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沈黙の紙片 ~裏切り者のいる教室〜  作者: マリブン
Season1

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26/33

生徒会長の弟 ⑤ 【番外編】

3年2組と義一が「ありがとう」に向かう数日前。


俺らSLAYは地下に集まってた。

冷えたコンクリの床に座って、コンビニ袋と潰れた缶だらけ。

場末感しかないけど、ここが俺らのアジトだ。


矢口が空き缶を蹴飛ばしながら言った。


「で、どうすんの?また張り紙出てんだろ。マジでだりぃんだけど。」


川崎はスマホをいじりながら鼻で笑う。


「掲示板もSNSもぜんぶ回されてんじゃん。あいつ、操作上手すぎてエグいわ。」


早川はタバコを咥えたまま、半目でぼそっと。


「詰んでんだよな、この盤面。真実(笑)探しても空気で上書きされんだろ。」


Coconaがストローでアイスティーを啜って、わざと大げさにため息。


「てかウチら探偵気取り〜?ダルすぎ。もっと映えることやろーよ。」


Reicoが笑いながら爪を磨く。


「でもさ、動かねーと逆にウチら負け犬じゃね?それも草じゃん。」


俺は迷ってた。

けど、言わなきゃならない。

唇が乾いて、やっと声を出した。


「ありがとうだ。」


「は?」って全員が一斉にこっちを見る。


「定食屋の?あの南條のおっちゃんの?」


矢口が目を丸くする。


「そう。厨房は南條晃。問題はホールの中川有一郎。」


Coconaが首をかしげる。


「あー、あの天然っぽい人?めっちゃノリ良い店員じゃん。お冷おかわりサービスで〜すとか言ってウケ取ってる人でしょ?」


Reicoがクスクス笑う。


「逆に疑えなくない?あのキャラ。ガチ天然でしょ。」


矢口も鼻で笑う。


「マジで? 瞬、お前疲れてんだろ。中川が黒幕とか、クソゲー展開すぎじゃね?」


俺は拳を握った。


「声だよ。掲示板の紙片を読み上げた、あいつの声。中川と同じだった。」


一瞬で空気が張り詰めた。

川崎がスマホを伏せて、小さく「エグ」と呟く。

早川は煙を吐きながらニヤリとした。


「じゃ、潜るか。ありがとうに。」


俺は頷いた。

Coconaがはりきる。


「みんなあれ言っちゃう?せーの!」


「You SLAY!」


天然の仮面の下に潜む影。

次はそこで、俺らが真実を引きずり出す番だ。


―――


ありがとうの暖簾をくぐった瞬間、油と出汁の匂いが混ざって鼻を突いた。

外の冷え込みとは真逆で、店内は湯気と人でむわっとしている。


「いらっしゃいませ〜!今日は唐揚げ増量サービスでっす!」


甲高い声が飛んできて、店全体が一瞬ざわついた。

中川有一郎。

ホール担当で出前もやってるムードメーカー。

エプロンを腰に巻いて、トレーをくるくる回しながら客席を縫うように走っていた。


「やっべ、転ぶ〜!なーんて、冗談冗談☆」


わざとよろけては笑いを取る。

常連の子供にはラムネを渡して、


「俺、めっちゃ気前いいっしょ?でも財布はカラっすけどね〜!」


客席からは小さな笑いが漏れ、空気が緩んだ。


Coconaが俺の肩を小突いて小声で囁く。


「ねぇ、マジで天然キャラやん。逆に疑えなくない?」


Reicoも爪をいじりながら笑った。


「映えすぎて逆に無理。あれが犯人だったら逆にドラマ。」


矢口は鼻で笑いながら腕を組む。


「瞬、お前の勘違いだろ。マジでだりぃ。」


川崎はメニュー表をめくりながら、


「オムライスうまそ。もう飯食って帰ろーぜ。」


俺の心臓だけが、爆音を鳴らしていた。

声だ。

掲示板の紙片を読み上げた、あの耳に焼き付いた声。

語尾の跳ね方、無意味に間を伸ばす癖。

全部、中川の声と重なっている。


「……。」


中川の視線が一瞬だけ俺に止る。

背筋が凍る。

けれど、次の瞬間には首をかしげて笑う。


「あれ? 君...いや違うか!ごめんごめん、勘違い〜!俺マジ天然なんすよ、すぐ人間違えるんす〜!」


矢口が「ほらな」と笑う。

Coconaも「演技っぽくないしガチで天然じゃん」と肩を揺らす。

皆の視線はもう別のメニューに向かってた。


けれど、俺だけは笑えない。

俺を知らないフリをすること。

それ自体が、不自然すぎる。

何度も視界に入っているはずの俺を?

