Astral08
早朝、目覚めとともに腕に温もりと柔らかい感触を覚える。
まあ凛花にホールドされているわけだが、俺はそれを慣れた手つきで解き、腕を引っこ抜く。
「ん……」
僅かに声を漏らしたが起きたわけではなさそうだ。俺はそのままそっとベットを降り、家族の為に朝食の支度をするため、台所へと向かう。
わざわざ洗面台へと行くのも面倒なので、台所で洗顔する。水は機械を使って濾過してあるから問題ない。
洗顔し終え、取り敢えず何を作ろうかと冷蔵庫の中を覗く。うん、取り敢えずいつも通りベーコンエッグと食パン、牛乳でいいだろう。
シンプルでもいいじゃない。
調理部分は割愛させてもらう。
作り終え、テーブルへと朝食を配膳していると、父親が眠そうな瞼をこすりながらリビングに登場する。相変わらずだらしない格好をしていてもイケメン度が凄い。俺は親父の方に似たかった……
父親……まどろっこしいから親父で通すが、親父は若干20歳にしてとある会社を建ち上げた凄腕営業マンである。といってもだらけているため、社長の仕事の大半は秘書がやっているらしい。
んで、その秘書が女性ではなく男性。
男性の秘書って結構珍しくないか?
まあ、その男性が親父の古い友人らしく、よく家にも遊びに来る。その時親父がいうのが「俺は会社では天皇みたいなもんだよ」と言う事だ。
つまり、最後の判断をするだけだ、というわけだ。
その為、家に帰ってくるのは学生とほとんど変わらない時間帯だ。
が、そこで親父の友人がいうのが「最後の判断が間違ってなかったからこそ、うちの会社は建ちあがったんだよ」ということだった。まあ、親父の判断があったからこそ、会社が建ち上がったといういことだろう。
説明すると、国会が決めたことに対して、それはダメだ、と言った感じかな。
「おはよ」
「んぁ~おはよ~さん。ってかお前また凛花と一緒に風呂入ったり寝たりしてただろ~?ったく、兄妹仲良いのはいいけどよ~問題は起こすなよ~?」
わかってるって。
「まあ凛花が少しは自重してくれれば問題ないんだがな~……」
「男の敵だな~お前も」
「そうかもな~、やっぱ遺伝じゃねぇの?」
「ははは」
「あはは」
少し気晴らしに笑ってみたが、特に何も変わらなかった。残ったのは親子でなんつ~会話してんだって気持ちだけだ。
そうこうしているうちに凛花と母さんが起きてきた。丁度俺も配膳を終えていたためジャストタイミングだ。
と言うかいつもジャストタイミングで現れるのは何故だろうか?
朝食の時間帯は日によって変わる時があるし、腹時計ではないだろう。匂いか……まさか匂いなのか……?
とくだらない自問自答を少ししたあと、家族全員が食卓に付き「頂きます」と手を併せて食事を開始した。
「そう言えば、凛花。あんたたち仲進展したの~?」
唐突に母さんが凛花に問うた。
いや、進展って何?兄妹仲なら既に進展しないほど進展してますよ?
「したといえばしたし、してないといえばしてないかな~」
「複雑なのね……」
「そうなのよ……」
果たしてこの2人は何を言っているのだろうか。
俺には全てが理解できませんでした。その代わりに親父に話を振ろうとしたら、何故かジト目で睨まれていた。
「……なんだよ」
「……はぁ…」
いや、何?
しかし親父はそれっきり無言を貫き朝食を淡々と食べている。
こいつ……無視しやがる気だな……
さて、ならばいつもの手を使うしかあるまい。これは俺の得意技であり、自分でも意味嫌う技だ。
下準備のため少し俯く。
よし……よし、これでいけるな。
「……ねぇ~おと~さん……」
頑張って溜めた涙で潤した目を使い、上目遣いで親父の顔を覗き込む。なまじ自分の顔が美人だと認めているわけではない。
使えるならば、使う。
それが俺である。
「う……」
男は、美人の、上目遣いには、敵わない……ッ!
