第27話:迷いは、未来を開くためにある
農業ドームが村に並び、季節に関係なく薬草が育つようになって数週間。
村はこれまでにない活気に包まれていたが――私は、たった一人で頭を抱えていた。
(……本当に、これで良かったのかな?)
農業ドームは便利だ。
気候の壁を越え、安定供給を実現した。
投資も集まり、商会の基盤は確実に強くなった。
けれど、その裏で起きていたことがあった。
―――
「カイ様……うちは、もうドームを買えそうにありません……」
「周りがどんどん導入していて……もう同じ価格では売れません……」
「畑を手放すしか……」
貧しい農家ほど、ドームの費用を払えない。
結果として、農家が廃業し始めた。
さらに――
「薬草の値段が下がってきたぞ!」
「ドーム組は大量に作れるからな……」
「普通の畑はもう太刀打ちできん!」
定価が落ち、古い農法は徐々に押し流され始めた。
(技術って……本当にこれでよかったの? 進歩は大事。でも、それで誰かを追い詰めてしまうなら……)
胸が痛んだ。
私は、初めて――自分の作った仕組みに迷いを感じた。
―――
そんな時だった。
村に、杖をついた細身の学者がやってきた。
「君が……カイ君だね?」
「はい。あの、何かご用ですか?」
「農業ドームの件だ。あれ、あまりにも優秀すぎる。世界中の学者が注目しているよ」
「……そうなんですか?」
学者は懐から、小さな模型のようなものを取り出した。
「そこでだ。“ドームの小型化” を提案したい」
「小型化……?」
「そう。大規模なドームは高いが、小型化すれば――地方の貧しい農家でも導入できるようになる」
私の心が一瞬だけ明るくなる。
「……本当に?」
「もちろんだ。コストを三分の一以下に抑えられる。これなら、畑一枚単位で設置できる」
さらに学者は続ける。
「そしてね。作物の価格も、原価に合わせて少しずつ下がり始めている。それは悪いことじゃない。物価が自然に下がり始めているという証拠だ」
私は思わず息を呑んだ。
(世界は……壊れてなんていない)
むしろ――技術が新たな可能性を生み、学者たちがそれをさらに洗練しようとしている。
私はゆっくりと、胸の重荷がほどけていくのを感じた。
「ありがとうございます……少し、救われた気がします」
学者はにっこり笑った。
「技術はね、誰かの善意で支えられてこそ進むものだよ」
(……そうだ。技術が広がるなら、次に必要なのは――“仕事を失った人たちの居場所” だ)
農業が効率化すれば、余剰人員は必ず出る。
しかしそれは悪いことではない。
新しい仕事が必要になるというだけだ。
私は商会の仲間たちを集めた。
「みんな、新しいファンドを作ります」
「おお……カイ様、新しい仕組みですか?」
「どんなものだい?」
私は紙に大きく書いた。
『食材加工サービスファンド』
「……加工?」
「薬草や食材を加工するのか?」
「はい。農家や失業した人たちを雇って、簡易工場を作ります!」
みんなの表情が一気に明るくなる。
「工場……!」
「あたしたちでも働けるの?」
「技術は必要なのか?」
「必要ありません。手作業でも十分役に立ちます。干し草、粉末化、茶葉加工、保存食づくり……どれも地域に価値を生む仕事です」
私は続ける。
「農業ドームの普及で原価が下がり始めた。なら、その“恩恵”を――加工に回して、地域全体の利益に変えましょう」
父は泣きそうな顔で笑った。
「カイ……もう迷いはないんだな」
「はい。技術は広がる。だからこそ、みんなで一緒に成長すればいいんです」
おじいさんが杖を軽く鳴らしながら言った。
「坊。迷いは悪いもんではないぞい。迷ったぶんだけ、歩く道は強くなるもんじゃ」
私は照れながら笑った。
(……次は、“加工の時代”をつくる番だ)
こうして、食材加工サービスファンド が始動し――
生活支援商会は、農業・加工・物流を一体にした
“新たな産業基盤” へ進み始めるのであった。