まるで、わざと「俺を知らない」って演出してるみたいだ。


天然キャラの仮面。

その下に潜む影。

俺は確信した。


中川有一郎。

お前があいつだ。


グラスを置く音も、厨房で鍋を振る南條の音も遠のいていく。

世界に浮かび上がっていたのは、中川の笑顔だけ。

笑顔のまま、俺を知らないフリをしている顔。


胸の奥がざらついて、息が苦しくなる。

でも今は飲み込むしかない。

ここで騒げば、仲間も客も巻き込まれる。

あいつが望んでるのは混乱だ。


店を出るとき、中川が背中に声を投げた。


「また来てね〜!次はデザートサービスするからさぁ!」


振り返らない。

俺は拳をポケットに突っ込んだまま歩く。

矢口が「肩の力抜けよ、疑心暗鬼すぎだろ」って笑ってたけど、俺の耳には届かなかった。


胸の奥でだけ、言葉が渦を巻いていた。

絶対に逃がさない。


―――


数日後の夜。

冷たい風が商店街を抜けていく。

俺達SLAYは「ありがとう」の前に身を潜めていた。


中川有一郎。

あの日、笑顔で俺を知らないフリをした男。

天然キャラの仮面の裏に潜む影。

その正体を暴くために、徹底的にマークすることにした。


「お、出てきたぞ。」


矢口がポケットから手を出し、バイクにまたがろうとする中川を指さす。

出前の袋を抱えた中川は、鼻歌まじりで店の前を横切った。


「鼻歌まで陽キャかよ。マジで隙ねぇな。」


川崎がフードを深く被り、低く笑う。


「ガチで探偵ごっこだな。俺らバカじゃね?」


「黙って。声デカい。」


早川が煙草を噛んだまま、目だけで追う。


「尾行バレたら終わりだぞ。」


Coconaはスマホを構え、画面にズームをかける。


「やば〜。完全にエモ動画じゃん。『#出前男子』でバズるやつ。」


Reicoが苦笑しながら小声で返す。


「ストーリー上げたら瞬に殺されんよ。」


俺は息を潜めて歩幅を合わせた。

出前先の住宅街を抜ける中川の後ろ姿は、どこから見ても、ただの人気者店員。

手を振りながら「毎度あり〜!」と声をかけるたび、相手は笑顔を返す。

まるで、敵の影なんて存在しないように。


矢口が小声で言った。


「なぁ瞬。ほんとにこいつが、あいつか?俺ら、時間無駄にしてんじゃね?」


「違和感があるんだ。」


俺は吐き捨てるように答えた。


「笑ってる顔も、声も…全部が作られてる。」


矢口が舌打ちした。


「お前がそこまで言うなら付き合うけどよ。マジで裏切ったら承知しねぇからな。」


―――


翌日。

ネットで中川有一郎を検索した。

SNS、バイト履歴、同級生のつながり。

けれど、何も出てこない。

アカウントはあるのに、投稿はほとんど消えてる。

友達リストもスカスカ。

「天然キャラ」で人気者のはずなのに、痕跡が異様に少なすぎた。


川崎が画面を覗き込み、肩をすくめる。


「逆にキモくね? 陽キャのくせに写真ゼロとか。むしろ削除の仕方がプロすぎて草。」


早川は眉をひそめ、低く呟いた。


「存在そのものをデザインしてるな。足跡残さないってやつだ。」


―――


定食屋ありがとう。

南條にそれとなく聞いてみた。

厨房で鍋を振る南條は、煙の奥から、ちらっとこちらを見て言った。


「有一郎?昔から天然だよ。バカだけど悪いやつじゃねぇ。まぁ、女にちょっかい出すのはやめろって何度も言ってるけどな。」


矢口が笑ってごまかした。


「ですよね〜。ただの明るい兄ちゃんっすよね。」


でも俺の中では、警鐘が鳴り止まなかった。

あの日の声。

掲示板を操った影の声と、中川の声。

違うはずがない。


夜。

再び尾行。

裏路地に入った中川は、スマホを耳に当てていた。


「うん、バレてないっしょ。だって俺、天然キャラだも〜ん。」


振り返った一瞬、笑顔の仮面の下で、目だけが冷たく光った。


その瞬間、全身に電流が走った。

俺だけが聞いた。

あいつの声。

やっぱり、中川有一郎だ。


商店街のネオンが滲み、冷えた空気の中で俺達は「ありがとう」から出てきた中川有一郎を追っていた。

