第2話:能を気にせず爪を隠さず
翌朝目を醒まし、水を飲んで昨日の記憶を思い出す。
確かルーダからコカトリスの調査と討伐の相談を受けていたはずだ。
冒険者ギルドに依頼の詳細を確認しに行くことにしよう。
...いや、場合によってはそのまま出発することもありえるか。
依頼を受けてすぐ出発できるように、そのまま準備を始めた。
右腰に小さな鞄を巻き付け、薬草、携帯食料、コップと水のろ過紙を詰め込む。
次に両太ももに固定用フック付の布を巻き付けた。
右には5本の小瓶を装着、中には様々な薬を入れてある。
左には3本の短剣を装着し、左腰にメイン武器である 長剣を装着した。
経験の浅い冒険者は軽視しがちだが、事前準備は重要だ。
荷物は多すぎても邪魔になるし、足りないと非常時の対応ができない。
依頼によって適切な事前準備ができて、はじめて冒険者を名乗っていいと思っている。
まあ、そんなこと今はどうでもいいか。
冒険者ギルドに到着し、受付のルーダに話しかけた。
「よう、ルーダ。昨日の話について聞かせてもらえるか?」
「ウィルさん、おはようございます!」
ルーダは今回の依頼内容について話を始めた。
エッジ・ネサーの都市部ガーランからこの街エリスに訪れる商人の行方不明者が急増しているとのこと。
不審に思ったガーランの調査部隊が近隣調査を行ったところ、街道近くの森の中にコカトリスの巣らしき建造物を発見したらしい。
中まで調査するのは危険だと判断し、冒険者へ対応を一任することが決定。
巣の場所がエリスの冒険者ギルド管轄だったため緊急依頼が発足したそうだ。
「エリスの物資はガーランから仕入れている割合が高いです。正直エリスの管轄かどうか怪しい場所にあるみたいですが、商人の往来を制限される可能性を示唆されているので受けざるを得ないんです。」
「ようするに、危険な調査は地方で頑張れってことね。」
「...まあ、否定派できないですね。ですが、今のガーランに中位冒険者は数人しかいないし、みんな別の依頼で出払っています。正直下位冒険者の手に余る依頼なのは事実です。」
「俺も下位冒険者だけどね。」
「ウィルさん、そこまで言うなら今までの実績を上に報告しましょうか?」
「わかった、悪かった。とりあえず依頼内容は理解したよ。」
都市部のやり方は気に入らない。
物資を餌に危険な調査や討伐を押し付ける。
過酷な環境で必死に生きている地方民をなんだと思っているんだろうか。
とはいえ、この街のためには受けざるを得ないのも理解できる。
...気はすすまないが、今回はルーダの顔を立てることにするか。
「色々言いたいことはあるが、依頼を受けるよ。」
「ありがとうございます、すいませんがウィルさんだけが頼りなんです。」
「そんなことはないと思うけどね。とりあえず今日の夕方くらいに行くよ。」
「すぐに出発するわけではないんですか?」
「コカトリスは夜行性だからね。巣を調査するには出かけている夜間を狙う必要がある。それに、活動終わりの朝方を狙って戦いを挑んだ方が勝率もあがるんだ。」
「なるほど...。わかりました、お気をつけてください。」
冒険者ギルドを後にし、宿に戻った。
すぐに出る必要もないし、もう少し準備に時間をかけることにしよう。
宿に戻ったので、まずは武器の手入れを開始する。
床に布を敷き、濡らした砥石をその上に置く。
砥石に長剣をゆっくりと擦り付け、目に見えない刃こぼれを手入れする。
剣の切れ味は生存確率に直結する。
小さな刃こぼれのせいで魔物を仕留めきれなかったり、刃こぼれから剣が破損したり。
武器の手入れを怠って帰ってこなくなった冒険者を山ほど見てきた。
剣の手入れをしている時間は好きだ。
静かな空間で集中することで、心が整っていく。
長剣が終わったら短剣と、黙々と準備を進めていく。
夕方、少し早めの時間に食事を取り、街を出発する。
街道を馬車で3日ほど進んだ後、森の中を数時間歩いて進む予定だ。
行きは送ってもらえるけど帰りは歩いて帰る必要がある。
