第39話:そして少年は、“次の世界”へ
それは、ある静かな夕暮れのことだった。
運送ライダーたちの訓練を見届け、村の広場を歩きながら、私は肩の力を抜いていた。
――その時だった。
「お、お久しぶりでございます……」
あの“腰の低い声”が、背後から聞こえた。
振り返ると、前に一度だけ会った、あの神様がいた。
腰を九十度近く曲げて、必要以上にへりくだった、あの姿のままで。
「か、神様……?」
「は、はいぃ……神でございます……カイ様……」
相変わらず弱々しく、しかしどこか安堵を含んだ表情で神様は告げた。
「この世界の……“財政破綻による滅び”は……完全に回避されました……!」
神様は深く深く頭を下げた。
「すべて……カイ様のおかげでございます……魔動車、飛空艇、物流の改革、教育、保険……どれもこれも……!」
私は静かに神様を見つめた。
(そうか……本当に……救えたんだ)
胸の奥で、ずっと張り続けていた糸がようやく緩む。
「……よかった。本当に……よかった」
だが神様は続けて、いつも以上に申し訳なさそうに言った。
「その……誠に……恐縮なのですが……」
さらに腰を九十度以上に曲げながら。
「ご担当者様には……次の世界の救済へ向かっていただきたく……」
私は少し考えて、神様に質問を返した。
「この世界は……もう“救われた”と言えるのですね?」
神様は、迷いなくうなずいた。
「はい。この世界には、もう“未来を支える仕組み”がございます。人々はきっと力を合わせて繁栄していきます」
その言葉に、胸の奥の曇りがすうっと晴れた。
ふと、自分の手を見る。
ずいぶん大きくなった。
背も伸びて、声も前より少し大人っぽい。
気づけば――
私はもう 十歳 になっていた。
長いようで短い十年。
この十年で、私は世界を救ったらしい。
(だったら……胸を張っていいよね、少しくらい)
神様は言う。
「次の世界は……
悪徳商人や、裏金を受け取る役人……
国家間の裏取引が横行し……
さらに魔物とダンジョンが非常に多い……
過酷な世界でございます……」
私はそれを聞いて――笑った。
「えへへ……それでも私は“商人”ですから」
どんな世界であっても、人と技術と仕組みがあれば変えられる。
この十年で、それを学んだ。
―――
家に戻り、両親に告げた。
母は少し泣き、
父は肩を震わせ、
おじいさんは静かに笑った。
「カイ……お前なら大丈夫だ」
「絶対に帰ってこいよ……」
「坊はどこに行っても坊じゃ……誇りじゃよ」
仲間たちも集まってきた。
「また戻ってきてくださいね!」
「向こうでもファンドやるの?」
「カイなら、どこの世界でも救える!」
私は笑顔で、皆を見渡した。
「うん。行ってきます!」
涙ではなく、胸を張った笑顔で言えた。
神様が静かに杖を振ると、柔らかく光る魔法陣が足元に広がった。
「カイ様……どうか、次の世界も……よろしくお願いいたします……!」
「こちらこそ。世界を……救ってきます」
光が強くなり、景色が白く染まっていく。
最後に聞こえたのは、皆の声だった。
「「「カイーーー!!!」」」
そして私は、次の世界へと旅立った。
―――
悪徳商人。
暗躍する役人。
腐敗した政治。
ダンジョンと魔物の脅威。
――でも、大丈夫。
「さて。新しい世界に、商売を始めに行こうかな」
少年カイは、確かな一歩を踏み出す。




