第8話:売れるのに儲からないという不思議
その日、父はいつもより早く家を飛び出していった。
仕入れ先の薬師さんが別の町から品をまとめて入れるらしく、早く行けば状態の良い薬草が手に入るという話だった。
「よし、今日はいつもより張り切っていくぞ!」
「無理しないでね。気温も高いし」
母が水筒を持たせ、私は小さく手を振った。
父は妙に気合いが入っていた。
(まあ……売れ行き好調だし、こうなるのもわかるけど)
しかし、こういうときこそ慎重にならないといけない。
商売はいい時ほど足元をすくわれるものだ。
夕方。
父は疲れ切った表情で帰ってきた。
「ただいま……」
「おかえり。どうしたの、その顔」
「いや……ちょっとな……」
荷台にはたしかに大量の薬草が乗っている。
状態も悪くない……むしろ良い。
なのに父の顔は晴れない。
「何かあったの?」
「……原価が、上がってた」
父の言葉に、私と母は同時に固まった。
「え、原価が? どれくらい?」
「二割ほど……いや、もっとだな。市場で買い漁る連中が増えてるらしくてな……供給が追いついてないらしい」
(なるほど……需要が増えれば、原価も上がる。それ自体は自然なことだけど)
問題は、このタイミングでそれが起きたことだ。
それでも、薬草はやはり飛ぶように売れた。
販売数はこれまでで最高だった。
だが――。
「父さん、今日の売り上げは?」
「ほ、ほらここに……」
父が計算した紙を渡してくる。
私は目を通し、すぐに気づいた。
「……利益、減ってるね」
「うぅ……やっぱりか……!」
父が頭を抱えた。
売れた数は過去最多。
ほぼ完売。
それでも、利益は前よりも薄くなっている。
(悪い時の赤字じゃない。でも、良い時に利益が減るのはもっと危ない)
母も数字を見て、眉をひそめた。
「こんなに売れてるのに……?」
「うん。仕入れ値が上がると、売れても利益は減るよ。むしろ回った量が多いぶん、仕事は増えてるのに……って感覚になると思う」
父はその通りの顔をしていた。
「なぁカイ……これって……どうすれば……?」
「まずは原因を整理しよう。悪いのは父さんじゃなくて、市場の供給量が減ってることだよ」
「お、おう……」
「それとね。これは大事なんだけど……“売れてるから大丈夫”って思うのは危ないんだよ」
父はゆっくりと頷く。
「確かに……今日、手応えはあったんだ。でも、売れた分だけ頑張って……それなのに儲けが少ないってのは……正直、こたえるな……」
「うん。だから、今のうちに気づけてよかったんだよ」
私は紙に三つの丸を書いた。
① 仕入れ先の追加
② 価格の見直し
③ 売れる時こそ冷静に
「この三つを考えないと、後で大変になるよ」
父はしばらく紙を見て、それから小さく笑った。
「カイ……お前の言うことって、なんか胸に刺さるんだよなぁ……」
「刺さるのは悪いことじゃないよ。強くなる前触れだよ」
母がくすくす笑い、父の背中をぱしっと叩いた。
「あなた、今のうちに小さい失敗したほうがいいのよ。大きくなってから同じ失敗すると、本当に痛いから」
「……うん、そうだな」
父の声は沈んでいなかった。
むしろ少しだけ強くなっていた。
(これでいいんだ。今のうちは、むしろいっぱいつまずいたほうがいい)
失敗は痛いけれど、成長には必要な材料だ。
それに――。
(原価が上がったってことは、市場が動き始めてるってことでもある)
この流れを利用するか、飲まれるかは、これからの判断次第だ。
小さな失敗は、未来につながる種でもある。