出前袋を肩にかけ、鼻歌まじりに歩く姿は、誰が見てもただのムードメーカー。

でも、俺の胸はざわついている。


「おい瞬、俺ら探偵かよ。」


矢口がポケットに手を突っ込み、わざとらしく小声で笑う。


「てか探偵ごっこエモすぎ〜!インスタでタグつけたら伸びるやつ。」


Coconaがスマホを構えてニヤリ。


Reicoは呆れ顔で睨む。


「バカ、撮んなよ。証拠どころか俺らが捕まるわ。」


川崎は前を睨みながら缶コーヒーを一口。


「まぁ、尾行とかやってる時点で犯罪っぽいけどな。だりぃわ。」


俺は黙って歩幅を合わせた。

中川の背中。

逃がすわけにはいかない。


コンビニに入った中川は、棚からチューハイとポテチ、それからエロ雑誌を迷いもなくカゴに入れる。

レジの女店員に向かって、いつもの調子で笑う。


「お姉さん、彼氏まだできてないでしょ?じゃあ俺どうすか、天然だけが取り柄っすけど!」


店員が苦笑してレジを打つ。

客が笑って、空気が和む。

誰も疑わない。


でも店を出た瞬間、中川の顔から笑みがすっと消えた。

無表情で袋を提げ、ため息をひとつ。

その一瞬を、俺は見逃さなかった。


矢口が眉をひそめる。


「今、顔つき変わらなかったか?」


「気のせいでしょ。疲れてんじゃね?」とCocona。


でも俺は心臓が跳ねたまま、息を潜めた。


アパートの角を曲がったと思ったら、中川は古びたスナックのドアを押した。


「スナック花時」


ピンクのネオンが寂しく揺れている。


「おぉ、有ちゃん来た!」


ママが笑顔で迎える。


「ママ〜、今日も声かわいいっすね!」


中川はカウンターに腰かけ、常連の肩を叩いて笑いをとる。

カラオケが始まり、マイクを握った中川は氷川きよしを熱唱。

場は拍手と笑いに包まれる。

しかし、曲の合間にマイクパフォーマンスで囁いた一言。


「裏切りは、バレると一瞬だよな。」


常連は気づかず笑っていた。

でも俺の背筋に冷たいものが走った。

声。

あいつの声。

確かに、今、重なった。


早川が俺の腕を掴む。


「瞬、顔色やべぇぞ。」


「気のせいだ。」


俺は首を振った。

けど震えは止まらない。


日を改めて、また尾行を続ける。

駄菓子屋。

子供たちにラムネを配って、「俺、マジで金欠なのに優しすぎね?」と笑う中川。

ラーメン屋。

学生に「試験頑張れよ〜、俺が代わりに受けてやろうか?」と冗談を飛ばす中川。


矢口が小声で呟く。


「なぁ瞬。こいつ、マジでただの善人じゃね?」


川崎も肩をすくめる。


「逆に白すぎて笑えねぇ。」


でも俺だけは笑えなかった。

善人ムーブが積み重なるほど、違和感は濃くなっていく。

仮面の下で、あの声がこちらを見ている気がした。


商店街のネオンが滲み、湿ったアスファルトが靴音を反射していた頃。

俺達、SLAYは「ありがとう」の前でバイクにまたがる中川有一郎を見送っていた。


矢口が低く吐く。


「あいつの家、わかったな。」


川崎が腕を組んで鼻を鳴らす。


「これで張れる。あとは仕事行った隙に入るだけだな。」


Coconaが小声で笑う。


「てか、マジでやんの?捕まったら終わりじゃん、うちら青春終了〜。」


Reicoはスマホをいじりながら肩をすくめる。


「でも、ここまで来たら引けないっしょ。」


早川が煙草を口に咥え、火をつける。


「確認すんのは今しかねぇ。証拠を押さえる。」


全員の視線が俺に集まった。

心臓がうるさいほど打っていた。


「やる。」


自分の声が、自分の声じゃないみたいに低く響いた。


早朝。

中川が出前用バイクで「ありがとう」に出勤していく。

その背中を路地の影から見送ると、矢口がニヤリと鍵束を取り出した。


「よし、今だ。」


古びたアパートのドアは、思ったより簡単に開いた。

ひやりとした空気と、インスタント食品の匂いが流れ出す。

俺達は息を殺して足を踏み入れた。


室内は拍子抜けするほど普通。

散らかった漫画、コンビニ弁当のゴミ、洗濯物の山。

壁には安っぽいアイドルポスター。

