生徒会長の弟 ⑤ 【番外編】
3年2組と義一が「ありがとう」に向かう数日前。
俺らSLAYは地下に集まってた。
冷えたコンクリの床に座って、コンビニ袋と潰れた缶だらけ。
場末感しかないけど、ここが俺らのアジトだ。
矢口が空き缶を蹴飛ばしながら言った。
「で、どうすんの?また張り紙出てんだろ。マジでだりぃんだけど。」
川崎はスマホをいじりながら鼻で笑う。
「掲示板もSNSもぜんぶ回されてんじゃん。あいつ、操作上手すぎてエグいわ。」
早川はタバコを咥えたまま、半目でぼそっと。
「詰んでんだよな、この盤面。真実(笑)探しても空気で上書きされんだろ。」
Coconaがストローでアイスティーを啜って、わざと大げさにため息。
「てかウチら探偵気取り〜?ダルすぎ。もっと映えることやろーよ。」
Reicoが笑いながら爪を磨く。
「でもさ、動かねーと逆にウチら負け犬じゃね?それも草じゃん。」
俺は迷ってた。
けど、言わなきゃならない。
唇が乾いて、やっと声を出した。
「ありがとうだ。」
「は?」って全員が一斉にこっちを見る。
「定食屋の?あの南條のおっちゃんの?」
矢口が目を丸くする。
「そう。厨房は南條晃。問題はホールの中川有一郎。」
Coconaが首をかしげる。
「あー、あの天然っぽい人?めっちゃノリ良い店員じゃん。お冷おかわりサービスで〜すとか言ってウケ取ってる人でしょ?」
Reicoがクスクス笑う。
「逆に疑えなくない?あのキャラ。ガチ天然でしょ。」
矢口も鼻で笑う。
「マジで? 瞬、お前疲れてんだろ。中川が黒幕とか、クソゲー展開すぎじゃね?」
俺は拳を握った。
「声だよ。掲示板の紙片を読み上げた、あいつの声。中川と同じだった。」
一瞬で空気が張り詰めた。
川崎がスマホを伏せて、小さく「エグ」と呟く。
早川は煙を吐きながらニヤリとした。
「じゃ、潜るか。ありがとうに。」
俺は頷いた。
Coconaがはりきる。
「みんなあれ言っちゃう?せーの!」
「You SLAY!」
天然の仮面の下に潜む影。
次はそこで、俺らが真実を引きずり出す番だ。
―――
ありがとうの暖簾をくぐった瞬間、油と出汁の匂いが混ざって鼻を突いた。
外の冷え込みとは真逆で、店内は湯気と人でむわっとしている。
「いらっしゃいませ〜!今日は唐揚げ増量サービスでっす!」
甲高い声が飛んできて、店全体が一瞬ざわついた。
中川有一郎。
ホール担当で出前もやってるムードメーカー。
エプロンを腰に巻いて、トレーをくるくる回しながら客席を縫うように走っていた。
「やっべ、転ぶ〜!なーんて、冗談冗談☆」
わざとよろけては笑いを取る。
常連の子供にはラムネを渡して、
「俺、めっちゃ気前いいっしょ?でも財布はカラっすけどね〜!」
客席からは小さな笑いが漏れ、空気が緩んだ。
Coconaが俺の肩を小突いて小声で囁く。
「ねぇ、マジで天然キャラやん。逆に疑えなくない?」
Reicoも爪をいじりながら笑った。
「映えすぎて逆に無理。あれが犯人だったら逆にドラマ。」
矢口は鼻で笑いながら腕を組む。
「瞬、お前の勘違いだろ。マジでだりぃ。」
川崎はメニュー表をめくりながら、
「オムライスうまそ。もう飯食って帰ろーぜ。」
俺の心臓だけが、爆音を鳴らしていた。
声だ。
掲示板の紙片を読み上げた、あの耳に焼き付いた声。
語尾の跳ね方、無意味に間を伸ばす癖。
全部、中川の声と重なっている。
「……。」
中川の視線が一瞬だけ俺に止る。
背筋が凍る。
けれど、次の瞬間には首をかしげて笑う。
「あれ? 君...いや違うか!ごめんごめん、勘違い〜!俺マジ天然なんすよ、すぐ人間違えるんす〜!」
矢口が「ほらな」と笑う。
Coconaも「演技っぽくないしガチで天然じゃん」と肩を揺らす。
皆の視線はもう別のメニューに向かってた。
けれど、俺だけは笑えない。
俺を知らないフリをすること。
それ自体が、不自然すぎる。
何度も視界に入っているはずの俺を?
