第6話:噂というものは勝手に歩く
薬草が見事に売り切れた翌日。
父は朝から鼻歌まじりに荷馬車の点検をしていた。
母もいつもより軽い足取りで洗濯物を干している。
家の中の空気が、ほんの少しだけ明るくなった。
利益なんてわずか数十枚の銅貨なのに、気持ちは金貨十枚ぶんくらい軽くなる。
(やっぱり、成功体験って大事なんだな……)
と、そんなことを思っていたら――。
「すみません、こちらが例の薬草を売っていたお宅だと聞いたのですが!」
玄関の外から慌てた声がした。
父が驚いて駆け寄ると、見知らぬ若い女性が立っていた。
冒険者らしい格好だが、息が上がっている。
「あ、あの……昨日、仲間が買った薬草がすごく質が良かったって聞いて……。まだありますか?」
「え、えぇっと……昨日の分は全部……売り切れでして……」
「そ、そんな……!」
女性が肩を落とす。
父は慌てて両手を振った。
「だ、大丈夫です! 今日また仕入れに行く予定なので……!」
「本当ですかっ! よかったぁ……!」
女性の顔にぱっと笑みが戻った。
(……あれ? なんか、お客さん増えてる?)
どうやら、昨日の冒険者のお兄さんが噂を流したらしい。
「質がいい薬草を売る家があった」と。
噂というものは、ときどき本人の意図しない方向に走り出す。
その日のうちに、同じように噂を聞いたらしい人が二人も訪ねてきた。
「昨日の薬草、めっちゃ燃費よかったぞ!」
「子どもが選別してるって本当か?」
「目利きすごいって聞いたぜ!」
「いや、それはちょっと……」
私はこっそり後ろに隠れた。
三歳児が選別してると言われると、なんだか恥ずかしい。
しかし、父はというと――。
「いやぁ、まあ……うちの子はちょっと目が利きまして……」
完全に調子に乗っていた。
母が「もう……」と苦笑しつつも、まんざらではなさそうだ。
(これ……思っていたより早く拡がってるかも)
市場というのは、需要と供給よりも噂のほうが先に動くことがある。
特に価値が目に見えにくい商品はなおさらだ。
(となると……そろそろ、次のステップを考えないといけないよね)
家族だけで出資した小さなファンド。
でも、このまま需要が増えるなら、もっと大きな資金が必要になる。
その時――。
「カイ、ちょっといいか?」
父が私を呼んだ。
日差しの下で、やけに引き締まった顔をしている。
「どうしたの?」
「仕入れ量を増やしたいんだが……その……判断、任せてもいいか?」
「いいよ。でも、在庫リスクも上がるよ?」
「わかってる。それでも……挑戦したい。昨日、お前と母さんのおかげで久しぶりに自信がついたんだ」
父は少し照れながら笑った。
その笑顔がなんだか誇らしく見えた。
(……そうか。家族の気持ちまで動いてるんだ)
ファンドというのは、ただお金を増やすだけじゃない。
行動する人の心まで変えてしまうこともある。
「じゃあ、計画立てようか。次の仕入れは――」
私は地面に小枝で簡単な図を書いた。
売れた量、仕入れ値、回転速度、需要の伸び。
前世ではもっと複雑な表を作っていたけれど、今はこれで十分だ。
「これくらいなら、無理なく回せると思うよ」
「よし……やってみる!」
父が大きくうなずいた。
その瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(ああ……こうやって、人は前に進んでいくんだ)
まだ世界なんて救えていない。
でも、確かに何かが動き始めている。
噂と一緒に。
そして――我が家の未来も。




