第35話:風を切る車輪と、駆け抜ける文字
株式ファンドの成功により、魔動車工場は活気を増し、工員の数も設備も増強され、生産速度は倍以上になっていた。
その結果――巨大な変化が静かに、しかし確実に現れ始めた。
―――
「カイ様! 魔動車の新しい価格表が出ました!」
工場長が誇らしげに見せたそれを見て、私は思わず息をのんだ。
(……下がった。ここまで下がるとは)
素材の安定供給。
大量製造によるコスト削減。
投資資金での設備強化。
それらが重なり、魔動車はついに――上流貴族の“手が届く贅沢品”レベル に値下がりした。
「ついに……王族専用から、貴族社会へ降りてきたね」
「はい! この勢いなら、数年でさらに……!」
その知らせは村にもすぐ届いた。
「いつか……いつかこの村にも魔動車が来る日が……」
「夢じゃないんだねぇ……!」
「貯金して、株も買って……がんばるよ!」
金融リテラシーを学んだ村人たちは、価格の動きに冷静で、しかし未来にはとても明るかった。
(“夢を見ることは悪くない”って、こういうことなんだな)
―――
そんな中、研究所から突然の連絡が入った。
「カイ様! また見てほしいものがあります!!」
(また……嫌な予感が……いや、良い予感か?)
駆けつけると、研究者たちがきらきらした目で囲んでいた。
「こちらが新作の――魔動二輪です!」
そこには、細身の車体に二つの車輪。
魔力石の小型化と魔力制御の簡易化に成功した結果、
魔動車よりはるかに安価な“魔力バイク”が完成していた。
私は思わず触れる。
「軽い……本当に安くできたんだ?」
「はい! 一台あたり、魔動車の五分の一ほどです!」
(これなら……庶民まで行けるかもしれない)
―――
魔動二輪の噂が広がると、奇妙な一団が、商会の門を叩いた。
「生活支援投資会社のカイ殿にお会いしたい!」
声変わりしたばかりの若い男。
その背後には、同じように若く、活気に満ちた貴族の子弟たちが並んでいた。
「わ、若い貴族……? 何の御用かな?」
代表らしき青年が胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「我々、貴族見習いにございます! 魔動二輪を使って、“書類の運搬業”を始めたく参りました!」
「運搬……?」
「はい! 今の郵便は馬か飛空艇に頼っておりますが、もっと小さな荷物――手紙や書類は、魔動二輪で飛ぶように運べるはず!」
仲間たちもうなずく。
「早馬より速く!」
「書類を迅速に運び、国を機能させたい!」
「そのためのルート開拓資金を、どうか投資していただけないかと!」
(……なんてまっすぐなんだ)
私は嬉しくなってしまった。
「もちろん協力するよ。君たちの“運送ライダー”が世界を速くするなら、ぜひとも投資したい」
「!! ありがとう存じます!!」
青年たちは歓声をあげ、まるで自分たちの未来が一気に開けたような表情をした。
―――
運送ライダーは、魔動二輪に特化した“軽量高速配送業”として始動した。
彼らは軽やかに村から村へ、街から街へ。
「書類のお届けに参りました!」
「重要書簡、確かにお渡しします!」
「早すぎる……もう来たのか……?」
王都での評判は特に高かった。
「政務が……速く回る……!」
「書類が朝頼めば昼に届くなんて……文明の進歩だ!」
飛空艇は大陸を結び、
魔動車は人と物を運び、
魔動二輪は“文字”を運ぶようになった。
(これで、人と知識はもっと近くなる)
―――
飛空艇が空をわたり、魔動車が道を走り、魔動二輪が風を切って駆ける。
そのすべてが、世界の距離を少しずつ縮めていく。
「カイ、また世界が速くなったな」
父が目を細めて言った。
「うん。言葉が届くのが速くなれば、争いも誤解も、少しは減ると思うんだ」
おじいさんが杖で地面をコツンと叩いた。
「ええのう坊。空も地も風も、全部味方につけおったわい」
(味方にできたんじゃない。“必要としてくれた人がいた”だけだよ)
私は心の中で、小さくそう呟いた。