まるで、わざと「俺を知らない」って演出してるみたいだ。
天然キャラの仮面。
その下に潜む影。
俺は確信した。
中川有一郎。
お前があいつだ。
グラスを置く音も、厨房で鍋を振る南條の音も遠のいていく。
世界に浮かび上がっていたのは、中川の笑顔だけ。
笑顔のまま、俺を知らないフリをしている顔。
胸の奥がざらついて、息が苦しくなる。
でも今は飲み込むしかない。
ここで騒げば、仲間も客も巻き込まれる。
あいつが望んでるのは混乱だ。
店を出るとき、中川が背中に声を投げた。
「また来てね〜!次はデザートサービスするからさぁ!」
振り返らない。
俺は拳をポケットに突っ込んだまま歩く。
矢口が「肩の力抜けよ、疑心暗鬼すぎだろ」って笑ってたけど、俺の耳には届かなかった。
胸の奥でだけ、言葉が渦を巻いていた。
絶対に逃がさない。
―――
数日後の夜。
冷たい風が商店街を抜けていく。
俺達SLAYは「ありがとう」の前に身を潜めていた。
中川有一郎。
あの日、笑顔で俺を知らないフリをした男。
天然キャラの仮面の裏に潜む影。
その正体を暴くために、徹底的にマークすることにした。
「お、出てきたぞ。」
矢口がポケットから手を出し、バイクにまたがろうとする中川を指さす。
出前の袋を抱えた中川は、鼻歌まじりで店の前を横切った。
「鼻歌まで陽キャかよ。マジで隙ねぇな。」
川崎がフードを深く被り、低く笑う。
「ガチで探偵ごっこだな。俺らバカじゃね?」
「黙って。声デカい。」
早川が煙草を噛んだまま、目だけで追う。
「尾行バレたら終わりだぞ。」
Coconaはスマホを構え、画面にズームをかける。
「やば〜。完全にエモ動画じゃん。『#出前男子』でバズるやつ。」
Reicoが苦笑しながら小声で返す。
「ストーリー上げたら瞬に殺されんよ。」
俺は息を潜めて歩幅を合わせた。
出前先の住宅街を抜ける中川の後ろ姿は、どこから見ても、ただの人気者店員。
手を振りながら「毎度あり〜!」と声をかけるたび、相手は笑顔を返す。
まるで、敵の影なんて存在しないように。
矢口が小声で言った。
「なぁ瞬。ほんとにこいつが、あいつか?俺ら、時間無駄にしてんじゃね?」
「違和感があるんだ。」
俺は吐き捨てるように答えた。
「笑ってる顔も、声も…全部が作られてる。」
矢口が舌打ちした。
「お前がそこまで言うなら付き合うけどよ。マジで裏切ったら承知しねぇからな。」
―――
翌日。
ネットで中川有一郎を検索した。
SNS、バイト履歴、同級生のつながり。
けれど、何も出てこない。
アカウントはあるのに、投稿はほとんど消えてる。
友達リストもスカスカ。
「天然キャラ」で人気者のはずなのに、痕跡が異様に少なすぎた。
川崎が画面を覗き込み、肩をすくめる。
「逆にキモくね? 陽キャのくせに写真ゼロとか。むしろ削除の仕方がプロすぎて草。」
早川は眉をひそめ、低く呟いた。
「存在そのものをデザインしてるな。足跡残さないってやつだ。」
―――
定食屋ありがとう。
南條にそれとなく聞いてみた。
厨房で鍋を振る南條は、煙の奥から、ちらっとこちらを見て言った。
「有一郎?昔から天然だよ。バカだけど悪いやつじゃねぇ。まぁ、女にちょっかい出すのはやめろって何度も言ってるけどな。」
矢口が笑ってごまかした。
「ですよね〜。ただの明るい兄ちゃんっすよね。」
でも俺の中では、警鐘が鳴り止まなかった。
あの日の声。
掲示板を操った影の声と、中川の声。
違うはずがない。
夜。
再び尾行。
裏路地に入った中川は、スマホを耳に当てていた。
「うん、バレてないっしょ。だって俺、天然キャラだも〜ん。」
振り返った一瞬、笑顔の仮面の下で、目だけが冷たく光った。
その瞬間、全身に電流が走った。
俺だけが聞いた。
あいつの声。
やっぱり、中川有一郎だ。
商店街のネオンが滲み、冷えた空気の中で俺達は「ありがとう」から出てきた中川有一郎を追っていた。
