第11話:見えない変化を拾う目
薬師さんとの固定契約を結んで数日後。
薬草の仕入れは安定……とは言い難かったが、少なくとも値段に振り回される心配は減った。
しかし、その代わりに「別の変化」が静かに始まっていた。
「なあカイ……これ、どう思う?」
父が差し出したのは、村の道具屋の店先に山積みになっていた“ポーションの瓶”。
本来なら高いはずの治癒薬だ。
「あれ、こんなに残ってたっけ?」
「いやぁ……最近、冒険者が薬草を自分で煎じるようになったらしくてな。ポーションが売れてなくて困ってるって」
私は瓶を一つ手に取って、静かに頷いた。
(……始まってる。加工品の値崩れ)
薬草が高騰すると、割高な加工品は“見向きされなくなる”。
需要が落ちると、売れ残りが積み上がり、さらに値段が下がり始める。
つまり――薬草が高すぎて買えない人が増え、かといって加工品も“売れない”。
小さなデフレの影が、じわりと差し込んでいた。
「カイ、このままじゃ薬師さんもうちも困るぞ……」
「うん。でも、困ってるのは村のみんなも同じだよ」
ポーションは怪我の多い村にとって必要品だ。
売れないまま放置されれば、品質が落ちて逆に危険になる。
(どうにかして、この“行き場のない商品”を価値に変えないと……)
そこで、ひとつの考えが浮かんだ。
「父さん。……“みんなで買えばいい”んだよ」
「みんなで……?」
「そう。お金を出し合って、ポーションをまとめて買う。大瓶のままじゃ高いけど、小瓶に分ければ十分な量になる」
「なるほど……だが、それってまさか……」
「うん。“新しいファンド”を作る」
父の顔が驚きで固まる。
「今までは家族だけだった。でも今回は、村の人たちにも参加してもらう。名前は――《ポーションファンド》」
母が店の奥から出てきて、興味深そうにこちらを見た。
「それって……どういう仕組みになるの?」
「簡単だよ」
私は地面に小枝で図を描いた。
① 村のみんなが少額を出す
② そのお金で“売れ残って値崩れしたポーション”をまとめ買いする
③ 大瓶を“小瓶”に小分けして、人数分に分配する
④ 余った分は販売し、利益が出たら出資者に返す
「つまり、みんなにとっても、道具屋さんにとっても、損のない仕組みだよ」
父が唖然とした顔で私を見る。
「カイ……お前、三歳だよな……?」
「うん。たぶん三歳」
「たぶんってなんだ……」
母が笑いながら肩を叩いた。
「でも、これはいい案だと思うよ。村の人みんな、薬代に困ってるしね」
私は大きく頷いた。
(それに……これをやっておけば、来る“本当の値崩れ”にも対応できる)
薬草の高騰はもう限界に近い。
その反動は必ず加工品に来る。
そして加工品の値崩れは、逆に“買い時”でもある。
そこに資金を入れるのが、ファンドという仕組みだ。
「ただ、ひとつだけ大事なことがあるよ」
「大事なこと?」
「“信頼”。村のみんなからお金を預かるんだから」
父と母は静かに頷いた。
今まで家族だけで回していたからこそ、次に進むためには信頼が必要なのだ。
(薬師さんの場合と同じ。商売は、結局は人と人なんだ)
その日の夕方、私は村の広場で小さな箱を置いた。
「ポーションファンド、募集します!」
周りの大人たちがざわついた。
「なんだなんだ、またカイ坊か?」
「今度は何を始めるんだい?」
「説明します!」
私は胸を張った。
村の人たちは、最初は半信半疑だった。
でも、話を聞くうちに、少しずつ表情が変わっていった。
「怪我した時にすぐ使えるなら助かるな」
「大瓶を買うより安いんだろ?」
「分配なら不公平にもならないし……」
一時間後。
箱の中には、銅貨がたっぷり入っていた。
「カイ、本当に集まったぞ……!」
「うん。これで、ポーションを全部買えるよ」
村の信頼が、箱の中に確かに詰まっていた。
(よし、行こう――次のステップへ)
こうして――
《ポーションファンド》が正式に始まった。
小瓶が光る未来が、少しだけ見えた気がした。




