ツチノコ戦線異状あり
ツチノコ。それは幻の生物。懸賞金がかかっているほどにその存在の証明は期待されている。
しかし、ツチノコの証明を望むのは人間の勝手。当のツチノコはと言えばむしろ逃げて隠れて生きている。人間は害毒だ。彼らが手を伸ばしたばかりにいくつもの種が絶滅してきた。次に絶滅するのが自分たちでないとどうして言えよう? ……というのが奴らの主張だ。
さて、なんでそんなことを俺が知っているのかというと
「どこから入った」
「座敷わらしちゃんと仲がいい俺に隙はなかった」
「だまれロリコン。わらし、お前もなに俺のつまみ勝手に出してやがる」
物心つく前から、俺には妖怪が見えていた。それが異常だとわかったのは小学校に入ったころか。当然、周囲からは白い目で見られた。ある程度成長したら言うだけ無駄だと割り切るだけの社会性は出来てきた。妖怪の世界は妖怪の世界、人間社会は人間社会。本来交わっちゃいけないものだが、俺みたいなやつがいるのは仕方ないから切り離して考えている。
で、勝手に俺の酒をかっ喰らっているのは狐。驚くべきことに近所の稲荷神社のヌシだそうな。いいのか、こんなのがヌシで。その狐に嬉々として酒やつまみを供しているのがうちにいついた座敷わらし。なんでも狐はこの辺の妖怪の元締めらしい。いいのか、こんな色ボケが元締めで。
「しばらく来んなっつったろ。俺は試験前で忙しいの」
「そうもいかん。あの奇妙な箱をいじれるのは貴様だけだからな」
ワンカップをあおりつつ狐は尾をパソコンに向ける。それにしてもそのワンカップは俺のバイト代で買ったものだぞ、金置いて……やっぱダメだ。賽銭をせびるような真似はさすがにできない。
その狐が言う『奇妙な箱』っつうのはパソコンのことだ。俺の趣味に首を突っ込みまくった結果、この狐は神の眷属としてどうなんだってレベルに世俗にまみれている。ゲームもするしバイクにだって興味津津。俺のバイト代を使ってギャンブルに手を出しそうになった時はやばかった。だがパソコンだけはどうにも苦手らしい。ネットを使いたいときは俺が代わりにいろいろ操作している。代筆屋ならぬ代打ち……はギャンブルか。まあだいたいそんなものだと思え。
「なんかあったのか?」
「いやな、最近、外で色々なにおいがするらしいんだ」
パソコンを起動。退屈そうにしだした座敷わらしに携帯ゲーム機を貸し与える。猫を育成するゲームがわらしのマイブームだ。だがわらし、猫に俺の名前をつけるな。
「で、何を調べればいいんだ? つーかにおいって何の」
「味噌やスルメを焼いたものだ。日本酒のにおいもするらしいな」
「そりゃまたわかりやすいこって」
インターネットの検索サイトにアクセスし、ボックスにキーワードを入れる。『ツチノコ 目撃情報 滝船村』……こんなもんかね。めぼしい情報を絞りつつ読みあげていく。なるほど、うちの村にいるツチノコが人間に遭遇、目撃者が巨大掲示板のオカルト板に書き込んでツチノコ熱が再燃ってところか。
「誰だ、そんな初歩的なヘマしたやつは」
「犯人探しはどうでもよかろう」
「まあな。それよりそれだけ露骨に捜索の跡があるってことは……」
「すでに隠密班は動き出しておるぞ」
さすがはここいらの妖怪の元締め、そのあたりはぬかりない。
妖怪にとって人間はある意味において敵だ。そのエゴによってさまざまな生き物を絶滅においやったというのが主な理由らしい。妖怪と希少生物の間で何やら密約めいたものがあるらしく、彼らは互いを守り、人間の魔の手から逃れようとする。たまにいる俺みたいな『見える』人間は、なんというかスパイとして抱え込まれる運命にあるらしい。おかしな話だよな。『妖怪はいる!』と言えば笑われるだけで済むけど『妖怪なら俺の隣で酒飲んでるぜ』って言ったらよくてドン引き、悪くて病院送りだ。妄想は許されても証言は狂人扱いとか。
それはそれとして。
すでに隠密班が動き出してるってことは、そろそろ新たな証拠が見つかってもいい頃合いじゃないかと、思ったその矢先。
『軍曹、軍曹――!』
そんな思念が俺の耳に飛び込んできた。何事だ、というか軍曹?!
「ああ、悪いな。この部屋を本部用に改造させてもらった。俺宛ての思念は全部飛び込んでくるぞ」
悪びれずにそんなことを言う狐。一体何をした。というかせめて一言伺いを立てるくらいしろ! 全力で拒否するが!
『河原で罠らしきものを見つけた。味噌を薄い金属に乗せて火で炙っている』
「お前、カエルだよな? 近くに人はいないのか?」
『その声はツネか? ……ああ、いないな。気配はするが、少し離れているようだ』
「不用心だなおい、火事になったらどうする」
通信(?)の先にいるのはカエルの妖怪だ。ツチノコは蛇みたいなもんだから仲は悪かろうに、狐の統率力はかなりのものなんだな。
『どこかから見てるとは思うぞ。なんか視線みたいのを感じるし』
「ふむ、狡猾に見えて粗忽な」
「粗忽って問題じゃねえだろ。火元から離れるとか訴えたら勝てるんじゃね?」
「そういった人間の事情はどうでもいい」
「……だろうな」
小さく嘆息しつつパソコンを閉じる。これはちょっと様子を見に行ったほうがいいだろう。場合によっては通報ものだ。携帯電話よし、いざって時の護身用に竹刀でも持っていくか。本当に使ったら説教確定だろうが。
「カエル、今おまえどこに居る?」
『今の俺はカエルじゃない。軍曹からすねーくという呼び名を授かっている!』
靴を履こうとしてつんのめってコケた。……スネーク、だと? カエルに、スネークだと?! 思わず狐をにらんだら、狐はドヤ顔で決めやがった。うぜえ。
「何を言っている。部隊の長は軍曹、斥候はスネーク。それが貴様ら人間社会の符丁だろう?」
あーそういえばこの間某軍隊モノ映画を見たとき横にいたな。あとガンシューも好みだったな。ったくこの生臭が。
『あ、こら! それは罠だ! 近づいちゃ……げふっ』
「な……おい、返事をしろ! スネーク! スネェェェェェェェェク!」
蛇を守るために斥候を買って出たカエルがスネーク。なんかもういろいろとむちゃくちゃだ。妖怪サイドのごたごたはもう知ったこっちゃないと割り切ることにして、俺は万が一でも火事が起きたりしないようにと河原へ向かうのだった。