咆哮の沈黙
詰所の空気が重かった。
夕方の光が廊下を赤く染めている。
誰も大きな声を出さない。
私は医務室の前の椅子に座っていた。
手の震えがまだ止まらない。
鴨川での出来事が、頭から離れなかった。
怖かった。
何もできなかった。
また守られた。
扉が開く。
白瀧隊長が出てきた。
「かのん」
「……はい」
「もう大丈夫?」
小さく頷く。
「すみません」
言った瞬間、隊長が首を振った。
「謝らなくていい」
優しい声だった。
でも、その奥が少し違っていた。
静かな怒り。
「ここで待ってて」
隊長はそう言って廊下を進んだ。
その先に、副隊長が立っていた。
⸻
「せな」
穏やかな声だった。
でも、空気が張り詰める。
「無断で隊員を危険区域に連れて行くのは困る」
せなは腕を組んだ。
「実戦を見せただけです」
「まだ早い」
「いつまで守るつもりですか?」
沈黙。
「隊長はあの子を特別扱いしすぎです」
空気が凍る。
隊長はしばらく何も言わなかった。
そして静かに言った。
「謹慎だ」
せなの目が揺れる。
「一週間、任務から外れて」
「本気ですか?」
「本気だよ」
声は穏やかなままだった。
でも、これまで聞いたことのない声だった。
⸻
隊長が戻ってくる。
「終わったよ」
私は小さく言う。
「副隊長、怒ってましたか」
隊長は少し考えてから答えた。
「怒ってないよ」
少し笑う。
「ただ、少し疲れてるだけ」
私は俯いた。
「私のせいです」
隊長は首を振った。
「違うよ」
少しの沈黙。
「君が怪我をしなくてよかった」
その言葉が胸に刺さる。
隊長は窓の外を見たまま言った。
「本当に、よかった」
その声は、少しだけ震えていた。
その時、初めて気づいた。
この人は私のことで動揺している。
胸の奥が熱くなる。
そして同時に、怖くなる。
守られている。
それ以上の何かが、少しずつ動き始めていた。




