まどろむ虎
療養生活は、静かだった。
任務から外され、私はしばらく隊舎で過ごすことになった。
怪我は軽いものだったのに、白瀧隊長は「念のため」と言って休ませた。
朝、目が覚める。
廊下の足音を聞く。
食堂へ行く。
訓練を眺める。
同じ毎日。
でも、以前と少しだけ違っていた。
「おはよう、かのん」
毎朝、隊長が声をかける。
「おはようございます」
それだけの会話なのに、なぜか安心する。
⸻
縁側。昼下がり。
湯呑みから細い湯気が立っていた。
「暇でしょう」
隊長が隣に座る。
「……少しだけ」
隊長は小さく笑った。
「よかった」
「よかった、ですか?」
「ゆっくり過ごす時間、君に必要だと思ってた」
私は湯呑みを見つめる。
「皆さんは任務なのに」
「君は今、休む任務だよ」
少し笑う。
「それも大事な仕事」
沈黙が落ちる。
でも、苦しくない沈黙。
「隊長」
「うん?」
「どうして、そんなに優しいんですか」
隊長は少し困った顔をした。
「優しいかな」
「優しいです」
しばらく考えてから言う。
「君が頑張ってるのを知ってるから」
胸が熱くなる。
「私、何もできてません」
「できてるよ」
穏やかな声。
「ここにいる」
言葉が出なくなる。
⸻
夕方、隊士たちが戻ってくる時間。
廊下が少し賑やかになる。
「隊長、出町柳寄ってきました!」
紙袋が差し出される。
「また買い食い?」
「休憩も任務です!」
袋の中から、甘い匂いがした。
「かのん、食べる?」
「え、いいんですか」
小さな団子を受け取る。
甘い。温かい。
「美味しいです」
隊長が少し嬉しそうに笑った。
「よかった」
「隊長は?」
「僕は甘いものは少し苦手」
「意外です」
「そうかな」
隊士たちの笑い声。
日常の音。
ここは、戦う場所なのに。
同時に、普通の場所だった。
⸻
夕暮れ。
「少し歩こうか」
並んで坂を下る。
清水五条の夕焼け。
観光客の笑い声。
普通の街の音。
「こういう時間、好きなんだ」
隊長が言う。
「普通の時間」
私は小さく頷く。
「私も好きです」
しばらく歩く。
沈黙。
でも、安心する沈黙。
「君が笑ってると、安心する」
足が止まる。
心臓がうるさい。
「……ずるいです」
「そうかな」
「そういうこと、簡単に言わないでください」
隊長は小さく笑った。
「本当のことだから」
夕焼けが滲む。
胸が痛い。
でも、あたたかい。
眠れる白虎の隣で、
私は初めて、安心して笑っていた。




