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聖騎士×男装勇者

作者: ふうこ

「君がいてくれて良かった」


 勇者から声を掛けられ、聖騎士は地に伏したままで彼――彼女を仰ぎ見た。

 血と汗と土埃にまみれた顔は日頃の端正さが嘘のような荒々しい表情を浮かべている。それでも、そんな彼女の表情を、聖騎士は美しいと思い瞠目した。


 彼女は勇者として、ある日突然辺境の寒村から連れてこられた『少年』だった。なんでも王族に連なる高貴な血筋の遠縁らしい。傍らには同じ村から連れてこられた聖女候補が枯れ枝のような彼女の腕にしがみついていたのをよく覚えている。当時二人は10歳かそこらの子どもで、聖騎士は成り立ての16歳だった。

 勇者を『少年』としたのは、彼女がそういう『ナリ』をしていたからだ。他の者は気づいているのかいないのか、彼女をただ男として扱った。聖騎士は聖女付きとされたご縁もあり、二人には色々と不都合がありそうなところを手助けし続けて、はや5年――二人とも、それは見目麗しく育ち、成人し、そして無情にもその日の内に魔王討伐の旅へと差し向けられた。


 旅にはもう一人、学園を卒業したばかりの賢者見習いも同道した。様々な魔法を使える才女ではあるが一般的な常識には詳しくなく、貴族家の出ということで衝突も多かったが……これもまた、苦節7年、今ではすっかり良くも悪くも頼もしい旅の仲間だ。


 聖騎士は現在28歳。気楽な独り身だ。旅に出たのは21の時だが、その時にそれまで婚約を結んでいた相手の家から破談を申し入れられ、受け入れている。何しろいつ戻れるか分からない、死出の旅路とさえ言われた魔王討伐の旅なのだ。帰りを待つのは辛かろうと、哀しかったが受け入れた。婚約者が涙を流しながらお帰りをお待ちしたかったと言ってくれたのは心の救いだ――本音はどこにあるかはさておき、そういう建前をきちんと作ってくれたのは本当に良い女性だった。幸せになってくれていると良いのだが。


 それはさておき。


「お手をお借りしても良いでしょうか、勇者」

「うん」


 返り血にまみれた頬を乱暴に服の袖で拭った勇者が聖騎士を振り向き、破顔しながら手を差し出した。その手に捕まり、体を起こす。脇腹がミシミシ痛むのは、アバラでもやったか……後で聖女に治して貰わなければ。


「なんとか勝てたね。ありがとう」

「あなたのお力です」

「他人行儀だなぁ。君の助力がなかったら難しかったよ」

「そこで『無理』とは言わない辺りが流石ですよ」

「嫌みかよ。無理で終わらせて良い立場じゃないんだから、しょうがないだろ」


 聖騎士の強みは、誰かを庇う際の強力無比な防御力。以上。……なんともしょっぱいが、本来聖騎士の職務は聖女を守ることなので、これはこれで有用なのだ。

 後ろの方から軽い足音と共に現れた聖女と賢者は、涙目になりながら勇者にまとわり癒やしている。それをこちらにも少し分けて貰えないか……と思っていたら、聖女がやってきてぼそりと「……ありがとう、守ってくれて」と言いながら癒やしをくれたのでかなり報われた心地がした。我ながら単純でお安く出来ている。


「凱旋ね! やっとだわ!」

「だね」

「……ほんとう、ようやくね」

「お疲れ様でした。後は無事に帰るだけですね」

「まぁ、そこだよねぇ」


 苦笑いする勇者に、ふてくされた顔をする賢者、ため息をつく聖女、そしてただ笑う自分。

 恨みっこなしでいきましょう、と賢者が差し出したのは3つの玉の一つをとった。帰還玉という。彼女が開発した魔法具で、本来は4つ揃っていたものだった。旅の途中で諸事情により、1つ破損した。


「他に代えがたい聖女はそのまま一つお取り下さい。それから、開発者である賢者も。この残る1つを、じゃんけんで決めましょう、勇者」


 本来であれば、無条件であなたがとるべきだと思う。実際、聖女と賢者の目はそう言っている。――分かっているし、私もそう思う。けれども、それでは勇者は納得しないのだから仕方がない。