出前袋を肩にかけ、鼻歌まじりに歩く姿は、誰が見てもただのムードメーカー。
でも、俺の胸はざわついている。
「おい瞬、俺ら探偵かよ。」
矢口がポケットに手を突っ込み、わざとらしく小声で笑う。
「てか探偵ごっこエモすぎ〜!インスタでタグつけたら伸びるやつ。」
Coconaがスマホを構えてニヤリ。
Reicoは呆れ顔で睨む。
「バカ、撮んなよ。証拠どころか俺らが捕まるわ。」
川崎は前を睨みながら缶コーヒーを一口。
「まぁ、尾行とかやってる時点で犯罪っぽいけどな。だりぃわ。」
俺は黙って歩幅を合わせた。
中川の背中。
逃がすわけにはいかない。
コンビニに入った中川は、棚からチューハイとポテチ、それからエロ雑誌を迷いもなくカゴに入れる。
レジの女店員に向かって、いつもの調子で笑う。
「お姉さん、彼氏まだできてないでしょ?じゃあ俺どうすか、天然だけが取り柄っすけど!」
店員が苦笑してレジを打つ。
客が笑って、空気が和む。
誰も疑わない。
でも店を出た瞬間、中川の顔から笑みがすっと消えた。
無表情で袋を提げ、ため息をひとつ。
その一瞬を、俺は見逃さなかった。
矢口が眉をひそめる。
「今、顔つき変わらなかったか?」
「気のせいでしょ。疲れてんじゃね?」とCocona。
でも俺は心臓が跳ねたまま、息を潜めた。
アパートの角を曲がったと思ったら、中川は古びたスナックのドアを押した。
「スナック花時」
ピンクのネオンが寂しく揺れている。
「おぉ、有ちゃん来た!」
ママが笑顔で迎える。
「ママ〜、今日も声かわいいっすね!」
中川はカウンターに腰かけ、常連の肩を叩いて笑いをとる。
カラオケが始まり、マイクを握った中川は氷川きよしを熱唱。
場は拍手と笑いに包まれる。
しかし、曲の合間にマイクパフォーマンスで囁いた一言。
「裏切りは、バレると一瞬だよな。」
常連は気づかず笑っていた。
でも俺の背筋に冷たいものが走った。
声。
あいつの声。
確かに、今、重なった。
早川が俺の腕を掴む。
「瞬、顔色やべぇぞ。」
「気のせいだ。」
俺は首を振った。
けど震えは止まらない。
日を改めて、また尾行を続ける。
駄菓子屋。
子供たちにラムネを配って、「俺、マジで金欠なのに優しすぎね?」と笑う中川。
ラーメン屋。
学生に「試験頑張れよ〜、俺が代わりに受けてやろうか?」と冗談を飛ばす中川。
矢口が小声で呟く。
「なぁ瞬。こいつ、マジでただの善人じゃね?」
川崎も肩をすくめる。
「逆に白すぎて笑えねぇ。」
でも俺だけは笑えなかった。
善人ムーブが積み重なるほど、違和感は濃くなっていく。
仮面の下で、あの声がこちらを見ている気がした。
商店街のネオンが滲み、湿ったアスファルトが靴音を反射していた頃。
俺達、SLAYは「ありがとう」の前でバイクにまたがる中川有一郎を見送っていた。
矢口が低く吐く。
「あいつの家、わかったな。」
川崎が腕を組んで鼻を鳴らす。
「これで張れる。あとは仕事行った隙に入るだけだな。」
Coconaが小声で笑う。
「てか、マジでやんの?捕まったら終わりじゃん、うちら青春終了〜。」
Reicoはスマホをいじりながら肩をすくめる。
「でも、ここまで来たら引けないっしょ。」
早川が煙草を口に咥え、火をつける。
「確認すんのは今しかねぇ。証拠を押さえる。」
全員の視線が俺に集まった。
心臓がうるさいほど打っていた。
「やる。」
自分の声が、自分の声じゃないみたいに低く響いた。
早朝。
中川が出前用バイクで「ありがとう」に出勤していく。
その背中を路地の影から見送ると、矢口がニヤリと鍵束を取り出した。
「よし、今だ。」
古びたアパートのドアは、思ったより簡単に開いた。
ひやりとした空気と、インスタント食品の匂いが流れ出す。
俺達は息を殺して足を踏み入れた。
室内は拍子抜けするほど普通。
