第13話:静かな波が大きな渦へと変わる
ポーションファンドが動き出して一週間。
村の空気は、ほんの少しだけ変わり始めていた。
「カイ坊、あのポーション助かったよ。昨日、畑で腰をひねっちまってな」
「これ、持ち歩くのにちょうどいい大きさだわ」
「次の募集はいつなんだ?」
広場を歩くだけで、声をかけられる回数が増えた。
もちろん悪い気はしないが、どこか胸の奥がそわそわする。
(みんながポーションを持つようになって……怪我への不安が減った。これは“村の消費の形が変わり始めた”ってことだよね)
安心が増えると、人は余裕を持つ。
余裕があれば、新しいものを買う。
そうして、村全体の“流れ”が変化する。
「ねえカイ、これ見て」
母が道具屋さんで買い物をしていたらしい。
両手には、おしゃれな色で染めた布きれが数枚。
「最近こういうの売れ始めたんだって。村の人が“余裕ができたから”って」
(……やっぱりか)
消費は連鎖する。
ポーションの負担が軽くなったことで、別の物を買う余力が生まれている。
小さな村でも、その変化は数字以上に大きい。
「カイ、聞いたか?」
父が慌てた様子で走ってきた。汗が額を伝っている。
「どうしたの?」
「市場に……妙な動きが出てる」
「妙な動きって?」
「薬草の値段が……下がり始めたんだ!」
来た。
私はすぐに父の言葉の意味を理解した。
(薬草の値上がりがピークを越えて、“逆回転”が始まったんだ)
理由は想像がつく。
① 買い占めていた商会が、売れない恐怖で少しずつ在庫を放出し始めた
② ポーションファンドのおかげで、村では薬草そのものの需要が落ちた
③ 他の村でも「薬草より加工品で十分じゃないか」という動きが出た
こうした小さな変化が積み重なって――価格は静かに、しかし確実に落ちていく。
「カイ……こ、これはまずいのか……?」
「まずくはないよ。でも、“変わり目”が来たってことだね」
父が不安げに眉を寄せたので、私は丁寧に言葉を選んだ。
「値段ってね、波みたいなものなんだよ。上がる時期もあれば、下がる時期もある。それ自体は自然なことだけど――大事なのは波に巻き込まれないこと」
「巻き込まれない……」
「うん。つまり、波が来る方向を読んで動くことだよ」
父は真剣な顔で聞いてくれていた。
「じゃあ……これはチャンスか?」
「うん。チャンスだよ」
薬草の値段が下がるということは――“仕入れの拡大ができる”ということ。
でも、それだけじゃない。
ポーションファンドで村のお金を動かしたことで、今は“村全体がカイの判断を信じてくれている時期”でもある。
(次の一手を打つなら、今だ)
すると――。
「カイ!」
広場の向こうから、鍛冶屋のおじさんが走ってきた。
汗だくで、息が上がっている。
「どうしたの?」
「この前のポーション、また追加で欲しくなってな! 今度は仲間も出資したいって言ってるんだ!
次の募集はいつだい!」
(……なるほど。村の“流れ”が完全に変わった)
怪我をしやすい人たちが、ポーションを“家庭の備え”として考え始めたのだ。
「ファンドは、続けるよ。でも――」
私は父と母を見た。
「少し仕組みを広げてもいいと思う」
「仕組みを……広げる?」
「うん。“村のお金を預かって動かす”ってことは、村全体の未来とつながるからね。だから次は――」
私は胸の奥に芽生えた考えを、そっと言葉にした。
「薬草とポーション、両方を扱う“生活支援ファンド”にしよう」
「生活支援……?」
「薬も道具も、暮らしの安心に必要なものを、みんなのお金で支える仕組みだよ」
父と母は驚きと誇らしさの混じった表情で私を見つめた。
そして、鍛冶屋のおじさんが笑って言った。
「なんだか村が明るくなるなぁ、カイ坊!」
私は小さく笑った。
(そう。小さな波は、誰かの生活を変えることができる)
薬草高騰の影、ポーションの売れ残り、値崩れの始まり――すべてはただの変化じゃない。
正しく読めば、村の未来を良くする“鍵”に変わる。
私はそっと拳を握った。
「次のファンドも成功させよう。みんなの生活のために」