終わる時間もわからないし、そもそも帰れるかわからないから仕方ない。
ただ、憂鬱だ。
そういえばラース・センテのギルドでは発展した技術で移動が楽になっているらしい。
なんでも空間転移の魔法で行き帰りが一瞬なんだとか。
記憶式の転移魔法は一度見たことあるが、技術による移動は経験がないな。
まあ、俺みたいな地方冒険者には一生縁がない話だろう。
数日後、馬車は止まり運転者に声をかけられる。
「旦那、そこの森をまっすぐ進んだところに巣はあったらしい。」
「ありがとう、ギルドの地図とも一致してるね。夜遅いし街まで気をつけて帰ってくれ。」
「旦那も気をつけて、無事帰ってくれよ。」
馬車を見送った後、森に歩みを進める。
コカトリスは夜行性で、鶏の頭と蛇の頭を持っている体長3〜4m程度の魔物だ。
それぞれの頭が異なる感度で獲物を感知できる。
やっかいなのは蛇頭の体温感知で、音や匂いに頼らず獲物の場所を正確に当ててくる。
ただ、肉食ではあるが比較的大人しい魔物で、基本的には向こうから手を出してこない。
空腹時や怒らせるようなことをしない限りは危険度は低い。
今回みたいな複数人の行方不明の原因はおそらく後者だろう。
原因の心当たりはひとつ、外れているといいんだが。
森の中を慎重に進んだところで、木の洞を球状に植物で補強した建築物を発見した。
報告のあったコカトリスの巣で間違いないだろう。
活動時間だからまだ巣の中にはいないと思うが、念のため遠くから巣の入り口を見張る。
もし巣の中にいたら俺の存在を感知して物音がするだろう。
しばらく様子を見たが特に物音はしない。
ゆっくりと入り口に近づくが生物の気配はなさそうだ。
植物をかき分け、巣の中をのぞいてい見る。
中にコカトリスはいなかった。
獣臭はするが特に温もりは感じない。
夕方以降に巣を出てから戻ってないのだろう。
一度巣を出て、少し遠めから巣の入り口を見張ることにした。
この位置なら巣から俺を感知できないだろうし、周りに小枝が多いから接近にも気が付ける。
朝方帰ってきたころを見計らって討伐する事にしよう。
日が昇り始めたがコカトリスはまだ戻ってこない。
朝方には眠りにつくはずだが、どうも様子がおかしい。
この夜間で冒険者や他の魔物に襲われたのだろうか?
"グァァーッッ!"
"キャー"
"く、来るなー!"
わかりやすく悲鳴が聞こえてきた、集団がコカトリスに襲われている。
比較的近くから聞こえてきたが、間に合うか?
とにかく急いで駆けつけた。
少し開けた場所に、壊れた馬車と4人の男女がコカトリスと向かい合っていた。
コカトリスはこちらに気が付いていないが、このままだと誰か食われるな。
コカトリスの注意を引くため、大声を出しながら近づいた。
「かぁーっ!!くわーっっ!ぎゃぁーっっ!!」
魔物の鳴き声を真似てみるが、なさけない感じなのは仕方ないか。
コカトリスは4人から視線を外し、振り向き始めた。
4人も驚いた顔でこちらを見ている。
腰の長剣を掴んで抜き、振り向いた蛇頭に向けて垂直に剣を振りおろす。
上下の顎を割る事は出来たが致命傷には至らない、追撃が必要だ。
両手で剣の柄を握り、蛇頭の首に強く突き刺しそのまま左に切り裂く。
蛇頭がうめき声をあげながら暴れ始めたので、いったん距離をとる。
コカトリスは一つの身体から二本の首が生えており、それぞれに脳が存在する。
普段は情報共有しながら連携して行動しているが、蛇頭が瀕死の状態で統制が取れていないようだ。
段々と蛇頭の動きが遅くなり、目の光を失って首がうなだれた。
蛇頭がうなだれたことで、一瞬コカトリスがバランスを崩してよろけた。
その隙を見逃さず、蛇頭側がある左半身に近づき、脚の筋肉を数か所切断した。
左足の制御を失いコカトリスは横転したので、一気に攻める。
まずは右半身も同じように脚の筋肉を切断する。
次に脇腹に短剣を突き刺し、最後に頭を攻撃しに行く。
胴体を踏み台にしてジャンプし、落下の威力を咥えてくちばしを叩き切った。
鶏頭の悲鳴を聞きながら、最後は首に長剣を突き刺し鶏頭も仕留めた。