散らかった漫画、コンビニ弁当のゴミ、洗濯物の山。
壁には安っぽいアイドルポスター。
ただの一人暮らしの部屋。
矢口が鼻で笑う。
「ほら見ろよ。ただのクズ部屋じゃねぇか。」
川崎も肩をすくめる。
「逆に白すぎて笑えねぇわ。」
Coconaがカーテンを揺らし、わざと大げさに囁く。
「心霊スポット探索してる気分なんだけどw」
そのときだった。
机の奥に突っ込まれていた、埃をかぶったアルバムに気づいた。
指先が勝手に震える。
表紙をめくる。
体育祭。
笑顔の中川がピースを決めている。
旅行先の海。
カラオケでマイクを握る姿。
ページをめくるたびに、天然キャラの中川が笑っていた。
そして、そこに写っていたのは、中川有一郎ともう一人の、中川有一郎。
髪型も笑い顔も同じ。
けれど、目だけが違う。
冷たく、鋭く、氷のようにこちらを刺す目。
「は?」
矢口が声を漏らす。
Coconaが肩をすくめて震え笑いを浮かべる。
「やば…双子ホラー?ありえなくね?」
Reicoは顔を伏せ、低く言った。
「影武者…?でもアルバムに仕込む意味は…。」
川崎が苛立ち混じりに吐き捨てる。
「合成かもしんねーだろ。どっちにしろ気持ち悪ぃ。」
早川が写真を指でなぞり、冷たい声を落とす。
「いや、これは演出だ。誰かが同じ顔が2人いるって錯覚させるために仕込んだんじゃね?」
部屋の空気が一気に重くなる。
蛍光灯に照らされた2人の中川が、じっとこちらを見返していた。
俺は唇を噛んで言った。
「仮面が1枚じゃない。あいつの正体は、もっと深い。」
誰も返事をしなかった。
ただアルバムの中の2つの笑顔だけが、部屋の空気を裂いていた。
「双子?」
矢口がページを覗き込み、声を荒げた。
「は?そんな話、聞いたことねぇぞ。都市伝説かよ。」
Coconaが肩をすくめ、震え笑いを浮かべる。
「でもさぁ、見てみ?2人いるじゃん。笑顔ゆるふわと、ガチ冷め顔。これ同じ人に見える?」
「合成だろ。今どきアプリで一発だ。」
川崎が吐き捨てるように言った。
Reicoがアルバムを覗き込み、指で紙の端を撫でる。
「いや、これインクのにじみとか古い。プリント写真にまで合成って、相当手間じゃね?」
早川は煙草を指で転がしながら、低い声でまとめる。
「結論は一つだな。真偽はともかく、俺らはもう一人を探さなきゃならねぇ。」
沈黙が落ちた。
蛍光灯の下、アルバムの中の2人の中川が、無言で笑っている。
矢口が苛立つ。
「で、どう探すんだよ。双子か影武者か知らねぇけど、俺らガキが調べられる範囲なんて限界あるだろ。」
Coconaが食い下がる。
「ガキでもSNSは使えるっしょ。夜遊びも、尾行も、張り込みも。やれること山ほどあるじゃん。」
Reicoが鼻で笑った。
「尾行?張り込み?刑事ドラマかよ。でも、やるしかねぇか。」
川崎はスマホを弄りながら呟く。
「まずは写真の背景だな。映ってる看板、建物、場所を割り出せりゃ行動範囲が絞れる。」
早川が短くうなずく。
「それと夜。あいつがバイクで仕事行ってる間に、別の目撃情報が出てるなら、答えは一つ。」
「2人いる。」
俺ははっきりと言った。
「証拠が出るまで苦労するかもしれない。でも、絶対に見つける。」
矢口が俺を睨む。
「見つからなかったらどうすんだよ。兄貴守るどころか、余計に足すくわれんぞ。」
胸の奥がざらつく。
わかってる。リスクはデカい。
でも引けない。
「俺が責任取る。だから、動いてくれ。」
一瞬の沈黙。
そしてCoconaが、わざとらしく笑った。
「はーい出ました、瞬の主人公ムーブ。マジ泣かせるんだけどw」
Reicoも小さく笑いながら肩をすくめた。
「しゃーない。ここまで来たら一蓮托生っしょ。」
矢口は舌打ちしながらも、アルバムを閉じた。
「わかったよ。地獄まで付き合ってやる。」
