眠る虎の心
任務から戻った夜、隊舎は静かだった。
みんな疲れているはずなのに、どこか空気が軽い。
無事に終わった任務の後は、いつもそうなる。
私は一人、縁側に座っていた。
夜の空気は冷たい。
清水五条の坂の下から、街の灯りがぼんやり見える。
今日の戦闘が、頭から離れなかった。
神禍。
銃声。
隊員の動き。
自分だけが何もできなかったこと。
膝を抱える。
ここにいていいのか分からない。
「寒くない?」
振り向くと、白瀧隊長が立っていた。
「大丈夫です」
隊長は隣に座った。
少しだけ距離を空けて。
その距離が、優しかった。
「今日、初めて近くで見たね」
「……はい」
少し沈黙。
私は言ってしまう。
「私、やっぱり役に立てません」
隊長はすぐには答えなかった。
しばらく夜空を見上げてから言った。
「君は今日、何をした?」
「何もしてません」
「本当に?」
私は言葉に詰まる。
「逃げなかった」
隊長は穏やかに言った。
「それは簡単なことじゃない」
涙が出そうになる。
「でも皆さんは戦えます」
「うん」
「私は戦えません」
小さな声だった。
少しの沈黙。
「かのん」
優しい声。
「君は戦うためにここにいるわけじゃない」
顔を上げる。
「ここにいる理由は、それだけじゃない」
「でも、私は——」
言葉が続かない。
隊長はゆっくり言った。
「そばにいるだけでいい」
心臓が止まりそうになる。
「それじゃ、だめです」
「どうして?」
「守られてばかりです」
隊長は少し笑った。
「守られる人がいないと、守る理由がなくなる」
言葉が出ない。
「僕はね」
夜空を見上げたまま続ける。
「誰かを守れるって、幸せなんだ」
胸が痛くなる。
「君がここにいてくれると、僕は安心する」
呼吸が浅くなる。
「……ずるいです」
「そうかな」
「そういうこと、簡単に言わないでください」
隊長は小さく笑った。
「本当のことだよ」
沈黙が落ちる。
でも、さっきまでの苦しさは少し薄れていた。
「隊長」
「うん?」
「ここにいてもいいですか」
隊長は迷わなかった。
「もちろん」
胸の奥が温かくなる。
「ずっと?」
少しだけ笑う。
「君が嫌になるまで」
涙がこぼれた。
その夜、初めて思った。
ここは、帰る場所なのかもしれない。




