虎の焦燥
かのんがいなくなったことに気づいたのは、朝だった。
いつもなら、食堂の端の席に座っている時間。
湯気の立つ味噌汁を前に、小さく「おはようございます」と言う時間。
その席が、空いていた。
白瀧は湯呑みを持ったまま動かなかった。
「隊長?」
隊士が声をかける。
「……かのんは?」
「まだ見てません」
白瀧は小さく頷いた。
「そう」
それだけ言って席を立つ。
声は穏やかなままだった。
でも、胸の奥がざわついていた。
⸻
部屋を確認する。
布団は整えられている。
窓は閉まっている。
荷物は残っている。
胸の奥が冷える。
「……出ていったのか」
言葉が静かに落ちた。
⸻
清水五条の坂を下る。
朝の京都。
人が増え始める時間。
白瀧の足は止まらなかった。
行き先は分かっている。
鴨川。
⸻
川の音が聞こえる。
白瀧は立ち止まった。
最初に出会った場所。
彼女を拾った場所。
胸が締め付けられる。
「……まいったな」
小さく呟く。
思っていた以上に動揺していた。
冷静でいられるはずだった。
隊員が一人いなくなった。
それだけのことのはずだった。
なのに。
足が震えている。
「僕は」
小さく息を吐く。
「何をしているんだろう」
答えは分かっていた。
探している。
一人の少女を。
⸻
河川敷を歩く。
朝の光。水の音。
「……かのん」
声に出してしまって、苦笑する。
「本当に参った」
ここまで動揺するとは思っていなかった。
守る対象だったはずだ。
それ以上じゃないはずだった。
なのに。
胸の奥が痛む。
「君がいないと、困る」
初めて言葉にした。
その瞬間、はっきりと理解した。
守るだけじゃない。
そばにいてほしい。
白瀧は空を見上げた。
冬の空は高く、青かった。
「見つけるよ」
静かな声だった。
「必ず」