早川が火をつけていない煙草をくわえ直す。
「探し方をリストにしろ。片っ端から潰す。証言でも、SNSでも、全部だ。」
その夜。
アルバムの2人の笑顔をリュックに突っ込み、俺達は家を出た。
双子なんて、都市伝説かもしれない。
でも写真は、確かに目の前にある。
「必ず見つける。」
俺の声は、誰にも聞こえないくらい小さい。
けれど胸の奥で、確かに燃えていた。
夜。
引き続き尾行。
冷たいアスファルトに背中をつけ、俺達はアパート前で息を潜めていた。
矢口が低く吐き捨てる。
「時間ねぇぞ。3年2組が何かつきとめて『ありがとう』行くまでに、こっちでケリつけなきゃ意味ねぇ。」
「わかってる。」
俺は唇を噛んだ。
「だから今日で掴む。眠る暇なんかいらねぇ。」
Coconaがジャージの袖で目をこすりながら笑った。
「マジで徹夜コース?青春どころか廃人コースなんだけどw」
Reicoはスマホの画面を睨んでいた。
「笑ってる場合じゃない。SNS、2つのアカが同時に動いてんだよ。どっちも中川っぽい。もう頭イかれてんのかと思うわ。」
川崎が舌打ちする。
「昼はコンビニで『昨日も見た』って言われたのに、夜はスナックで『昨日はいなかった』。証言バラバラ。どうなってんだよ。」
早川は煙草を咥え、火をつけずに噛んだまま。
「矛盾は1つの答えだ。2人いる。」
重たい沈黙が落ちた。
眠気で視界が滲む。
冷たい夜風が、余計に神経を尖らせる。
スマホの明かりに照らされた仲間の顔は、全員死人みたいに青白い。
「兄貴を守れるのは俺だけだ。」
声に出した瞬間、自分の喉が震えた。
「眠るな。今だけは。」
矢口の声が夜に溶けた。
俺達は夜明けまで、瞼をこじ開けるようにして張り込みを続ける。
そして夜明け前。
眠気で頭がぼやける中、矢口が缶コーヒーを一気に流し込み、低く呟く。
「出てきた。」
鉄のドアがきしみ、中川が出てくる。
フードを被り、足早に路地を抜けていく。
その隣に女がいた。
Coconaが口元を押さえて震え笑いを漏らす。
「マジで女じゃん。愛人かよ。」
Reicoがスマホを構え、無音でシャッターを切る。
「ただの知り合いじゃねぇな。手、繋いでんじゃん。」
路地を抜け、2人はスナック街へ消えていく。
赤いネオンに照らされ、中川の顔は楽しげに笑っていた。
俺達は影のように追った。
コンビニ、安居酒屋、スナック。
どの店でも、「中川」という名前はすぐに通じた。
「昨日も来たわよ。彼女と一緒に。」
スナックのママが笑って言った。
「昨日?」
俺は思わず聞き返した。
だって昨日、中川は「ありがとう」のホールに立っていたはずだ。
矢口も川崎も、その姿を確認していた。
川崎が舌打ちした。
「なぁ、これどういうことだよ。2人いる以外に説明つかねぇだろ。」
早川が煙草を噛み潰すように言った。
「証拠は揃いつつある。女が鍵だ。」
俺は拳を握り、唇を噛んだ。
「愛人を掴む。そこから、もう一人に辿り着く。」
眠気で霞む視界の奥で、中川と女の影が絡み合って消えていった。
心臓が勝手に鳴る。
あの女が、次の扉を開ける。
そう確信していた。
―――
冬の放課後。
商店街のアーケードを歩く6人。
制服のままなのに誰も帰ろうとせず、曇った街灯の下で靴音だけが乾いたリズムを刻んでいた。
SLAYの尾行と聞き込みは、連日続いていた。
眠い。寒い。けれどやめられない。
「なぁ…正直もう限界じゃね?」
川崎がコンビニの紙カップを握り潰す。
「情報はバラけてる。けど共通してんのは女と一緒にいたって証言ばっか。」
矢口が前髪をかき上げて苛立った声を吐いた。
「女、女、女って。結局ただの彼女じゃねーのか?」
Coconaが大げさにため息をつく。
「彼女なら逆に目立ちすぎ。ガチ不自然じゃね?」
Reicoが肩をすくめて笑う。
「リアルステルス彼女かもよ。てか探すこっちがストーカーっぽくね?w」
