気が付けばアラサーだった
● 某月某日
いつもより少しだけ早めに起きて、少しだけ早めに家を出る。
少し前の私では考えられない光景と行動。まさか誰かのために生きて、誰かのために家に帰る。そんな日が自分自身に訪れるなんて思っていなかった。
そんなことを考えながら、少し早目についた駅のホームで大好きな小説を読んでいる。
すると、反対側の大阪方面の駅ホームから大きな笑い声がした。聞き覚えがある声のような気がして顔を上げると、本当に知り合いによく似た女性が彼氏と思しき人物に寄りかかっていた。
声も姿も可愛らしい仕草もよく似ているが、私の知っている彼女ではない。私の知っている彼女は、今はどこで何をしているかも分からない。
読みかけの小説の存在も忘れて、反対側のホームに釘づけになっていた。
「お待たせ」
声がしたほうを慌てて見ると、彼が両手に缶ジュースを持って立っていた。ニッコリと微笑みながら近づいてくる姿はとても素敵で、何て眩しくて愛しい人なんだろうと感慨深くなってしまう。
「そう言えば、昨日は眠れた?」
「はい。それなりに」
「わかった。それならよかった」
彼はそういうと、私の隣に座って腕時計を見た。きっと、次にくる電車があとどれくらいで到着するのか確認したんだろう。
「あと5分か」
「そうですね。普通電車でのんびり行きますか?」
「うん…心の準備も必要やし、のんびり行こうか?」
「いいですね。外の景色を見ながらのんびり行きましょう」
「もしかして、緊張してるかな?」
私は彼の顔を見て、無言で頷いた。緊張していないなんて、冗談であっても言えない。もちろん、彼の顔も緊張の色を露わにしている。
「ところで…あの子、京ちゃんの知り合い?」
彼は反対側のホームをちらりと見て聞いた。例の女性が朝から大声で何か楽しそうに話をしている最中だった。
「いいえ。でも、似ている子が昔、同じ職場にいました」
「へぇ。その子もあんなにうるさかった?」
私は首を傾げ、どう答えようか迷った。確かに、彼女も大声で大げさに機関銃のようなトークをする子だった。それでも私の知っている彼女は、一時だけでも友達と呼べる存在だったんだ。今更、「あれくらいうるさい子だった」なんて言えないし、言うべきではないと判断した。
「そうですね。それなりに明るい子でしたよ」
「へぇ…どんな子?」
「話せば長いですよ?」
「いいよ。どうせ、のんびり普通電車でのんびり行くんだからね」
「分かりました」
そうして、私は彼に出会う前のことをゆっくり思い出し、何処から話そうか迷った。やがて、少し近い昔にあった彼女との会話の内容から彼に話すことに決めた。
これは、彼と出会う前からの話で、とても根暗で身勝手な私の人生。この話を聞いた後でも、彼は変わらず私を「好きだ」と言ってくれるだろうか。