ただの一人暮らしの部屋。


矢口が鼻で笑う。


「ほら見ろよ。ただのクズ部屋じゃねぇか。」


川崎も肩をすくめる。


「逆に白すぎて笑えねぇわ。」


Coconaがカーテンを揺らし、わざと大げさに囁く。


「心霊スポット探索してる気分なんだけどw」


そのときだった。

机の奥に突っ込まれていた、埃をかぶったアルバムに気づいた。

指先が勝手に震える。


表紙をめくる。

体育祭。

笑顔の中川がピースを決めている。

旅行先の海。

カラオケでマイクを握る姿。


ページをめくるたびに、天然キャラの中川が笑っていた。


そして、そこに写っていたのは、中川有一郎ともう一人の、中川有一郎。


髪型も笑い顔も同じ。

けれど、目だけが違う。

冷たく、鋭く、氷のようにこちらを刺す目。


「は?」


矢口が声を漏らす。


Coconaが肩をすくめて震え笑いを浮かべる。


「やば…双子ホラー?ありえなくね?」


Reicoは顔を伏せ、低く言った。


「影武者…?でもアルバムに仕込む意味は…。」


川崎が苛立ち混じりに吐き捨てる。


「合成かもしんねーだろ。どっちにしろ気持ち悪ぃ。」


早川が写真を指でなぞり、冷たい声を落とす。


「いや、これは演出だ。誰かが同じ顔が2人いるって錯覚させるために仕込んだんじゃね?」


部屋の空気が一気に重くなる。

蛍光灯に照らされた2人の中川が、じっとこちらを見返していた。


俺は唇を噛んで言った。


「仮面が1枚じゃない。あいつの正体は、もっと深い。」


誰も返事をしなかった。

ただアルバムの中の2つの笑顔だけが、部屋の空気を裂いていた。


「双子?」


矢口がページを覗き込み、声を荒げた。


「は?そんな話、聞いたことねぇぞ。都市伝説かよ。」


Coconaが肩をすくめ、震え笑いを浮かべる。


「でもさぁ、見てみ?2人いるじゃん。笑顔ゆるふわと、ガチ冷め顔。これ同じ人に見える?」


「合成だろ。今どきアプリで一発だ。」


川崎が吐き捨てるように言った。


Reicoがアルバムを覗き込み、指で紙の端を撫でる。


「いや、これインクのにじみとか古い。プリント写真にまで合成って、相当手間じゃね?」


早川は煙草を指で転がしながら、低い声でまとめる。


「結論は一つだな。真偽はともかく、俺らはもう一人を探さなきゃならねぇ。」


沈黙が落ちた。

蛍光灯の下、アルバムの中の2人の中川が、無言で笑っている。


矢口が苛立つ。


「で、どう探すんだよ。双子か影武者か知らねぇけど、俺らガキが調べられる範囲なんて限界あるだろ。」


Coconaが食い下がる。


「ガキでもSNSは使えるっしょ。夜遊びも、尾行も、張り込みも。やれること山ほどあるじゃん。」


Reicoが鼻で笑った。


「尾行?張り込み?刑事ドラマかよ。でも、やるしかねぇか。」


川崎はスマホを弄りながら呟く。


「まずは写真の背景だな。映ってる看板、建物、場所を割り出せりゃ行動範囲が絞れる。」


早川が短くうなずく。


「それと夜。あいつがバイクで仕事行ってる間に、別の目撃情報が出てるなら、答えは一つ。」


「2人いる。」


俺ははっきりと言った。


「証拠が出るまで苦労するかもしれない。でも、絶対に見つける。」


矢口が俺を睨む。


「見つからなかったらどうすんだよ。兄貴守るどころか、余計に足すくわれんぞ。」


胸の奥がざらつく。

わかってる。リスクはデカい。

でも引けない。


「俺が責任取る。だから、動いてくれ。」


一瞬の沈黙。

そしてCoconaが、わざとらしく笑った。

「はーい出ました、瞬の主人公ムーブ。マジ泣かせるんだけどw」


Reicoも小さく笑いながら肩をすくめた。

「しゃーない。ここまで来たら一蓮托生っしょ。」


矢口は舌打ちしながらも、アルバムを閉じた。

「わかったよ。地獄まで付き合ってやる。」


早川が火をつけていない煙草をくわえ直す。


「探し方をリストにしろ。片っ端から潰す。証言でも、SNSでも、全部だ。」


その夜。

アルバムの2人の笑顔をリュックに突っ込み、俺達は家を出た。


