第2話 変わらないものと・・・変わるもの・・・(中)
「ヴェステァオ公爵家のルリエティア嬢?」
「え?あの?」
「まああ。社交嫌いでなかなかこういう場には出られないという?」
「今日は、さすがに。王太子さまの為の、ですものねえ。」
お嬢様が階段を一歩一歩降りて行かれる度に、大広間に並び立つ貴族達のひそひそとした噂話が広がっていく。
だが、お嬢様がゆっくりと階段から大広間に降り立った時、そこに広がったのはどよめきに近いものだった。
今日のお嬢様の装いのテーマは『海の青』
マーメイドスタイルのドレスはお嬢様の抜群のプロポーションを際立たせつつも絹シフォンの布地がそこに柔らかさを醸し出し
ている。
腰元から大胆に斜めにシフォンのフリルを重ねているスカートと同じシフォンフリルが胸元でふんわりと花のように咲いているかのよう。
そして腰元にきゅうっと結ばれたリボンがドレスをさらに愛らしく魅せている。
「くうーーーー。最高のデザインになっているわ」
遠めにお嬢様を観察しながら、私は万歳と飛び上がりたいくらい歓喜に満ちていた。
ああ、あの場に行って、アナウンスしたいくらい。
そう今日のドレスは新しいマーメイドタイプ、シフォン、だけではない。
私は心の中で叫ぶ。
「みなさま。今日のドレスの一番の見どころは。」
私の心の叫びが届いたかのように、大広間から声が上がり始めた。
「まああああ。ごらんになった?」
「ええ、ええ。なんて素敵なの。」
そう、今日のお嬢様のドレスは、正確にはドレスの布地は海のように鮮やかな青。
あれほどまで美しい青い色に染め上げられた生地は今までなかったはず。
それだけでも感嘆を誘うには十分なのだが。
だが、人々の溜息混じりの囁きの理由は、『青』だけでないのだ。
「あの煌めきはいったい?」
「ドレスが輝いておりますわああ」
貴族の御婦人方も、令嬢達も、ドレスの煌めきに目が釘付けだった。
そう、今日のお嬢様のドレスには無数のクリスタルが散りばめられている。
故に、広間のシャンデリアの光を反射したドレスはまるで光を散りばめたかのように煌めいているのだ。
首元をすっきりとみせる為にお嬢様の金色髪の毛を結い上げた後、私はお嬢様の首元と耳にクリスタルの粒と真珠をふんだんにあしらったネックレスと対のイヤリングを着けて会場に送り出していたが、そのアクセサリーの効果も抜群。
「お嬢さま、そこでニッコリ、ですよ。」
と、まるで私の声が聞こえたかのように、絶妙のタイミングでお嬢様が広間の貴族達に向かって微笑む。
ああ、おそらくは広間中の人間の胸がきゅうううんんんと鳴ったに違いないわ。
遠巻きに見とれるようにお嬢様を見つめていた人々が競うかのようにお嬢様の周りに群がり始めた。
私は今日の最高の作品が称賛の嵐を巻き起こすのを遠目で眺めながら、頭の中で明日の予想を弾きながら思わずふふふ笑いが込み上げるのを止めれない。
ああ、きっと。
明日には首都のあらゆる女性が飛んでくるだろう。
ヴェステァオ公爵家のルリエティア嬢の御用達デザイナーショップ目掛けて。
そして、独占販売のドレスの予約が殺到して。
頭の中で、チャリーン、チャリーンと金貨が降って来る・・・ああ、今回の儲けが楽しみだわ。
思えば、前の世界での今日は”私”の人生でも最悪にランクインするほどの酷さだったわ。
そもそも、前の世界での”私”は社交嫌いでもなんでもなく。
社交嫌いどころか、両親は”私”を社交の場に出そうとはせず、ヴェステァオ公爵家の令嬢として社交界に居るのはいつも義妹のミリラフィーヌだったから。
そう”私”の歴史的には。
”私”はマリディクトベリシュ王国ヴェステァオ公爵家の長女として生まれた。
私が幼い頃に実のお母様は亡くなり、その後お父様は身分の低い男爵家から後妻を迎えた。
そこで生まれたのが妹のミリラフィーヌ。
お父様は”私”を可愛がってくださってはいたが、政務でお忙しいお父様は、一年のほとんどの時間を首都で過ごすことが多くなり、めったに領地に帰ることはなくなってしまった。
そこで領地の運営は必然的に継母に託されることとなり、とはいっても、優秀な執事と領地管理人が領地を優良に運営し、継母はもっぱら宝石だのドレスだのを浪費するのがもっぱらだったが。
