友情とは告白されることのない情熱である
去るもの追わないがデフォルト設定、誰にでも等しく接することができる。苦手な人はいなかった。
自分でいうのもなんだが、素晴らしく生きやすい性格の持ち主だと思う。
「猫丸って、人に興味がないよね」
「んあ? そうかな」
飲んでいたいちごミルクのストローを少し噛んだ。図星だからだ。
「猫丸は恋人ができても、そう言われて振られてそう」
「できたことないから分かんないけど、どうなるんだろーね」
犬飼は大きなため息をついた。セルリアンブルーの空が後ろに広がっている。南中高度の恐ろしく高い太陽が窓から元気に差し込んでくる。
素晴らしきお天気の日の昼休み。自分たち以外誰もいない空き教室。犬飼は何か言いたげな様子だ。自分は察することはできるけど、行動するのは面倒臭いと思う性分だ。犬飼が直接言ってこないなら、気づかないフリをしようと思った。
「東京に進学したら、ラインとインスタ消して高校までの友達全部切ろうと思う」
ふうんと頷く。犬飼ならやりそうだと思った。こやつは大多数の人間から陽キャだとみなされているが、なかなか根っこがタールに浸っているところがあった。
「誰とも?」
兎内も含まれるとは。あんなに愛を囁いていたのに、不思議だ。
「うん」
犬飼は短く言った。
ふうん、再び頷く。
こういう話題は相手からの話を待つのが定石だと知っていた。こちらから突いても、どこが地雷か分からないからだ。
「猫丸はどう思ってんの、って聞いても意味ないんだろうな。口癖はどうなんだろうな? だし」
「連絡が取れなくなると心配はすると思うよ、みんな」
「だから先に言ってんだよ、聞かれたら切るって言ってた、そう答えたらいいだろ」
「ああ、うん」
犬飼は怒っていた。声の調子がそう言っていた。すぐに話聞こか、なんて聞けばよかったのだろうか。なんでとか、寂しいだろとか、一般的に求められている回答を導き出せばよかったのか。
「猫丸は、自分から人を遊びに誘ったことないだろ、興味がないんだよ、誰がどう動こうが」
主観では10秒くらい沈黙していた。答えにくい質問は困る。相手と自分の距離感、言った後どう相手に影響があるか、諸々概算した上で発さなければならない。
「質問してんだけど?」
あー、逃げられないパターンね、OK。猫丸18歳は思考した。視線を感じる、背中に汗がつたう。
猫丸は、一般の人間ならこうあるべきだ、のロールモデルを加味して生きていた。一般の人間なら、入学後周りの人と早々に友達になり、一般の人間なら、そこそこ緩い部活に入り週2-3回くらい興じ、他の日は塾に行ったり、休日は友達と遊びに行ったりする、一般の人間なら。なんて考え取り組んできた。
なのでぶっちゃけ極論を述べると、猫丸的に、友達はいらなかった。なんなら、学校も部活もなくていいと思うし、休日も1人で全然、むしろ1人でよかった。
学校を楽しいとも、しんどいとも感じたことは無い。一般の人間なら行ってるしな、くらいの感覚で今現在の高校三年生になった。友達がいてもいなくてもどっちでもよかったが、友達を作らなければ、心配した担任から両親に連絡がゆき、正常な定型発達かなされていないとみなされ、カウンセリングに連れていかれる場合がある。それこそ面倒臭いことこの上ない事態だ、と考え、一般の人間なら、という気持ちで友達を適度な人数確保していった次第なのである。
だから、正直なことを述べると、犬飼にこれといって強い感情を抱いたことはなかったし、縁が切れても寂しいとは思わなかった。興味がない、とは言い得て妙だと思う。
友達との遊びも、社会生活に適応するための必須クエストのようなものだった。自分から募集を掛けなくても、友達と遊ぶクエストは当たり前に舞い込んできた。だから、今まで一度も自分から誘ったことはないのである。そのスタンスでいいと思っていたし、それが悪いとも思っていなかった。だが、犬飼の指摘から察するに、悪いことらしい。
だが、果たして猫丸の思考の要約「君がいなくても寂しくはない。自分から誘ったことは1度もない」をそのまま伝えたところで、犬飼は怒る気しかしない。猫丸は友達と真っ直ぐな喧嘩をこれまで一度もしたことがなかった。何が起こるか想像しかできない世界に足を踏み入れたくはなかった。
「もういいよ」
バンっと机に手を置いて、ゲーム実況的に言うと両手で台パンをして、犬飼は立ち上がった。
昼休みが終わりの鐘がなる。猫丸は奇妙な気分だった。犬飼が去ってどこかホッとした自分がいる一方で、心臓の動悸が煩かった。
教室に戻ると、犬飼は陽キャ仲間といつもの如く談笑していた。目が一瞬合って、逸らされる。
パッと笑顔が咲いて、居酒屋のような笑い声が湧いた。
タイトルはどこかの国のすごい人が言っていた言葉です。