双子なんて、都市伝説かもしれない。

でも写真は、確かに目の前にある。


「必ず見つける。」


俺の声は、誰にも聞こえないくらい小さい。

けれど胸の奥で、確かに燃えていた。


夜。

引き続き尾行。

冷たいアスファルトに背中をつけ、俺達はアパート前で息を潜めていた。


矢口が低く吐き捨てる。


「時間ねぇぞ。3年2組が何かつきとめて『ありがとう』行くまでに、こっちでケリつけなきゃ意味ねぇ。」


「わかってる。」


俺は唇を噛んだ。


「だから今日で掴む。眠る暇なんかいらねぇ。」


Coconaがジャージの袖で目をこすりながら笑った。


「マジで徹夜コース?青春どころか廃人コースなんだけどw」


Reicoはスマホの画面を睨んでいた。


「笑ってる場合じゃない。SNS、2つのアカが同時に動いてんだよ。どっちも中川っぽい。もう頭イかれてんのかと思うわ。」


川崎が舌打ちする。


「昼はコンビニで『昨日も見た』って言われたのに、夜はスナックで『昨日はいなかった』。証言バラバラ。どうなってんだよ。」


早川は煙草を咥え、火をつけずに噛んだまま。


「矛盾は1つの答えだ。2人いる。」


重たい沈黙が落ちた。

眠気で視界が滲む。

冷たい夜風が、余計に神経を尖らせる。

スマホの明かりに照らされた仲間の顔は、全員死人みたいに青白い。


「兄貴を守れるのは俺だけだ。」


声に出した瞬間、自分の喉が震えた。


「眠るな。今だけは。」


矢口の声が夜に溶けた。

俺達は夜明けまで、瞼をこじ開けるようにして張り込みを続ける。


そして夜明け前。

眠気で頭がぼやける中、矢口が缶コーヒーを一気に流し込み、低く呟く。


「出てきた。」


鉄のドアがきしみ、中川が出てくる。

フードを被り、足早に路地を抜けていく。

その隣に女がいた。


Coconaが口元を押さえて震え笑いを漏らす。


「マジで女じゃん。愛人かよ。」


Reicoがスマホを構え、無音でシャッターを切る。


「ただの知り合いじゃねぇな。手、繋いでんじゃん。」


路地を抜け、2人はスナック街へ消えていく。

赤いネオンに照らされ、中川の顔は楽しげに笑っていた。


俺達は影のように追った。

コンビニ、安居酒屋、スナック。

どの店でも、「中川」という名前はすぐに通じた。


「昨日も来たわよ。彼女と一緒に。」


スナックのママが笑って言った。


「昨日?」


俺は思わず聞き返した。

だって昨日、中川は「ありがとう」のホールに立っていたはずだ。

矢口も川崎も、その姿を確認していた。


川崎が舌打ちした。


「なぁ、これどういうことだよ。2人いる以外に説明つかねぇだろ。」


早川が煙草を噛み潰すように言った。


「証拠は揃いつつある。女が鍵だ。」


俺は拳を握り、唇を噛んだ。


「愛人を掴む。そこから、もう一人に辿り着く。」


眠気で霞む視界の奥で、中川と女の影が絡み合って消えていった。

心臓が勝手に鳴る。

あの女が、次の扉を開ける。

そう確信していた。


―――


冬の放課後。


商店街のアーケードを歩く6人。

制服のままなのに誰も帰ろうとせず、曇った街灯の下で靴音だけが乾いたリズムを刻んでいた。

SLAYの尾行と聞き込みは、連日続いていた。

眠い。寒い。けれどやめられない。


「なぁ…正直もう限界じゃね?」


川崎がコンビニの紙カップを握り潰す。


「情報はバラけてる。けど共通してんのは女と一緒にいたって証言ばっか。」


矢口が前髪をかき上げて苛立った声を吐いた。


「女、女、女って。結局ただの彼女じゃねーのか?」


Coconaが大げさにため息をつく。


「彼女なら逆に目立ちすぎ。ガチ不自然じゃね?」


Reicoが肩をすくめて笑う。


「リアルステルス彼女かもよ。てか探すこっちがストーカーっぽくね?w」


「俺らもう寝てねーしな。」


早川は目の下のクマを指で押さえた。


「でも決定打がないと進まねー。」


そのとき、駄菓子屋の婆ちゃんがラムネ瓶を拭きながら言った。


