡々と『ついに来たか』と思うばかりだった。

 出発の前日、僕たちは上官から家族宛に手紙を書くよう指示された。この日が来る事は入隊した時から覚悟しており、僕たちには今さら特別に書いておく事など何もなかった。ただ、鹿児島に転属してからの1週間ずっと好天だったせいか、ふと幼い夏の事が頭に浮かんできた。

「前略、母上様。明日5月4日に私は南方へ飛びます。ついに祖国のために役立つ日がきました。これも母上様の教えの賜物と感謝しております。これまで育てていただいたのに何ら恩返しできない事は悔やまれますが、私は貴女様の息子である事の誇りを胸に戦って参ります。追伸、まだ5月だというのにさすがに鹿児島は暖かいです。夏にはまだ間がありますが思わず子供の頃に見た蛍の事を思い出しました。それでは行って参ります。正志より 草々」

 どうしてこんな手紙を書いたのか、僕自身も分からないまま検閲官たる上官に手紙を預けた。

 空へ上がってもどうしてあんな手紙を書いたのかと自問していた所で、遥か下の洋上に敵の船団を発見した。米粒ほどの小ささだったが、昼間に星を見つけるよう心掛けていた僕たちには十分それと分かる大きさだった。

「11時の方向に敵船を発見。大倉機、行きます!」

 僕は編隊から外れると、ゆっくり機首を下げながら一番大きな船へと突っ込んでいった。


 その夜、すでに床に着いていた節子は夜中に目を覚ますと、何かに惹かれるように小庭に面した縁側の雨戸を開けた。真っ暗なはずの小庭に目をやると、そこには一点の光りが点滅しながら飛び回っているのが見えた。

「こんな時期に蛍?」と、節子が懸念そうに光りを追っていると、ふと「ただいま」と言う声が聞こえ、蛍が家の中へと入ってきた。

 その瞬間、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ節子は、目の前で飛び回る蛍をそっと両手で包み込むように捕まえた。そっと手を開くと、もう一度光り始めた蛍はゆっくり舞い上がり、今度は節子の腰に止まって点滅を繰り返した。

「おかえりなさい・・・」

 腰に止まった蛍にこう呼びかけると、蛍は再び舞い上がり、家の中を飛び回りながらゆっくりと庭に出て、そのまま天高く消えて行った。

節子は、這いつくばるようにして蛍を見送ると、そのまま庭の真ん中で地面をかきむしりながら一晩中泣き続けた。


 この2日後、僕の手紙は母の元に届けられた・・・


     -おしまい-


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