表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

ファーストコンタクト~鮑仕立て~

掲載日:2026/05/04

 日曜日の朝、テレビのニュースでは台風の上陸を告げていた。


 こんな日に仕事だなんて、ついてないなと思いながら車のキーを手に取った。


 彼女の職場は病床数150床ほどの中規模病院である。日曜日も午前中のみだが外来診療を行っている。彼女の名は、丸 由紀乃。検査室勤務の臨床検査技師である。

「こんな日に外来に来る患者さんなんていないよ。」

 独り言である。


 玄関の鍵を閉め、暴風雨の中を小走りに駐車場まで行き、車に乗り込んだ。

 エンジンを掛けようとしたその時、『バン!』と頭上で鈍い音がした。

 恐る恐る車の天井を見上げる。天井は盛り上がっていた。いや、盛り下がっていたと言うべきか。

 強風で何かが車の屋根に落ちたのだ。

「もう、何でこうなるの!」

 車を降り、屋根を確認した彼女はその物を見て声を上げた。

「ええ、何で?」

 車の屋根を凹ませた物は、鮑だった。


 一瞬戸惑ったが、その物体(鮑)を手に持った。

「おも。」

 鮑ってこんなに重かったっけ。彼女は思った。

 手にした鮑を助手席の床に置き、車のエンジンを掛け、職場へと向かった。

「これって車両保険使えるのかな?」と呟いた。


 激しい雨のため視界が悪く、いつもより時間がかかったが無事に職員用駐車場に着いた。鮑をどうしようと考えたが、どうせ外来患者も来ないだろうし、話の種になりそうだと思い、持っていく事にした。

 白衣に着替えて更衣室から検査室に行く途中で声をかけられた。

「おはよう。大変な日に当番になっちゃったね。」

 診療放射線技師の上田である。

「何持ってるの?」

 由紀乃は手に持っている鮑を見せた。

「空から車の屋根に降ってきた。車凹んじゃったんですよ。」

 上田は興味深そうにそばに来て、まじまじと鮑を見つめ、言った。

「それってSFっぽくね。」

 その言葉を聞いて由紀乃は思い出した。そういえば上田さんてSFオタク男子だったんだと。

 上田は「ちょっといい。」と言って鮑を手に持った。

「見た目よりもずっしりしてるね。これは鮑に擬態した地球外生命体だ。なんちゃって。」

「……」

「それにしても、落ちたのが車の屋根で良かったよ。頭に直接落ちてたら、今頃頭部CTだよ。」

 そう言われて由紀乃は、確かにそうだと思った。自分が無事だったのだから良しとしなければ。

「そうですね。心配してくれてありがとうございます。」

 さらに上田は、

「今日はどうせ暇だろうから、後でその鮑、レントゲンでも撮ってみようよ。」

「はは。じゃあ私はエコーやってみようかな。」


 由紀乃が検査室に来てから約一時間が過ぎた。暇である。

 病棟から血液検査が一件出されただけだ。

 鮑はステンレスのトレイに置いてある。

 とそこに上田がやってきた。

「やっぱり暇だね。鮑は?」

「そこのトレイに置きましたよ。」と指さす。

「よーし、レントゲン撮るか。とりあえず正面と側面かな。あれ?鮑の正面ってどっちだよ。まっいいか。どっちでも。」

「本当にやるんですね。確かに面白そうですけど。」

「写っちゃいけないものが写ってたら、どうする?」

「そもそも鮑の正常像がわからないんですから、判断できないんじゃないですかね。」


 上田はレントゲンの撮影室で、通常は患者さんに乗ってもらう撮影台の中心付近に鮑を置いた。撮影装置の位置を鮑に合わせ、部屋から出るとドアを閉め、X線照射スイッチを押した。