 なお、じゃんけんの勝率は、私の方が大凡7割。理由は簡単で、彼女はいつでもグーを出すから。勝ちたいときは、パーを。負けたいときはチョキを出せば事足りる。

 なので、この場合の私が出すべき手は――


 うらみっこなしの1回勝負。聖騎士が出した手は、……グーだ。そして、勇者が出したのはパー。

 どうして、と言いたげな彼女の開いた掌に、聖騎士は帰還玉をひょいと乗せて、握らせた。


「不正はない、良い勝負でした。うらみっこなしですよ、勇者」

「行くわよ勇者!」

「……行きましょう」


 聖女と賢者が勇者の手を引く。三つの玉が反応し合い、彼女たちの手の内で輝きだした。

 術式が、発動――


「嫌だ!」


 ――する、寸前。勇者は手の内にあった玉を空へと投げた。あっと言う間さえもなく、玉は強く輝いて――そして、消えた。聖女と賢者の二人と共に。……勇者を、残して。


「何やってんですかあなたは!」

「だって! 君だけ残るなんてそんなのダメだろ!? 死んじゃうよ!」

「死にはしませんよ! 私を誰だと思ってるんです! 防御力大陸一のカチコチ男ですよ!?」

「でも君、防御力だけじゃないか! 攻撃力が全然じゃないか!」

「それはそうですけど!」


 勇者は言うなり剣を振り回した。周囲に集まりだしていた魔物たちがたったそれだけで血しぶきを上げて地面に伏した。


「僕は攻撃力しかないからな! 二人一緒なら丁度良いし、二人一緒じゃないと具合が悪い!」

「攻撃力だけってこともないでしょう」

「そう! 治癒術も簡単なのならちゃんと使える! 地理魔法も使えるから道に迷う心配もないよ!」


 言いながら、右へ左へ、舞うように剣を振るう。息の乱れ一つない。さっきまで死闘を繰り広げていたというのに、その疲労さえ感じられない動きだった。どういうスタミナしてるんだろうな。

 彼女に当たりそうな攻撃を察知しては、それを一つ一つ弾いていく。決して傷つけさせないように、時には自分の体を使ってでも。

 私の武器は巨大な盾と、頑丈無比の極太戦棍だ。


 一匹ずつ丁寧に潰して、帰路を確保する。押し寄せる魔物が引いた所で、二人揃って放り出していた荷物をざっとかき集めてから駆けだした。




「帰ったら、どうするんだ?」

「どうとは?」

「功労の報償だよ。結構な金一封が出るはずだろ。名誉だっていただき放題じゃないか?」

「どうでしょうねぇ。私は所詮騎士爵の三男坊で、半ば教会に売られたような身の上ですし。その辺りの功で得られるものは、私が帰り着く頃までには教会の上長と親族が全部いただき終わってるんじゃないですかね」

「そういうもの?」

「そんなものですよ。大体、メインのあなたや聖女以外はたいしたことはないと思いますし」

「パーティなのに?」

「パーティでもです」


 夕食の席でのことだ。仲間が二人減った分、支度が少しだけ楽になった。とは言え、量が減っただけで手間は大して変わらない。乾燥させた保存食を水で溶きながら煮て軽く味付けた、さして美味しくもないおじやもどきだ。なお、私のオリジナルレシピである。開発するのにあれこれしてたから散々上長からは文句を言われたが、できあがったものを試食させたら黙った。どうやら他の保存糧食と比べれば雲泥の差だったようだ。今も勇者が美味しそうに食べている。……そんなに美味しいかなぁ、これ。そりゃ、不味くはないし栄養価は高いけど。