「あの子なら昨日も来たよ。ほら、有ちゃん。有一郎くん。女の子と2人でさ、笑い合ってたのよ。」


「女の子?どんな?」


俺が前に出る。


「小柄で、元気そうでね。あれ、名前なんだったかな。珍しい感じの名前なのよ。三、三二一ちゃん?」


一瞬、全員の思考が止まった。


「さんにいち?」


「数字!?」


矢口が思わず声を上げる。

婆ちゃんは笑って頷いた。


「そうよ、三二一って書いて、みにいって読むの。みんなミニーって呼んでるって。」


Coconaが吹き出す。


「やば! ディズニーランドかよ!」


Reicoも腹抱えて笑う。


「キラキラネーム爆誕www」


川崎だけは真顔で呟いた。


「でも全員が口揃えてその女と一緒って証言してんだろ?名前がふざけてても、鍵だ」


―――


駅前ロータリー。

吐く息が白い。

俺らは街路樹の影に隠れて、ミニーの行きそうなところを張った。


現れた。

カーキのジャケットを着た小柄な少女。

笑顔は柔らかいけど、目はやけに鋭い。


「ミニー。」


俺の喉から漏れた声が、自分でも聞き取れないくらい震えてた。


矢口が低く囁く。


「声かけるか?」


「だな。」


早川が即答。


俺は決めた。

直接聞くしかねぇ。


「ミニーさん?」


「え?はい?」


―――


ファミレスの窓際。

ドリンクバーの氷がカランと響く。

SLAY6人が待っていると、入口のベルが鳴った。


入ってきたのは彼女。望月三二一。

ジャケットの襟を直して、まっすぐ俺達のテーブルに来る。


「有一郎のこと、調べてるんでしょ?」


座るなりそう言った。

矢口が眉をひそめる。


「あの...。あなたは何者なんですか?」


「え?なんなの?いきなり失礼な子ね。」


「すみません。」


ミニーはストローを回しながら、口を開いた。


「で?何を知りたいの?」


俺は被せるように質問する。


「有一郎さんは双子なんですか?」


「ふふ。違うんだな。有一郎は3つ子なの。」


テーブルに沈黙が落ちた。

「は?」川崎が声を漏らす。


「驚くのも当たり前よね。あまり聞かないもの。名前は有一郎、有二郎、有三郎。3人で生まれたの。でも、親の離婚でね...。有一郎は母親に。残り2人は父親に引き取られたの。」


「有二郎? 有三郎?」


Coconaが思わず吹き出す。


「え、待って。名前雑すぎじゃね?漫画かよw」


Reicoも苦笑する。


「一郎、二郎、三郎…。ガチ3つ子ネーミングセンスwww」


でもミニーの表情は笑ってなかった。


「ほんと失礼な子達ね。ふざけてなんかない。3人とも私の幼なじみ。3歳のときから一緒だったからね。」


瞳が揺れる。


「私は3人とも知ってる。だけど、ずっと離れ離れになって、今は行方が分からないの。」


矢口がテーブルを叩いた。


「じゃあ、あの写真は!」


ミニーは頷く。


「そう、残りの2人よ。ずっと私達は探してるの。」


早川が低い声で唸った。


「じゃあ、貼り紙や噂の仕掛け人は?」


「その2人、そうとしか思えない」


俺は拳を握った。

胸の奥で熱が爆発する。

SLAYだけじゃ、もう無理だ。


「高岩、駒沢、3年2組も、4組の沙織も。兄貴。全員巻く。」


矢口が俺を見た。


「総力戦ってわけか。」


ミニーは一瞬だけ微笑んで、指を三本立てた。


「三」

鼓動が跳ねる。

「二」

呼吸が止まる。

「一」


その瞬間、俺達は理解した。


彼女の名前〈三二一 = ミニー〉。

ふざけたキラキラネームだと思ってた数字が、ただの冗談じゃなくなる。


有一郎。

有二郎。

有三郎。


3人で1つ。3つ子の存在。

「三、二、一」はただのカウントダウンじゃなく、3人で生まれた兄弟を示す答えそのものだった。


テーブルの上の空気が凍りつき、誰も笑えなくなった。

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N2715KW
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