 X線の画像情報が入ったパネルを取り出し、画像処理装置にセットした。

 数秒後、それはモニター画面に映し出された。

 由紀乃は言った。

「鮑ってこんななの?」

 それはまるで肋骨のようだった。また人工物の骨組みのようにも見えた。

「鮑って貝殻ははあるけど骨は無いよな。」

 上田が言った。

 さらに由紀乃は言った。

「中心になにかある。丸いリング?みたい。」

 少し声を潜めて、上田は言った。

「丸さん、この鮑の事を知ってるのは俺ら二人だけだよな?」

「実は、病棟から検体を持ってきた横井看護師長に見つかりました。」

「ええ、横井師長かあ。今頃病棟のナース全員に広まってるぞ。」

「まずいですかね?ところでこの画像見て思ったんですけど、これって鮑の精巧な模型じゃないですかね。」

「誰が何のために鮑の模型をつくるんんだ?」

「どこかのオタクが趣味で……」

「とにかくもっと調べてみよう。次はCT、いやMRIだ。」


 鮑に磁石を近づけて、磁性体では無さそうなことを確認し、MRI検査を行った。

 上田は、

「スライス幅は5㎜にしてみたよ。」

 MRI特有の騒音に惹かれるように、横井師長が操作室にやって来た。その後ろからは当直明けの石川医師も。

 石川は、

「また面白いことをやってるな。鮑のMRIなんて。」

 すかさず上田が言った。

「レントゲン画像を見てください。」

 好奇心が強く若い石川は、モニター画面を見て、非常に興味を持ったようだった。

「これは、鮑じゃないかもしれないな。中心のリングが気になる。」

 由紀乃は言った。

「鮑の模型じゃないかと思うんです。」

「確かに、そうとしか考えられないな。」

 と石川が応じた。

 上田は、

「じゃあ、空から降ってきたというのは、どう説明できますか?」

「空から降ってきただって?」

 石川は言葉に詰まった。

「今朝、私の車の上に降って来たんです。車の屋根凹みましたよ。」

 と由紀乃。

「車が凹んで、鮑は無傷だったってことか。おかしいな。殻が割れてもよさそうなものなのに。」

 石川は首を傾げた。

 上田が満を持したように言った。

「地球外から降ってきた可能性もあるのでは。車の屋根に着地寸前に、速度を落としたとか。」

「冗談を言ってるのよね。上田さん。」

 横井師長が言った。

 そこでMRIが終了した。


 4人でスライス画像を見ていく。

 レントゲンに写っていた骨格のような物と、中心にリング。

 リングの周囲にはわずかだが水分があるようだった。


 石川は真剣な表情で言った。

「リングの向きがレントゲンと違うな。それにぼやけてる。このリング、回転してるんじゃないか。よし、次はエコーだ。」

 動きのあるものを調べるには、エコー検査が適している。

 4人はエコー室に鮑と共に移動した。

 廊下の窓は強風で音を立てている。


 由紀乃は超音波検査装置の起動スイッチを入れた。

 プローブにゼリーを塗り、鮑にあてた。4人でモニター画面をのぞき込む。

 石川の予想通り、リングは回転していた。しかも不規則に。だが、徐々に早くなっているようだ。

 と、その時、モニターに写る鮑内部の画面が一瞬で黒くなった。表面だけが白く超音波を反射している。


「超音波が表面で反射されてます。突然に。」

 由紀乃はプローブを当て続けたが、鮑内部が写ることはなかった。

 まるで、鮑が意思を持ち、検査を拒絶しているかのようだった。


 上田が口を開いた。

「もし、この鮑が意思や感覚を持っていて、これまでの検査を苦痛と感じていたら。身を守るために、超音波をシャットアウトしたんだとしたら。X線や強い磁力や超音波を浴びせられて、人間を敵だと認識したとしたら。」


 横井師長が言った。

「危険なものかもしれないってこと。病棟には患者さんも大勢いるのに。」

 その時、超音波検査装置の電源が落ちた。

「どうした?」

 上田が言った。

「わからない。突然電源が。再起動もできない。」

 由紀乃は答えた。

 石川がエコー室の照明スイッチを操作したが反応しない。

「電磁波攻撃か?他の部屋は?」

 そう言いながら石川は廊下に飛び出した。廊下の照明は無事だった。


 由紀乃は隣の生理機能検査室に行き、心電計の電源を入れてみた。反応しない。肺機能検査計も。その隣の脳波検査室に行き、脳波計も電源を入れたが反応無しだった。部屋の照明も。

 そして、廊下にいる石川に伝えた。

「先生、エコー室と生理機能検査室と脳波室はまとめて一つのシールドルームになっていて、電磁波をある程度ならば通しません。だから、廊下や他の部屋は無事だったのかも。そのかわり検査室は全滅です。明日、朝一でメーカーに連絡して代替機を頼まなきゃ。」


 廊下の窓がコツコツ音を立て始めた。

 鮑だった。鮑が空から降ってきたのだ。いくつも。


 上田は言った。

「救難信号を発してたのか?これだけの鮑が一斉に電磁波攻撃をしてきたら、大変なことに。丸さん、代替機どころじゃないよ。」

 横井が言った。

「ペースメーカーの患者さんもいるのよ。何とかしないと。」

 石川が、

「ペースメーカーの患者を急いで検査室へ!シールドルーム内なら、大丈夫かもしれん。」


 横井は病棟に内線電話をかけ、ペースメーカーの患者を大至急検査室に連れて来るよう伝えた。


 3人のペースメーカーの患者が、看護師と共に足早にに検査室にやって来た。

 そして、由紀乃が鮑を廊下に出し、検査室の分厚い金属製のドアを内側から閉めた直後、廊下から

「ああ!」と上田の声が聞こえた。


「どうしたんですかあ?」

 真っ暗な検査室内から由紀乃は大声で言った。

「やられたよ!電磁波だ。病院中の電子機器がやられた!」


 患者たちと一緒に検査室に入っていた石川は言った。

「ペースメーカーの患者たちは無事だ。」


 外では、鮑は降り続けている。
























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