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結婚しよ


 物語に登場するヒーローは、ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけて助けてくれるのが定説だと思っていた。


「冷たい……」


 ぱちゃん、と水風船大の水を頭からかけられてそこで気づく。そうか、私は私の人生(物語)においてもヒロインにはなれないんですね、と。


 目の前に立ちはだかる腕組みした三人組は、そんな私を鬱陶しそうに見ていた。


「避けることも、あれほどの小さな水を魔法で打ち消すこともできないのに。なぜこの学院に入学できたのかしら?」

「魔力を持っていれば身分関係なく入学できるとはいえ、あなたのそのちっぽけな魔力ではねぇ」

「いくら学力で補っても、魔法が使えなきゃ意味がありませんわ。特例で入学できたみたいですけど、一体どなたのコネなのかしら」


 アネッサ、バーバラ、キャロルが順に思ったことを口にする。

 一方的な三人組に対して、私は身分の差や人間的な圧力に身を縮めた。


 だって避けたりしたら火に油じゃないですか……と、日頃の嫌がらせの数々を思い返してうんざりする。

 物を隠したり、足を引っ掛けられたり、人目の多い場所で蔑まされたり、習ったばかりの魔法で的当てされたり。


 今日は水で運が良かった……なんて思わなくもない。炎を向けられた時には、さすがに命の危険を感じたから。


 無言を貫いていると、クスクス笑う三人組がそれぞれに魔法の水の玉を手中に作り出した。

 わぁ、あの水の量は全身ずぶ濡れになりそうですね……と諦めて目を閉じた瞬間だった。



「――疾風(ゲイル)



 突風が吹き、その勢いで水の玉が霧散した。

 呆気に取られる私達に、予期せぬ所から第三者の声が掛かった。


「こら、お前たち。俺の前でイジメをするんじゃない」


 私の背後……と言っても校舎裏で壁際に追い詰められていたので、実際にはその声は空き教室の中から聞こえた。

 振り返ればそこには銀髪を片側でくくった男の人がいて、三人組は「げっ、クズだわ……」と顔をしかめた。


「せっかく昼寝をしてたのに、気分が悪いったらない。せめて他のとこでやれよ」


 俺の前以外で、と。

 あくびを漏らして気だるげにその人は窓枠に腕を乗せた。


「さすがクズですわね。だったら首を突っ込まず見なかったフリをすればよろしいのに」

「だから俺の前以外でやれっつってんだろ。教師である手前、気づいちゃったら見過ごすわけにはいかねぇんだよ」


 はー、と大きなため息が一つ。

 とても面倒くさそうに、眉根を寄せた。


「パパとママには黙っててやるから、イジメはやめろよな」


 挑発じみた言葉。まんまと乗せられた三人組の標的が、明らかに私ではなくなった。侮蔑の眼差しが私を通り越していく。


「本当に、どこまでもクズ……。誰に物を言っているのか理解しているのかしら」

「あのなぁ、クズはお前らが俺の名前を覚えにくいからって勝手に略してんだろうが。それと、学院じゃ身分はみんな同等だ」

「職務怠慢で昼寝をしているクズ教師が、公爵家のわたくし達より優秀だと?」

「身分は関係ねぇって言ってんだろ。それでも、幼稚なことしかしねぇガキ共に比べりゃ、俺のが優秀だけどな」


 ふわっ、と気配が揺れる。

 窓枠を飛び越えたその人は、おろおろと視線を行ったり来たりさせていた私の目の前に立った。


「よし、実技だ実技。教師をバカにした罰だ。……死ぬ気で逃げろよ?」


 そう言うや否や、その人は「渦潮(ヴォルティチェ)」を唱えた。水を巻き込んだ空気が大きな力に引き込まれるように渦を巻いていく。

 あっという間に術者さえも簡単に飲み込んでしまいそうなほど成長した渦潮は、問答無用に力の差を見せつけた。


 青ざめた三人組は「それでも教師なの!?」と文句を忘れずに逃げていってしまった。


「チッ。口ばっかり達者でいやがる」


 三人組の姿が見えなくなると、渦潮はあっさりと空気の中に消えていった。


「……あ、あの」

「んん? あぁ」


 「そよ風(ブレッザ)」と、今度は柔らかな風が私を包み込む。先ほどの強大な魔法とは違い、優しい魔法が濡れた私を乾かしてくれた。


「わ、あ、ありがとうございます」

「いいよ。悪かったな、濡らされる前に止められなくて」

「いえ、助かりました。ありがとうございます、クウェレディズ先生」


 私は深々と頭を下げた。これまで直接的に手を下す嫌がらせは人目のつかない所でやられていたとはいえ、誰かが助けてくれたのは初めてだった。


 誰も助けてくれない理由には身分差だったり三人組に賛同したりと、それはもう様々な理由があるわけだが、とにかく今を逃げ延びたことに感謝した。


 顔を上げると、先生は目を丸くして私を見つめていた。


「……先生?」

「お前、俺の名前」

「はい。あっ、えっと、間違っていましたか?」

「いや合ってる。合ってるから驚いた。お前、俺のこと覚えてんの?」

「それは、もちろん。学院の先生ですので」

「……あぁ、そうか」


 そりゃそうだよな、と先生は表情を元に戻した。


「よく俺の名前覚えたな。覚えにくいってみんなクソみたいな略すんのに」

「何度も、覚えましたから」


 先生の言う通り、一度では頭に入ってこない覚えにくい名前。綴りを幾度となく指でなぞって、目で追い、口に出して、ようやく記憶できたクウェレディズの文字。


 一度覚えてしまえば、その名前はずっと忘れることはない。


「ふーん。……なぁ、助けたお礼ってしてもらえんの?」

「あっ、はい。私にできることなら」


 昼寝の邪魔をしてしまったこともあり、相応の礼は必要だと思って気軽に返した。それが、とんでもない間違いだったとも知らずに。


「じゃあ結婚しよ」

「はい。……はい?」

「結婚しよ。俺と」

「…………はい?」

「卒業するまで待つから」

「…………はい……?」


 状況を飲み込めない私はそれしか言葉が出ず、先生は「いやー人助けって最高だなぁー」と清々しく笑顔を見せて上半身を伸ばした。


「よし。さ、寝よ」

「はい?」


 そして何事もなかったようにまた窓枠を飛び越えて空き教室へ戻っていくものだから、私は必然的に心の中で「クズ……」と思ってしまった。





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