2-11. 深き森の神の蟲(3)
門<ゲート>をくぐると、数えきれない数の黒い蜘蛛の残骸とおびただしい量の血で埋め尽くされた地面が広がっていた。
門<ゲート>からまっすぐのびる白い道があって、ここちゃんが糸で私のために道を作ってくれたことがうかがえた。
その道の先にここちゃんといよちゃん、そして黒いアラクネがいた。
黒いアラクネはいよちゃんに頭を地面に押さえつけられ、無様にも土下座するような態勢になっている。
「いよちゃん、話がしたいから、手を放してあげて。」
いよちゃんは少し逡巡したようだったが、黒いアラクネから手を離した。
しかし黒いアラクネは顔をあげる様子もなく、体を震わせている。
「あなたの名前は?」
怯え切っている様子で、問いかけにも反応しない。
しびれを切らしたいよちゃんが再び頭を地に押し付ける。
「死ぬ前にみょんみょん様に御言葉をかけていただける光栄に預かっておいて、その態度は何だ。」
「いいの、いよちゃん。手を放して。」
すると黒いアラクネはかすれた声で答える。
「名など、ありません。」
このアラクネは、私たちを攻撃してこなかった。
森の移動中だって、眷属に攻撃させなかった。
魅了<チャーム>こそ使ったとはいえ、怪我をしたカラス君を濃ちゃんに回復させている。
敵わないと判断してすぐに逃げた。濃ちゃんを人質にすることもなく。
流石にこの場所で追い詰められた時には眷属に攻撃させたようではあるが。
「じゃあ、名無しさん。なんであなたは私たちが強いことを最初から知っていたの?」
このアラクネの行動は私を絶対的に回さないように立ち回った結果のように見える。
「知らなかった!知っていたら、もっと早く逃げてたよ!ただ、蜘蛛であるはずなのに人間の形をしていたり、メスがメスを従えていたり、なんかおかしいと思ってた。」
奇麗な指で、そのアラクネは地を掻く。
「・・・強いて言えば、この世界にはオレなんかがどんなに研鑽してもかなわない、強大で理不尽な暴力があるってことは知ってた。」
改めてあたりを見回す。
散乱する多くの蜘蛛の死体は、その多くが原形をとどめておらず、少ない数が肉片と化している。
なるほど、強大な暴力ではあるだろう。
「私に従属すると誓うなら、私は帰らせてもらうけど、どう?」
この怯え切った蜘蛛に、私はこれ以上危害を加える気にならなかった。
確かにこの蜘蛛の魅了<チャーム>が原因で濃ちゃんとカラス君は大けがをした。
でも、濃ちゃんもカラス君も、今現在身体的には無事なんだし。
あとね、このアラクネのデザインが秀逸。
人間の後ろに蜘蛛っぽい腹部を足して、人間の脚と後ろの蜘蛛の脚を足して8本脚。
黒と赤のゴスロリ長のドレスも併せて、「蜘蛛にそこまで興味はない」程度の潜在的ライト蜘蛛好き層を虜にしてくれそうなデザイン。
私も参考にしたかった!いや、この姿も気に入ってはいるんだけどね!
・・・じゃなくて!!
「は?」
予想していなかった提案だったようで、名無しさんは素っ頓狂な声をあげて顔をあげる。
それを不快そうにいよちゃんが再び地面に押し付ける。
「じゃ、弱者が強者に従うのは当然の理です!」
「そう、貴方の眷属をたくさん殺して悪かったわね。じゃあ、私は帰らせてもらうから、あなたもあの木にある巣に帰りなさい。私に従属する以上、何かあったら守ってあげるから安心して。」
私は踵を返して白い道を引き返す。
ここちゃんといよちゃんは少し動揺しているようだった。
「ここちゃんといよちゃんも疲れているのにありがとね。一緒に帰りましょう?」
その言葉にここちゃんが再び門<ゲート>を開いてくれる。
「な、なんで、助けてくれたんだ!?」
帰ろうとする私を名無しさんが呼び止める。
ここちゃんは表情に不快感をあらわにし、いよちゃんが舌打ちする。
「別に理由なんてないわ、戯れよ。」
そう、48人の蜘蛛を束ねる程度の私なんだから、気負った理由なんてなくていいよね。
またちょっと休みます。次は3章、エルフ編です。




