ファーストコンタクト~鮑仕立て~
日曜日の朝、テレビのニュースでは台風の上陸を告げていた。
こんな日に仕事だなんて、ついてないなと思いながら車のキーを手に取った。
彼女の職場は病床数150床ほどの中規模病院である。日曜日も午前中のみだが外来診療を行っている。彼女の名は、丸 由紀乃。検査室勤務の臨床検査技師である。
「こんな日に外来に来る患者さんなんていないよ。」
独り言である。
玄関の鍵を閉め、暴風雨の中を小走りに駐車場まで行き、車に乗り込んだ。
エンジンを掛けようとしたその時、『バン!』と頭上で鈍い音がした。
恐る恐る車の天井を見上げる。天井は盛り上がっていた。いや、盛り下がっていたと言うべきか。
強風で何かが車の屋根に落ちたのだ。
「もう、何でこうなるの!」
車を降り、屋根を確認した彼女はその物を見て声を上げた。
「ええ、何で?」
車の屋根を凹ませた物は、鮑だった。
一瞬戸惑ったが、その物体(鮑)を手に持った。
「おも。」
鮑ってこんなに重かったっけ。彼女は思った。
手にした鮑を助手席の床に置き、車のエンジンを掛け、職場へと向かった。
「これって車両保険使えるのかな?」と呟いた。
激しい雨のため視界が悪く、いつもより時間がかかったが無事に職員用駐車場に着いた。鮑をどうしようと考えたが、どうせ外来患者も来ないだろうし、話の種になりそうだと思い、持っていく事にした。
白衣に着替えて更衣室から検査室に行く途中で声をかけられた。
「おはよう。大変な日に当番になっちゃったね。」
診療放射線技師の上田である。
「何持ってるの?」
由紀乃は手に持っている鮑を見せた。
「空から車の屋根に降ってきた。車凹んじゃったんですよ。」
上田は興味深そうにそばに来て、まじまじと鮑を見つめ、言った。
「それってSFっぽくね。」
その言葉を聞いて由紀乃は思い出した。そういえば上田さんてSFオタク男子だったんだと。
上田は「ちょっといい。」と言って鮑を手に持った。
「見た目よりもずっしりしてるね。これは鮑に擬態した地球外生命体だ。なんちゃって。」
「……」
「それにしても、落ちたのが車の屋根で良かったよ。頭に直接落ちてたら、今頃頭部CTだよ。」
そう言われて由紀乃は、確かにそうだと思った。自分が無事だったのだから良しとしなければ。
「そうですね。心配してくれてありがとうございます。」
さらに上田は、
「今日はどうせ暇だろうから、後でその鮑、レントゲンでも撮ってみようよ。」
「はは。じゃあ私はエコーやってみようかな。」
由紀乃が検査室に来てから約一時間が過ぎた。暇である。
病棟から血液検査が一件出されただけだ。
鮑はステンレスのトレイに置いてある。
とそこに上田がやってきた。
「やっぱり暇だね。鮑は?」
「そこのトレイに置きましたよ。」と指さす。
「よーし、レントゲン撮るか。とりあえず正面と側面かな。あれ?鮑の正面ってどっちだよ。まっいいか。どっちでも。」
「本当にやるんですね。確かに面白そうですけど。」
「写っちゃいけないものが写ってたら、どうする?」
「そもそも鮑の正常像がわからないんですから、判断できないんじゃないですかね。」
上田はレントゲンの撮影室で、通常は患者さんに乗ってもらう撮影台の中心付近に鮑を置いた。撮影装置の位置を鮑に合わせ、部屋から出るとドアを閉め、X線照射スイッチを押した。
X線の画像情報が入ったパネルを取り出し、画像処理装置にセットした。
数秒後、それはモニター画面に映し出された。
由紀乃は言った。
「鮑ってこんななの?」
それはまるで肋骨のようだった。また人工物の骨組みのようにも見えた。
「鮑って貝殻ははあるけど骨は無いよな。」
上田が言った。
さらに由紀乃は言った。
「中心になにかある。丸いリング?みたい。」
少し声を潜めて、上田は言った。
「丸さん、この鮑の事を知ってるのは俺ら二人だけだよな?」
「実は、病棟から検体を持ってきた横井看護師長に見つかりました。」
「ええ、横井師長かあ。今頃病棟のナース全員に広まってるぞ。」
「まずいですかね?ところでこの画像見て思ったんですけど、これって鮑の精巧な模型じゃないですかね。」
「誰が何のために鮑の模型をつくるんんだ?」
「どこかのオタクが趣味で……」
「とにかくもっと調べてみよう。次はCT、いやMRIだ。」
鮑に磁石を近づけて、磁性体では無さそうなことを確認し、MRI検査を行った。
上田は、
「スライス幅は5㎜にしてみたよ。」
