第32話:夢物語に、車輪と翼をつけよう
護衛会社ファンドが軌道に乗り、物流網も安定してきた頃。
(……ここから先は、慎重に行かないと)
私は机に広げた資料を眺めながら、小さく息を吐いた。
農業ドーム。
加工工場。
物流ファンド。
護衛会社。
どれも世界を良くするために作った仕組みだけれど、途中で何度も歪みかけたのも事実だ。
(技術はただ広げればいいものじゃない。ちゃんと“受け皿”と“速度”を考えないと、誰かが溺れる)
だからこそ、次の一手は――最初から制御できる形で始める必要があった。
「というわけで、新しく会社を作ります」
私がそう宣言すると、父も仲間たちも目を丸くした。
「ま、また会社!?」
「今度は何ファンドだい?」
「研究開発専用です。名前は――」
私は少し照れながら言った。
「R&D(研究開発)企業 です」
「……あー、カイ様らしい名前だ……」
交渉担当が苦笑いしながらも、どこか楽しそうだった。
―――
「で、このR&D企業に最初に協賛するのは――」
「どうせまたウチなんだろう?」
父が諦めた顔で手を挙げた。
「はい。生活支援商会(投資会社)だけです」
他国からの資金は、あえて最初は入れない。
技術の方向性が定まるまでは、責任を外に広げたくなかった。
「今回はちょっと……夢物語みたいなことをやるので」
「夢物語?」
「うん。空を飛べる乗り物と、自分で走る乗り物の開発をやります」
その一言で、場の空気が変わった。
「空……?」
「飛ぶ……乗り物?」
「馬も車輪も使わずに……?」
呆然とする大人たちをよそに、なぜか学者と魔術師たちだけが、きらきらした目でこちらを見ていた。
「あの、それ本気で?」
「魔力の流れを応用すれば、理論的には……」
「いやしかし浮力が……推進力は……」
集まってきた学者や魔術師たちは、その“夢物語”に、あっという間に心を掴まれてしまったようだった。
(……良かった。こういう人たちを巻き込むのが一番早い)
―――
それからのR&D企業は、毎日がお祭り騒ぎだった。
「魔力制御陣の線が一本ずれただけで爆発します!」
「じゃあずらさないで!」
「エンジンが動いたーーー!!」
私は安全距離を取りつつ、研究所の様子を見守っていた。
彼らのテンションは高すぎたが、技術の進歩は目覚ましかった。
そして――ある日。
「カイ様! 試作機、動きました!!」
研究所の前には、馬なしで走る四輪車――魔動車。
そして、村の外の試験場には、船のような胴体に巨大な魔力翼を持った――飛空艇。
「……本当に、できちゃった」
思わず本音が漏れた。
魔動車は魔力石を動力に地面を疾走し、飛空艇は魔力陣と風の魔法でゆっくりと空へ浮かび上がった。
村人たちも、冒険者たちも、口をぽかんと開けている。
「空飛んでる……」
「馬も綱もないのに走ってる……」
「なにあれ……魔法? いや魔法だけど……」
おじいさんは杖をつきながら、ぽつりと言った。
「坊や、とうとう空まで商売の範囲に入れてしまったか……」
―――
感動の後にやってきたのは、現実だった。
「……それで、これ一台いくらなの?」
私が尋ねると、研究担当が申し訳なさそうに答えた。
「魔動車一台につき、お屋敷一軒分くらいです……」
「飛空艇は?」
「……小さな村なら一つ買えるくらい……です」
沈黙。
父が真っ青な顔でふらりとよろけた。
「そ、それは……つまり……普通の人は一生かかっても買えない……?」
「ですね」
(ですよね……)
魔力石、高度な加工、魔道具技師の手間――全部詰め込めば、そりゃ高くもなる。
つまり今のところ、生活支援商会くらいしか手が出せない 代物だった。
「これは……個人向けじゃないね」
私はすぐ切り替えた。
「だったら、“運送業”として使おう」
―――
私は再びファンド協賛の枠を開いた。
「魔動車と飛空艇を使った“新しい運送業”を始めます。協賛してくれた国には、運賃の一部を分配します」
説明のポイントはこうだ。
魔動車 → 陸路の高速輸送
飛空艇 → 山岳地帯・海・国境を越える空輸
御者 → 魔動車の運転手に再教育して転職
船員 → 飛空艇の乗組員として雇い入れ
これにより、
「雇用が増えます」
「移動速度が上がります」
「今まで届かなかった場所にも物資が届きます」
と、整理して見せた。
各国はまたしても最初は懐疑的だったが――試験運行で成果を見せると、態度が一変した。
「山を越えるのに一週間かかっていたのが、一日で……!」
「魔動車の速度、馬車の比ではない!」
「これなら僻地の村にも、物資が滞りなく届くぞ!」
そしてまた、協賛の申し出が次々届いた。
―――
「俺、今日から魔動車の運転手になった!」
「私は飛空艇の乗組員! 空、ちょっと怖いけど楽しい!」
馬車の御者は、魔動車の運転手へ。
船の船員は、飛空艇のクルーへ。
今までの経験が、そのまま活かせる職場だった。
「前は天候に左右されて大変だったが、今は魔力制御のおかげでだいぶ楽だ」
「それに、ちゃんと“会社”として守ってくれるからね」
彼らの顔は、生き生きとしていた。
(技術は、人の仕事を奪うこともある。でも――新しい仕事を“必ず”生み出すこともできる)
私は空を見上げて、小さく笑った。
青空の彼方を、一隻の飛空艇がゆっくりと横切っていく。
「よし……次は、この空と地面をどう繋ぐか、だね」
父は呆れながらも、誇らしそうに言った。
「カイ……お前、次は何を動かす気だ……世界か?」
「もうとっくに動いてるよ、世界は」
おじいさんの笑い声が、風に混じって聞こえた。