だが、お父様は現状に満足し、よって継母が運営していることになっている領地にも満足されていた。
そして、家庭のことも、継母に丸投げしていた。
よって、たまに領地に帰った時に、長女がいつも病に伏していることも、たまに晩餐を共にした時に青白い顔の娘を見ても、そ
のドレスが地味で丈も短くなっていても。お父様にはどれも興味が無いこと故にか、全く持って何にも気付くことはなかったのだ。
そして、いつも美しい最新のデザインのドレスを身に纏って自分を出迎える妻と次女である娘の美しさにいたく満足した父は、またすぐ首都に帰っていくのだった。
あの日、王太子の誕生舞踏会の招待状が届いた時、運良くなのか、運悪く?領地に帰って来ていた父に対して、いつも通りに”私”を社交に連れ出さないつもりだと軽い口調で報告した継母は、父から叱責を受けた。
「ルリエティアは身体が弱いのですから、無理をさせては倒れてしましますわ。かわいそうですけれど。今回の舞踏会もあの子には参加は難しいと思いますの。」
いかにも長女である継娘を心配しているかのように、いつものように父にそう伝える継母に、父ははっきりと首を振った。
そして父は今回は未婚の令嬢は否応なしに参加という王命による故に、例外は無いのだと継母にはっきりとそう告げたのだった。
継母はそれ以上父に逆らうことは出来ず、仕方なく”私”を王太子の誕生舞踏会に参加させることにしたのだった。
だが、あの日、王宮の大広間へと続くあの階段を降りていく”私”は自分がたまらなく辛かったのを今でも思い出すことができる。
王太子の舞踏会ということもあり、継母と妹の気合の入れようは凄まじかった。
おそらくこの国の令嬢の全てがそうだったのではないだろうか。
「全ての未婚の令嬢の参加」が義務付けられた王命ということは言ってみれば、『王太子の妃選び』の為の場であるということだと、国中の全ての人間がそう理解した故に。
そうなるだろうと予想はしていたが、思った通り継母は私に新しいドレスを買うことを許さなかった。
そして私が持っているドレスの数は多くはない、いや、公式の場で身に着けるものは無いというべきか。
「いつも病で休んでいるあなたには、ドレスは必要ないわね。」
そう言って私には使用人のお仕着せのようなドレスしか与えられなかった故に、王宮の舞踏会相応しいドレスなど持ちあわせていないのだ。
最新のドレスに煌びやかすぎるくらいの宝石で飾り立てた妹の後にやっと入場を許された私が身に着けていたドレスは。
お母様の形見のドレスを自分なりにアレンジしたものだった。それは生地の質としては良いものであったが、如何せんデザイン古さを隠せない時代遅れのものであった。
それ故に、別の意味で目立ってしまった私は会場の人々の失笑にまみれ、彼らの侮蔑の眼差しが心に突き刺さるままに己が傷つくという、あまりに無防備な、あまりにも世間知らずな弱者でしかなかったのである。
そして、あの時、私から距離を置いて立つ家族、まるで汚いものでも見るかのようなお父様の眼差し。それは更に私の心を抉るように私を突き刺した。あの時の父の眼差しを私はいまだに忘れることができない。
それは父の側で得意げに継娘と自分の娘である妹を見比べて、満足げな継母のぎらつく様な瞳を思い出すと、今は腹が立つのを通り越して軽蔑の想いが沸くが、あの時は、あの場にたった独りで立っている孤独感と惨めさで辛くて、舞踏会の場から逃げるように立ち去ることしかできなかった。
そして・・・逃げ去った庭園のベンチに座ってめそめそと泣いていた”私”。
どの位の時間が経っていたのか・・・それすら感じない位気持ちが落ち込んでいた私の耳に声が聞こえてきたのだった。
「大丈夫ですか・・・?」
俯いていた私は突然耳に届いた音にビクリっとして、自分の前に立つ人の気配に、そっと顔を上げた。
「・・・・・?」
綺麗な・・・・青・・・?
海のように青い瞳が私に向かってそこに在った。
その瞬間、私の心はその『青』に吸い込まれていく。
それが、彼と”私”ヴェステァオ公爵家のルリエティアとの初めての出会いだった。