第37話:痛みを、未来の盾に
レースの熱狂がまだ村に残る中、世界を震わせる“痛ましい出来事”が起きた。
―――
ある日の午後。
「緊急速報です!! 運送ライダー隊の一名が――事故に遭いました!」
その声が響いた瞬間、商会の空気が凍りついた。
「魔物との衝突だそうです!」
「書類は……? 本人は!?」
私は息を呑んだ。
「場所はどこ……?」
「北東の森。安全地帯のはずでしたが……」
その言葉には怒りよりも、深い後悔が混ざっていた。
(安全なはずの道に、魔物が……?)
―――
救護隊から届いた報告はあまりに重かった。
「ライダーの青年、腕と脚、それに肋骨が複数……折れています」
「……!」
言葉にならなかった。
「命は……?」
「奇跡的に助かりました。……ですが、長期治療は避けられません」
運送ライダー仲間たちは泣き崩れた。
「なんでだよ……!」
「アイツは真面目で……慎重で……!」
「早く届けたいって、それだけだったのに!!」
村中が一気に暗く沈んだ。
(これは……世界が“痛み”を知った瞬間だ)
―――
翌日には、各地から悲鳴にも似た声が届いた。
「もう魔動二輪は危ないのでは?」
「こんな怖い事故が……」
「運送ライダーを辞めさせたい!」
事故をきっかけに、魔動二輪全体への不信が広がり始めた。
(……これは放置できない)
―――
私はすぐに仲間たちを集め、宣言した。
「今日から、交通安全講習を教育ファンドに追加します」
「交通……安全?」
「魔動二輪専用の?」
「はい。速度の制御、魔力挙動の癖、魔物出現時の緊急回避……全部、“最低限学んでから” 公道に出てもらいます」
これはただの講習ではない。
“命を守るための仕組み” だ。
「さらに――保険ファンド を新設します」
一同の視線が集まる。
―――
「事故で怪我をした場合、医療費と休業期間の生活費を“保険”として支払います」
「保険……?」
「そんな仕組みが……できるのか?」
「できます。みんなで少しずつ出し合って、事故の時に大きな力になる仕組みです」
なぜ必要か、私ははっきりと伝えた。
「技術はどれだけ進歩しても“事故はゼロにならない”。だからこそ、不測の事態に備える仕組みが必要なんです」
その場にいた誰も反論しなかった。
―――
「そしてもうひとつ。
R&D企業には、本日から優先課題を任せます」
私は机に置かれた魔動二輪の図面に、新しく赤い線をいくつも引いた。
「プロテクターとヘルメットを作ります」
「ヘルメット……?」
「頭を護るためのものですか?」
「はい。もし今回、頭を守る装備があったら……青年はもっと軽傷で済んでいたはずです」
胸が苦しくなりながらも、言い切った。
「絶対に作ります。そして、すべてのライダーに義務付けます」
R&D社員たちは真剣にうなずいた。
「すぐに取り掛かります!」
「素材の見直しから始めよう!」
(本当は……もっと早く気づくべきだった)
けれど今は、立ち止まる時間はない。
―――
数日後、ライダー仲間たちが治療中の青年を見舞った。
「カイさん……俺の事故で、迷惑を……」
「迷惑なんかじゃない。君のおかげで、みんなが守られる仕組みができる」
青年は涙をにじませ、弱々しく笑った。
「……なら、よかった……俺の痛みが……無駄じゃなくなる……」
(無駄にしない。絶対に)
安全講習、保険制度、防具開発――どれも彼の“痛み”から生まれた改革だ。
村人たちも徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
「保険があるなら安心だな」
「安全講習を受けてから乗らせよう」
「ヘルメットっていうの、早く欲しいわね」
恐怖は消えない。
けれど、恐怖に“意味”を持たせることはできる。
(人は失敗して、怪我をして、痛みを知って……そこから仕組みが生まれる)
事故は辛い。
でも、その悲しみを繰り返さないために私は今日も仕組みをつくる。
「……次は、“道そのもの”も安全にしなきゃね」
父が静かにうなずいた。
「カイ……お前の責任は重いが、その背中を見て助かろうとする者も多いんだよ」
私は深く息を吸い、顔を上げた。
(守るための技術も、必ず必要になる)
こうして、世界はまた新しい一歩を踏み出した。