 この子は昔からこうだよなぁ。こちらが差し出したものを、いつだって美味しそうに食べてくれる。美味しいと言ってくれる。それだけで結構報われた気持ちになれるものだ。

 勇者も聖女も賢者も、みんな良い子たちだった。


「勇者こそ、どうするんです? 凱旋したら大変ですよ、きっと」

「大変って?」

「あちらこちらから縁談が舞い込みます」

「それはいらない……」

「勇者は孤児で後ろ盾がないですし、養子に望まれる方も沢山現れるでしょうね」

「それもいらない……」

「でも、大事ですよ。人とのご縁も結婚も」

「結婚はしたいけど、……好きな人としたいよ」

「……すきなひとと」

「なんって顔してるんだよ、聖騎士。僕に好きな人がいたらいけない!?」

「いや、あの、その、いけないということではなく……ただちょっと、驚いたというか。そうでしたか、好きな人と…………成長なさったんですねぇ……」

「と! 年の差なんて大してないだろ!? なに父親目線な台詞吐いてんだ!」

「そこは兄目線と言って欲しかったです」


 いや実際、10歳から12年間ずっと世話しているようなものだから、実質家族みたいなものだろう。私が教会に入ったのは12の歳だったから、実の家族と同じくらい長く一緒にいたんだぞ……。むしろ自意識出来てからの年数で考えれば家族より長い。

 聖騎士が目頭を押さえながら勇者の成長を喜んでいると、勇者はひどくふて腐れた。珍しい。


「応援しますよ」

「……いらない」

「あなたは大きなことを成し遂げられました。辛いことや苦しいことも沢山乗り越えて。……その分、幸せになって欲しいです」

「それは、みんながいたから……!」

「だとしてもですよ。勇者の名を背負って、立ち向かって、結果を残したのはあなただ」

「…………」

「なので、あなたが幸せになるための応援をさせて下さい」

「いいよ。そんなの」

「流石に非人道的なことは出来かねますが、それ以外なら何でもしますよ。私に出来ることでしたら」


 それにしても、勇者に好きな人が! 情緒がちゃんと育っていた! なんておめでたいことだろう! 明日の夕食はちょっと奮発して赤豆を入れた雑炊にしよう!

 ウキウキとした心で聖騎士は勇者の言葉を待った。彼女が好きになった人は誰だろうかと。ほんのりと頬を染め、ちらりちらりとこちらを伺う勇者は年相応の女性としてはあるまじき可愛らしさだった。純情が過ぎる。聖女が過保護になるのもうなずけるというものだ。


「……その、…………僕が、好き、……好きなのは…………」


 言い淀む姿に、聖騎士はハッと気がついた。そうか、言いにくい……言うことがはばかられる相手なのか! と。


「すみません、勇者。私が鈍いばかりに……」

「え? ……あ、き、気がつかれちゃった、かな……そうなんだ、実は僕――」

「王子のことがお好きだったのですね!」

「は!?」


 なぜかえらく素っ頓狂な「は!?」が聞こえたような気がしたけど、ああ、照れが限界突破しちゃったか、仕方がないな……と、聖騎士は勇者の頭をそっと撫で、抱き寄せた。いじらしいじゃないか、身分差を気にして言い出すことさえ出来ないだなんて、なんて可愛い妹分だ。おや、照れているのか顔が真っ赤だ。耳まで赤い。愛らしい。


「……な、なん――」

「大丈夫ですよ、勇者。あなたは遺業を成したんです。きっと王子も振り向いて下さいますよ。例え今は聖女に夢中でも、あなたの可愛らしさにもすぐに気づきます」

「か、かわ!? いや、なんで王子が出てきたんだよ!」

「え? だってほら、出発前、聖女に言い寄っていた王子にすっごい顔してたじゃないですか」

「大事な戦いに赴こうって女の子に掛ける言葉としてあんまりなこと言ってたから軽蔑のあまり睨んだりはしたかな!?」

「……そうだったんですか? 私はてっきり……。ほら、王子って美しい方ですし」

「顔だけな!? だ、大体それを言ったら君――いや、僕だって結構な美形だろ!?」

「確かに勇者は綺麗な顔立ちをされていますね」

「だろう!? ど、どうだよ、君の好みとしては……」

「私の好み? ですか? そうですね……強いて言うなら」

「言うなら?」

「顔は、あまり気にしたことはありません」

「……え?」

「それより性格や相性の方が大事でしょうか。芯が強いのが好みですね。いつでもちゃんと前を向いて、諦めずあがける人が好きなので」

「……そうなんだ」


 気が抜けたように呟いた勇者を抱きしめたまま、聖騎士はふと微笑んだ。

 ……そうか。王子を思っていたわけじゃなかったのか、と。

 時折自分の掌を見つめたり、遠くを眺めたり、思いにふけっていることがあることは気づいていた。誰かを思うにしても、そんな風に――まるで諦めるようにため息をついていた彼女が、好きになった人と結ばれたいと願えるようになっただけでも喜ばしいことだと思っていたのだ。しかも、それは王子ではないと。なんと喜ばしいことだろう――それならば、自分の応援も、多少なり届くに違いない。