MRI特有の騒音に惹かれるように、横井師長が操作室にやって来た。その後ろからは当直明けの石川医師も。
石川は、
「また面白いことをやってるな。鮑のMRIなんて。」
すかさず上田が言った。
「レントゲン画像を見てください。」
好奇心が強く若い石川は、モニター画面を見て、非常に興味を持ったようだった。
「これは、鮑じゃないかもしれないな。中心のリングが気になる。」
由紀乃は言った。
「鮑の模型じゃないかと思うんです。」
「確かに、そうとしか考えられないな。」
と石川が応じた。
上田は、
「じゃあ、空から降ってきたというのは、どう説明できますか?」
「空から降ってきただって?」
石川は言葉に詰まった。
「今朝、私の車の上に降って来たんです。車の屋根凹みましたよ。」
と由紀乃。
「車が凹んで、鮑は無傷だったってことか。おかしいな。殻が割れてもよさそうなものなのに。」
石川は首を傾げた。
上田が満を持したように言った。
「地球外から降ってきた可能性もあるのでは。車の屋根に着地寸前に、速度を落としたとか。」
「冗談を言ってるのよね。上田さん。」
横井師長が言った。
そこでMRIが終了した。
4人でスライス画像を見ていく。
レントゲンに写っていた骨格のような物と、中心にリング。
リングの周囲にはわずかだが水分があるようだった。
石川は真剣な表情で言った。
「リングの向きがレントゲンと違うな。それにぼやけてる。このリング、回転してるんじゃないか。よし、次はエコーだ。」
動きのあるものを調べるには、エコー検査が適している。
4人はエコー室に鮑と共に移動した。
廊下の窓は強風で音を立てている。
由紀乃は超音波検査装置の起動スイッチを入れた。
プローブにゼリーを塗り、鮑にあてた。4人でモニター画面をのぞき込む。
石川の予想通り、リングは回転していた。しかも不規則に。だが、徐々に早くなっているようだ。
と、その時、モニターに写る鮑内部の画面が一瞬で黒くなった。表面だけが白く超音波を反射している。
「超音波が表面で反射されてます。突然に。」
由紀乃はプローブを当て続けたが、鮑内部が写ることはなかった。
まるで、鮑が意思を持ち、検査を拒絶しているかのようだった。
上田が口を開いた。
「もし、この鮑が意思や感覚を持っていて、これまでの検査を苦痛と感じていたら。身を守るために、超音波をシャットアウトしたんだとしたら。X線や強い磁力や超音波を浴びせられて、人間を敵だと認識したとしたら。」
横井師長が言った。
「危険なものかもしれないってこと。病棟には患者さんも大勢いるのに。」
その時、超音波検査装置の電源が落ちた。
「どうした?」
上田が言った。
「わからない。突然電源が。再起動もできない。」
由紀乃は答えた。
石川がエコー室の照明スイッチを操作したが反応しない。
「電磁波攻撃か?他の部屋は?」
そう言いながら石川は廊下に飛び出した。廊下の照明は無事だった。
由紀乃は隣の生理機能検査室に行き、心電計の電源を入れてみた。反応しない。肺機能検査計も。その隣の脳波検査室に行き、脳波計も電源を入れたが反応無しだった。部屋の照明も。
そして、廊下にいる石川に伝えた。
「先生、エコー室と生理機能検査室と脳波室はまとめて一つのシールドルームになっていて、電磁波をある程度ならば通しません。だから、廊下や他の部屋は無事だったのかも。そのかわり検査室は全滅です。明日、朝一でメーカーに連絡して代替機を頼まなきゃ。」
廊下の窓がコツコツ音を立て始めた。
鮑だった。鮑が空から降ってきたのだ。いくつも。
上田は言った。
「救難信号を発してたのか?これだけの鮑が一斉に電磁波攻撃をしてきたら、大変なことに。丸さん、代替機どころじゃないよ。」
横井が言った。
「ペースメーカーの患者さんもいるのよ。何とかしないと。」
石川が、
「ペースメーカーの患者を急いで検査室へ!シールドルーム内なら、大丈夫かもしれん。」
横井は病棟に内線電話をかけ、ペースメーカーの患者を大至急検査室に連れて来るよう伝えた。
3人のペースメーカーの患者が、看護師と共に足早にに検査室にやって来た。
そして、由紀乃が鮑を廊下に出し、検査室の分厚い金属製のドアを内側から閉めた直後、廊下から
「ああ!」と上田の声が聞こえた。
「どうしたんですかあ?」
真っ暗な検査室内から由紀乃は大声で言った。
「やられたよ!電磁波だ。病院中の電子機器がやられた!」
患者たちと一緒に検査室に入っていた石川は言った。
「ペースメーカーの患者たちは無事だ。」
外では、鮑は降り続けている。