「俺らもう寝てねーしな。」
早川は目の下のクマを指で押さえた。
「でも決定打がないと進まねー。」
そのとき、駄菓子屋の婆ちゃんがラムネ瓶を拭きながら言った。
「あの子なら昨日も来たよ。ほら、有ちゃん。有一郎くん。女の子と2人でさ、笑い合ってたのよ。」
「女の子?どんな?」
俺が前に出る。
「小柄で、元気そうでね。あれ、名前なんだったかな。珍しい感じの名前なのよ。三、三二一ちゃん?」
一瞬、全員の思考が止まった。
「さんにいち?」
「数字!?」
矢口が思わず声を上げる。
婆ちゃんは笑って頷いた。
「そうよ、三二一って書いて、みにいって読むの。みんなミニーって呼んでるって。」
Coconaが吹き出す。
「やば! ディズニーランドかよ!」
Reicoも腹抱えて笑う。
「キラキラネーム爆誕www」
川崎だけは真顔で呟いた。
「でも全員が口揃えてその女と一緒って証言してんだろ?名前がふざけてても、鍵だ」
―――
駅前ロータリー。
吐く息が白い。
俺らは街路樹の影に隠れて、ミニーの行きそうなところを張った。
現れた。
カーキのジャケットを着た小柄な少女。
笑顔は柔らかいけど、目はやけに鋭い。
「ミニー。」
俺の喉から漏れた声が、自分でも聞き取れないくらい震えてた。
矢口が低く囁く。
「声かけるか?」
「だな。」
早川が即答。
俺は決めた。
直接聞くしかねぇ。
「ミニーさん?」
「え?はい?」
―――
ファミレスの窓際。
ドリンクバーの氷がカランと響く。
SLAY6人が待っていると、入口のベルが鳴った。
入ってきたのは彼女。望月三二一。
ジャケットの襟を直して、まっすぐ俺達のテーブルに来る。
「有一郎のこと、調べてるんでしょ?」
座るなりそう言った。
矢口が眉をひそめる。
「あの...。あなたは何者なんですか?」
「え?なんなの?いきなり失礼な子ね。」
「すみません。」
ミニーはストローを回しながら、口を開いた。
「で?何を知りたいの?」
俺は被せるように質問する。
「有一郎さんは双子なんですか?」
「ふふ。違うんだな。有一郎は3つ子なの。」
テーブルに沈黙が落ちた。
「は?」川崎が声を漏らす。
「驚くのも当たり前よね。あまり聞かないもの。名前は有一郎、有二郎、有三郎。3人で生まれたの。でも、親の離婚でね...。有一郎は母親に。残り2人は父親に引き取られたの。」
「有二郎? 有三郎?」
Coconaが思わず吹き出す。
「え、待って。名前雑すぎじゃね?漫画かよw」
Reicoも苦笑する。
「一郎、二郎、三郎…。ガチ3つ子ネーミングセンスwww」
でもミニーの表情は笑ってなかった。
「ほんと失礼な子達ね。ふざけてなんかない。3人とも私の幼なじみ。3歳のときから一緒だったからね。」
瞳が揺れる。
「私は3人とも知ってる。だけど、ずっと離れ離れになって、今は行方が分からないの。」
矢口がテーブルを叩いた。
「じゃあ、あの写真は!」
ミニーは頷く。
「そう、残りの2人よ。ずっと私達は探してるの。」
早川が低い声で唸った。
「じゃあ、貼り紙や噂の仕掛け人は?」
「その2人、そうとしか思えない」
俺は拳を握った。
胸の奥で熱が爆発する。
SLAYだけじゃ、もう無理だ。
「高岩、駒沢、3年2組も、4組の沙織も。兄貴。全員巻く。」
矢口が俺を見た。
「総力戦ってわけか。」
ミニーは一瞬だけ微笑んで、指を三本立てた。
「三」
鼓動が跳ねる。
「二」
呼吸が止まる。
「一」
その瞬間、俺達は理解した。
彼女の名前〈三二一 = ミニー〉。
ふざけたキラキラネームだと思ってた数字が、ただの冗談じゃなくなる。
有一郎。
有二郎。
有三郎。
3人で1つ。3つ子の存在。
「三、二、一」はただのカウントダウンじゃなく、3人で生まれた兄弟を示す答えそのものだった。
テーブルの上の空気が凍りつき、誰も笑えなくなった。