これは俺の経験から学んだことだ。主に凛花と母さんにやられた。
特に母さんには今でもよくやられるのだ「一緒にお風呂、入ろ?」と。いい年して思春期の息子と一緒に風呂に入ろうとはどこぞの親だろうか。
うちの親だ。
「いや、天然タラシ野郎だなって」
少し照れくさそうに頬をポリポリかきながら親父は素直に答えてくれた。
そうか。
ならば――鉄拳制裁だ。
俺が懇親のげんこつをくらわせてやろうと腕を振るおうとしたその瞬間、親父は椅子ごと後ろに倒れた。
因みに俺は腕を振り上げた状態で硬直している。
「貴方!一織は野郎なんかじゃないわよっ!乙女よっ!」
「そうだよ~!お兄ちゃんはか弱い乙女なんだからっ!」
えっと……
「俺は野郎の方がいいです」
「一織は黙ってなさい!」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「はい……」
凛花と母さんの勢いに思わず尻込みしてしまう俺。
家は男性陣より女性陣の方が大きな権力を持っている。そして俺はその中立にいるかたちだ。
まあこんな変わった家族だが――
――俺はそんな家族が大好きだ。
朝食を食べ終え、俺と凛花はアストラル・ギアを手に持っていた。
しかし未だに装着し、仮想世界にとぼうとはしていない。
理由は簡単だ。
「いいじゃん!今日も一緒に寝てたじゃん!何でだめじゃん!?」
語尾が残念なことになっている凛花に向けて、俺は純潔とミジンコほどしかないプライドをもってして返答する。
「駄目ったらダ~メ!お兄ちゃんのいうことが聞けないんですか!?」
「これだけは聞けないのだよ……お兄ちゃん……」
「最早意味不明理解不能。好きにしてください……」
と、いつものように俺が折れることになる。いや、俺って本当押しに弱いよな。泣けてくるぜ。
俺が許可すると凛花は花が咲いたような笑顔を浮かべ、俺の横によこになる。
そんなまるで俺のことを微塵も意識していないような凛花に、少しだけ苛立ちを覚えている俺がいた。はあ……やっぱ昨日のこと、引きずってんな~……
柄にもなく前日のことを引きずってしまっている自分に嫌気がする。兄妹だから、俺の感情は無様に、それも硝子のように簡単に割れて砕けてしまうけど、それでも遠まわしに気持ちを伝えた俺を意識していない凛花に苛立ってしまう。
だから、自分が憎い。
自分を嫌悪する。
自己中な自分が嫌だ。
幸い俺がそんな事を考えていることに気づいていない凛花は、せっせとゲームをするための準備をしていた。そして、その光景をみて微笑ましく思う自分もいることに気づく。
本当に俺はどこまでも凛花に――依存しているようだ。
「「アストラルリンク」」
うやむやな感情のまま、俺はAstralOnlineに2度目のログインをした。
ログインすると、そこは昨日ログアウトした場所だった。まあ当然だよな。
「んで、今日はどうする?」
横に青いエフェクトを纏いながらログインした、凛花に質問する。こっちでの主導権は主に凛花にある。まあそれも俺がこのゲームのことや、VRMMOについて全然知識がないためなのだが。
「取り敢えずこの素材を装備にしたいよね~……って言うことであの人にメッセ送ってみようかな~。幸い昨日のうちにリアでプレイヤーネーム聞けたし」
「あれ?リアで知り合いなの?」
俺の質問に、凛花は苦笑して答える。
「いやいや~、メアド知ってるだけで知り合いとは呼べないかな~。ま、ゲーム内では結構親しい関係だったかな?あ、言っとくけどあの人は女の人だよ?まあ変態だけど~」
俺はその変態ってのが気になる。
「へ~、っまリンと親しいなら信用できるか」
「それは妹名利に尽きるね~」
凛花は笑ってそう言いながら、ウィンドウをいじり始めた。多分、そのあの人とか言う人にメッセを送っているのだろう。
にしてもあの人についての情報を、俺は女性ってことと変態ってことしか持っていないのだが、大丈夫なのだろうか。
「リン~、私が変態ってのはどういうことかな~?」
初めに言っておく、別に時間が早くすぎたわけではない。
それにリンはまだメッセを送っては居ないのだ。
その声に驚き、猫が反射的に後ろを振り返るような感じでリンが振り返った。
機敏だな。
「ア……アマネさん……」
若干顔が引きつっている。
「ま、変態なのは認めるがな!それはいい、んで、何のようだ~?」
「えっと、装備を2式作って欲しいな~と……材料はこちら持ちで。もちろんお金も払いますよ」
凛花が萎縮している。
親しい間柄だと言っていたし、どちらかと言えば頭が上がらないって感じだろうか?まあなんか姉御って感じはするな。
「2式って言うと……えっと、どちらさん?」
俺の方を見て、アマネと呼ばれた人が振り向く。
今まで俺には背中しか見えておらず、顔は今初めて見たのだが、普通に整っていて美人だ。だが、俺達と違うところは、艶やかな美人というところだ。
何かこう、男ならそそられるって感じか?
「えっと、一応リアでリンの兄やってる。名前はリオって呼んでくれ」
「へ~……リンのお兄さん、ねぇ……それに俺と初対面でタメか……」
少し考えるように拳を顎に当てるアマネ。
しかし直ぐに破顔し、ヤバいくらいにエロ《・ ・》い笑顔を向けてくる。目つきは獰猛だ。
「リオ、あんた……ウマそうだ……」
そう言って唇を舌で舐めてみせる。
ちょっとこれは……俺の貞操の危機じゃないのかっ!?