二頭が完全に動かなくなったのを確認し、胴体の心臓部分に短剣を突き刺した。
コカトリスは心臓が無事な限り首は何度でも復活する。
そのくせ二本の首を行動不能にしないと心臓を潰すことができない。
多くの冒険者はこの知識不足と毒液、火炎ブレスに太刀打ちできず敗北してしまう。
肉質もそこまで固くないし、隙を見つけて速度で潰すのが正攻法だ。
コカトリスの死を確認したので、4人の元に近づいた。
こんな時間にコカトリスの巣周辺をうろついている集団。
おそらくは"コカトリスの卵"を狙った商人だろう。
卵は栄養価が高く美味なため、貴族や王族から人気の品物だ。
だが魔物の卵を集める行為は原則禁止されているので、人目を避けて集める輩が多いらしい。
コカトリスの巣からは卵が盗まれた形跡があった。
ガーランの商人の行方不明、つまりは卵収集を目的とした商人がコカトリスの怒りを買って餌食になっていたというのが今回の顛末だろうな。
「あんたら、無事か?」
「ありがとうございます、助かりました...。お名前を聞いても?」
「俺はエリスの冒険者、ラウジディー・ウィルギスだ。あんたらは商人か?」
「いえ、私たちはラース・センテの冒険者ギルドから依頼を受けた調査団です。」
予測を外したことより、中心国家から調査団が派遣されていることに警戒した。
「ラース・センテの調査団だと?中心国家のエリートがこんな田舎に何の用だ。」
「驚かせてすいません。エッジ・ネサーは魔族の国と隣接しているので大型魔物が他の国より多く、定期的に我々のような調査団が派遣されているんです。」
嘘はついていないようだが、本当の事は隠しているような口ぶりだ。
今まで一度もエリスまで調査に来たことなんてない。
調査するにしても都市部のガーランに行くんじゃないだろうか。
「わざわざこんな田舎まで調査に来るなんて、別の目的があると思うが。」
「...そうですね、それは否定しないです。ただ、冒険者ギルドからの正式な書面もあります。」
「不審に思う気持ちもわかりますが、エリスの冒険者ギルドまで案内してくれませんか?」
「私たちは正式な団員ではなく下請けです。ですが、記憶式転移魔法が使えます。」
「記憶式転移魔法!...なるほど、俺の記憶からエリスまで転移できるってことか。」
うーん。
怪しい奴らではあるが移動の手間を省けるのはありがたい。
それにコカトリス討伐の証人にもなる。
正式書面だけ確認して今回は連れて行くか。
いざとなったら、俺の手でけじめをつけることにしよう。
正式書面を確認した後、コカトリスの死体を処理してエリスの街に帰還した。
4人と共に冒険者ギルドに直行する。
「依頼は完了した。調査通りコカトリスを見つけたから討伐したよ。」
「ウィルさん!無事でよかった、ありがとうございます。」
「ただ、巣からコカトリスの卵が無くなっていた。ガーランに聞き込みした方がいいかもね。」
「そうですか。...やっぱり盗難行為が原因ですか。」
「気づいていたか。まあ、その辺の調査は任せるよ。それよりお客さんだ。」
調査団の4人が前に出た。
「我々はラース・センテの冒険者ギルドから派遣された調査団です。コカトリスに襲われていた所をウィルさんに助けられました。聞けば、ウィルさんは"下位冒険者"だそうですね。」
ルーダの顔に緊張が走る。
「遠くからお疲れ様です。はい、ウィルさんは下位冒険者ですが、問題ありますか?」
「...コカトリス討伐の手順が非常に手馴れていました。色々と詳しくお聞かせください。」
「わかりました。ウィルさん、ここからは大丈夫です。お疲れ様でした。報酬は休んでから受け取りにきてください。」
冒険者ギルドを後にし、宿に戻って風呂に入った。
それにしても嫌な空気だったな。
何事もなければいいんだけど、ああ、頭が回らない。
そのまま布団に入り、満足するまで眠ろう。
悪い予感はよく当たる。
「ラウジディー・ウィルギス殿、あなたに違反行為が見られたのでラース・センテ冒険者ギルドで尋問を行います。」