 愛した人が幸せへの道を進みゆくのを、支え、助けられるかも知れない。それはなんと得がたい幸福か。


 ついつい好みはなんて聞かれたから、勇者のことだと答えてしまったが、……どうやら気がつかなかったことにしてくれるようだ。

 ……おや? 顔の赤みがすっかり引いている。――なぜ切なげなため息を? あなたの憂いならば、全て私が晴らしましょう! ……だから、言っても良いと思えたなら、どうか相談して下さいね。




 その夜――


「折角賢者と聖女が気を利かせてくれたけど、無理! 全然意識されてない! 僕が女ってことも気づいてるのかさえ分からない!」

「そこは流石に気づいてると思うけど?」

「……大丈夫。あの人、勇者のこと大好きよ?」

「だって僕が王子を好きだって勘違いしてたんだよ!? 好きな人と結婚できるよう応援しますとも言われた! そんなの、思ってる相手に言ったりしないよな!? やっぱり聖騎士、聖女のことが好きなんだよ!」

「……それはない」


 魔道具を使った魔道通信である。

 帰還の玉が壊れたのは偶然だったが、壊れた玉を見てこの作戦を思いついたのは賢者だった。絶対あいつ自分だけ残ろうとするからさ! そしたら――ごにょごにょごにょ……というわけで、作戦は成功し勇者は聖騎士と二人旅をすることになったのだった。聖女も結局は賛成し、協力した。


 帰還玉により聖女と賢者の二人が帰還したのは、二人の体力では行軍速度が出ず、結局は足手まといになるからもあった。往路は二人にも役割があった。ただし、帰路にはそれがほとんどない。あっても回復は旅の途中で聖女から手ほどきを受けて使えるようになった勇者が、魔術的なものは賢者が開発した魔道具と賢者から手ほどきを受けてあれこれ使えるようになった勇者が、それぞれ代役出来たからだ。ならば気配を察知されにくくなる2人行動の方が利に叶う。戦力的にもどちらかと言えば足手まといがちだった二人を庇ったり気遣ったりする必要がないのなら、戦闘そのものも楽になる。面倒を見る人間が減れば聖騎士の手間も減る。良いこと尽くしだった。


 なにより、勇者の希望が二人きりの旅だった。この旅路で自分の有用性と素晴らしさを彼の心にたたき込み、心の底から惚れさせて、好きですどうか伴侶になって下さいとプロポーズされるのが目標だ。


 初日から心は折れかけているが。

 強くて優しくていつだって自分を守ってくれて、料理上手で何を作っても美味しくて、いつも笑顔でちゃんと話を聞いてくれて、褒めてくれて、励ましてくれて、認めてくれて、支えてくれる。

 有用性と素晴らしさをたたき込まれているのは自分の方だし、心の底から惚れてしまっているのも自分の方だし、どうか伴侶になって下さいとプロポーズしてしまいそうなのも自分の方だ。だがしかし、それでは絶対ダメなのだ。


 だって、彼が男らしい美形で、女性にも持てていて、婿へと望まれる声が多いことを、身をもって知っているのだから。今のようなありさまでは、きっと彼に愛想を尽かされて、途中で別れるようなことになりかねない。


「取りあえず、明日から頑張るよ……」

「元気を出して、勇者! 大丈夫よ!」

「……さっさと告白したらそれでハッピーエンドまっしぐらよ」

「そんなわけないだろ! 流石にそれくらい僕にだって分かってるよ!」


 女3人、かしましい恋愛会議は、賢者の開発した音の漏れない結界のおかげで、聖騎士には気がつかれることさえなく終わりを告げた。


 いっそこの結界がなかったら、現時点で物語は終わるのだが、残念ながら結界は大変優秀だったので、二人のデコボコ道中は、王都に辿り着くまで続くのだった。


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