最終章 女王の誕生──そして伝説の令嬢へ
──それから数年の月日が流れた。
国王の崩御に伴い、ジェームズが新王として即位。そしてその隣には、彼と完全に対等な立場で国政を司る、ヴァルミナ王妃の姿があった。
私たちが主導した数々の改革は、瞬く間に目覚ましい成果を上げた。
平民参政権の導入により、議会には民衆のリアルな声が反映されるようになり、腐敗した中間搾取が根絶されたことで国庫はかつてないほど潤った。さらに、グラックフォール家が秘匿していた高度な魔術知識と、平民たちの職人技術を融合させた「魔導技術」の産業化に成功。これにより、冬の寒さに凍える最貧層の家庭にも安価な魔導ヒーターが行き渡るなど、民の生活水準は劇的に向上した。
かつて私を「傲慢な悪役令嬢」と蔑んでいた貴族たちは、今や私の前で一言も発せぬほど心服し、民衆は私を「救国の聖妃」と称えて熱狂した。この一連の統治体制は、後世の歴史家たちから、ヴィヴィアンという光の象徴と、ルカスという影の執行人、そしてそれらを束ねた私による「光と影の調和」と称されることになる。
「平民の子も、貴族の子も、生まれに関係なく同じ教育を受け、同じ夢を見られる世界を──」
私が掲げた教育改革の理念により、身分を問わない大規模な「王立総合学院」が設立され、その開校式の夜。私は激務の合間を縫って、王城の最上階にあるバルコニーから、眼下に広がる王都の夜景を見下ろしていた。
かつて大反乱の炎に包まれかけた街は、今や色とりどりの魔導ランプの光で美しく彩られ、夜遅くまで商合たちの活気ある声や、子供たちの健やかな笑い声が風に乗って聞こえてくる。
「……まさか、ただの過労死OLだった私が、ここまで来ちゃうなんてね」
ふと、誰にも聞こえないような小さな声で前世を懐かしむ。あのままあのブラック企業で使い潰されて終わっていたら、こんなに美しい景色を見ることはなかっただろう。
「──お一人で感傷に浸りながらの密談か? 相変わらず油断のないことだ、ヴァルミナ様」
気配もなく、バルコニーの影から一人の男が姿を現した。
白銀の髪を夜風に揺らし、かつての刺すような冷徹さを潜め、どこか悪戯っぽく微笑むルカスだ。彼は今や、王国の裏の治安維持組織の長として、私の絶対的な右腕を務めている。
「あら、ルカス。相変わらず足音がしないわね。……そちらの『大掃除』は終わったの?」
「ああ。隣国の残党と、改革に反対していた最後の不穏分子どもは完全に処理した。これで君の進める教育改革の予算を邪魔する奴は誰もいない。……本当に、君は恐ろしい女性だよ。たった数年で、この腐りきっていた国を根底から作り変えてしまった」
「お褒めに預かり光栄だわ。でも、私一人の力じゃない。あなたという『影』が不浄をすべて引き受けてくれたから、私は『光』の舞台で綺麗事でいられたのよ」
私の言葉に、ルカスはふっと自嘲気味に、しかし深く満ち足りたように目を細めた。
「君が俺に『対等の同盟』を持ちかけてくれたあの日から、俺の復讐は終わったんだ。この国は本当に良くなった。……君の臣下になれたことを、俺は誇りに思っている」
「ありがとう、ルカス。これからもよろしく頼むわね」
私が微笑むと、彼は恭しく一礼し、再び闇に溶けるように姿を消した。
入れ替わるように、背後の扉から「ヴァルミナ!」と私を呼ぶ、愛しい夫の足音が聞こえてくる。
私はもう、ゲームのシナリオにも、他人の悪意にも、決して操られない。
自分の運命を、大人の知恵と不屈の覚悟で完全に切り開いた。これこそが、私の、悪役令嬢ヴァルミナの──究極の「成り上がり」の結末だった。
*****
──それから、百年の時が流れた。
王国の最大規模を誇る「ヴァルミナ記念中央図書館」の奥深く、最も厳重に管理された一画に、金色に輝く装丁の一冊の古書が収められていた。
『成り上がり令嬢、ヴァルミナ王妃伝』
そこには、かつて「傲慢な悪女」として周囲に恐れられた一人の公爵令嬢が、いかにして世界の破滅のシナリオを書き換え、国を救い、光と影のすべての人々の心を一つにしたかが、驚異的なディテールと共に詳細に記されている。
今日も、図書館の無料開放スペースでは、身分のない平民の子供たちが、目を輝かせながらその本を囲んで読み耽っていた。
「ねえ、私も大きくなったら、ヴァルミナ王妃様みたいに強くて賢い人になりたい!」
「俺だって、あんな風に困っている弱い人の味方になれる、カッコいい魔法使いになるんだ!」
かつて世界から嫌われるはずだった「悪役令嬢」の物語は、とうの昔に終わりを告げた。
しかし、彼女が前世の魂を燃やして築き上げた新世界の礎と、その気高き「成り上がり」の伝説は──百年後の未来も、そしてこれからも永遠に、人々の心の灯火として生き続けていく。
THE END




