3-2. エルフの国(5)
密偵であることがばれているのであれば、宴会は罠だ。
ただ、虎穴に入らずんば~ということで、話に乗ってあげることにした。
ホームで待機組は10時30分までいったん休憩という話になって、厨房で紅茶を飲んでいる私です。
厨房はちろちゃんが常駐していて、昼ご飯の準備や夕飯の下ごしらえなどをしている。その横でえっ君がちろちゃんの手伝いをしたり、趣味のお菓子作りやこじゃれた料理をしていたりする場所だ。
今日は一悟君がいて、午前中だというのに昼寝をしている。えっ君の話ではたびたびここで昼寝をしているらしい。
ちなみに、サボり癖があって昼寝好きという設定を彼に与えたのは私です。
「KちゃんもOちゃんもよく働いてくれるのね。」
厨房担当のフットマンであるKちゃんとOちゃんは灰色で脚にかっこいいストライプが入っている。
2匹ともレベリングの結果サイズが大きくなって、人間の幼児くらいの大きさだ。料理スキルも取得したので、いまや私より料理が上手いのだ。
「今や眷属達の食事の多くは彼らが作っています。」
「厨房の主戦力をレベリングに駆り出してごめんね。早めにアラクネに進化させておきたくて。」
というのも、先日私が「数百年も生きれない」って冗談言ったじゃない?
私としてはそんな生きるイメージ湧かない、ぐらいの軽い発言だったんだけれども。
でもみんながすごい慌ててたっから、もしかしてと思ってきゅ~たんに本を借りて調べてみたら・・・実は、アラクネってイモータルらしい。
イモータル、つまり寿命がなくて不老。死なないわけじゃないけどね。
皆からすると数百年どころか永遠に生きてくれるはずの主が「数百年も生きれない」って言ったらそりゃあ慌てるよね。納得。
そしてフットマン達はまだアラクネに進化できてないから、年月が経つと死んじゃう。
それは困るということでフットマン達のレベリングもといアラクネ進化の優先順位を上げてもらいました、元からレベリングを進めてはいたけどね。
「はい、新作の紅茶のシフォン。ちろにも協力してもらってるから、安心して。」
「わ~かわいい~。さすがえっ君~~!」
目の前には白いお皿に小さなシフォンケーキが3つ飾り付けられている。
アラクネは本来肉食なので、料理スキルがないえっ君の作ったシフォンケーキを食べたらおなかを壊してしまう。
それを、調理工程でちろちゃんの料理スキルを使用することで、私達の胃腸にも優しいシフォンケーキになんですよ、奥さん!
「えっ君とちろちゃん、一悟君もど~う?」
「いいんですか?では、遠慮なく頂きますわぁ~。」
厨房の一部に張ったハンモックから抜け出してきた一悟君が隣に座る。
ちなみに、一悟君はドルイドの回復役<ヒーラー>で、腰まで伸びる緑の長髪をみつあみに結っている。
シフォンケーキにフォークを入れると同時に、厨房の扉がノックされてななんちゃんが入ってくる。横にはカラス君も一緒だ。
「みょんみょん様、折り入ってご相談なのですが。」
「あら、なにか動きがあったの?」
「いえ、まだ。ただ、動きがあった時に備え、一つ提案がございまして。」
私がシフォンケーキをあきらめて移動しようとしたところ、その必要はないというようにななんちゃんが軽く首を振る。
「密偵が敵に露呈した場合、3人には敵の注意を引き付けていただき、その間に別ルートよりエルフ国へ潜入して情報収集を行うプランがあります。」
「あ~、確かに。一度バレちゃったら今後の情報収集は厳しいもんね。このタイミングで出来るだけ情報収集したいからか・・・え、でも、その場合潜入するのは、カラス君?」
1回でも密偵の存在がバレてしまった場合、以降は警備が厳しくなることが予想される。
なので、今回の作戦ではできうる限り効率的に多くの情報を収集することを目標としていた。
特にエルフが使用するという“古代魔法”、三賢者と呼ばれるエルフのステータス、そして王都の位置など地理情報。このあたりは出来れば今回集めておきたい最重要情報だ。
「はい、限られた時間ですのでカラス単独での潜入が最適と思われます。その場合みょんみょん様の朝夕のご散策に支障が出てしまいますが。」
「散歩のことなんて考えなくていいのよ。でも、カラス君ソロなんて、危険じゃない?」
カラス君は索敵能力ピカ一だからたいていの場合、敵に遭遇する前に気づけるし、AGI(素早さ)もあるから逃げることもできる。
下手に他のNPCと一緒に行動させるよりも単独潜入させたほうがいいのはわかるが、カラス君は防御力が低いので一度接敵を許してしまった場合は危険だ。
「おっしゃる通りです。しかも、密偵役の3人がどの程度敵の注意をひけるかも未知数です。本来の主力は密偵の3人ということもあり、カラスの潜入に関しましては、安全を最優先とし、エルフとの接触は避けることとします。ただ、それでも危険を伴うことは間違いありませんので・・・。」
ななんちゃんは言葉じりを濁す。
ななんちゃんとしてはこの機を逃す手は無いが、危険を伴うので私に許可を取りに来たのだ。
私はカラス君を見る。
カラス君はななんちゃんの横で畏まって片膝をついている。
「カラス君、無茶なお願いで申し訳ないんだけど、無事に帰ってきてくれる?」
その言葉にカラス君は顔をあげる。
いつもの涼しい顔を一瞬少し曇らせたが、すぐにまた俯き畏まる。
「みょんみょん様の御命令とあらば、無事に帰るよう努めます。」
「うん、ありがとう。」
私はななんちゃんに頷き、ななんちゃんの提案を許諾する。
ついでにまだ手つかずのシフォンケーキが乗ったお皿をカラス君に差し出す。
「景気づけに紅茶のシフォンケーキをど~ぞ!」
「腹が膨れて動きが鈍るので不要です。」
仏頂面を1mmも変えず、カラス君が言い放つ。
「またそ~いうこと言う!おいしいよ!」
「いらんゆぅ奴はほっとけばええんですよ。みょんみょん様、わしと一緒に食べましょ☆」
「こういうのはみんなで食べるとおいしいんだよ~。ねっななんちゃんも・・・」
ななんちゃんは小食だから勧めても食べられないかなとは思いつつななんちゃんの方を見ると、ななんちゃんは右手で眉間を押さえながら難しい顔をしている。
この右手で眉間を押さえるしぐさは、ななんちゃんが伝達<コール>を使っている時の癖だ。
「みょんみょん様。予定時刻はまだ先ではありますが、敵が仕掛けてきたようです。」




